ヴィヴィアンは計算した
台所でシチューが煮えるのを待つ間、ヴィヴィアンは、今回の出来事を、自分なりに整理することにした。
まず、ヴィヴィアンの被害および損失について。
婚約を装った呪いのせいで、一週間ほど、間違った記憶を持って暮らしたことは、間違いなく被害ではあるけど、それによる損失はあっただろうか。
「ない。一週間、家で普通に仕事してたし、むしろ、いつもよりずっと捗ってた」
結婚の準備をするために、請け負った仕事を前倒しで処理していたため、一ヶ月ほど休暇を取れるくらいの余裕ができていた。
納期よりだいぶ早く品物を納めたおかげで、何人かの依頼人から、多額の謝礼金まで貰っている。
では、婚約がなくなったことによる損失は、どうだろう。
「ないかも。精神的ショックは、まあまああったけど、もうどうでもいいし」
呪いを受けたのは、純然たる被害ではある。
「でも、結果的に、ものすごい黒字なんだよね」
ヴィヴィアンは、愛用の帆布カバンから、大ぶりの採集瓶を次々と取り出して、食卓の上に並べた。
透明なガラス瓶のなかには、呪いで湧いた虫と同じ色の液体が、たっぷりと入っている。
ヴィヴィアンは、路上などに不法投棄された魔具や呪具などから、自動的にエネルギーを採取する術式を帆布カバンに仕込んで、常に持ち歩いている。
採取したエネルギーは、カバンに収納してある採集瓶に溜まるようになっていて、瓶がいっぱいになると、新しい瓶が自動作成される。
瓶が増えてカバンの容量が足りなくなれば、自動的に空間魔法が発動して容量を増やすので、理論上、無限に溜め込むことが可能である。
ちなみに、エネルギーが抜き取られてガラクタとなった魔具などは、ヴィヴィアンが手作業で回収し、もの作りの素材として再利用している。
カバン内のものがどんなに増えても、カバンの外見は変わらず、軽量のままなので、持ち歩きに不自由することはない。
病院周辺にたかっていた全ての虫は、解呪が成立した瞬間にエネルギー体に変換され、ヴィヴィアンの帆布バッグに吸い取られている。帆布カバンの術式が、解呪後の虫のエネルギーを、不法投棄されたものと認定したためだ。
「すごい量の呪力を使ってたんだね、元婚約者」
ガラス瓶三十本分の暗黒系エネルギーは、液体に濃縮されて安定しているため、長期間の保存が可能だ。
魔術協会主催の競売にかけたなら、瓶一本だけでも、普通の人間が一生遊んで暮らしても余るほどの金額になることだろう。
ユアン・グリッドは、ヴィヴィアンを丸ごと乗っ取るために、家門の備蓄を相当使い込んだに違いない。
「これ、元の持ち主に返せって言われたら、どうしようか」
ヴィヴィアンは一応仮にも被害者なのだから、慰謝料代わりに何本かもらったとしても、非難はされないような気がする。
でも、返してもらえないと家門が傾くなどと泣きつかれたら、全部返してしまいたくなるかもしれない。
「うーん、スカーレットと相談かな。こういうの、勝手に決めたら、いろいろありそう。とりあえず、使わずに置いとこう」
ちなみに、呪いで奪われた魔力と生命力は、ユアン・グリッドに『消去』をぶちかました時点で、利息つきで回収済みだ。
ヴィヴィアンはよく分かっていないけれど、ユアンの中から『消え去っ』た、醜くいびつな人間性は、ヴィヴィアンの固有魔法でクリーンなエネルギーに変換された上で、ヴィヴィアンの内部に回収されている。
早ければ明日の朝には、あらゆる邪心を失って真人間に生まれ変わった「きれいなユアン・グリッド」が、病院で新たなる人生の目覚めを迎えることだろう。
かつて、「学院」でヴィヴィアンを執拗に苦しめ、言ってはいけない言葉をヴィヴィアンに向かって吐いた同級生たちは、『消去』によって徹底的に精神を浄化されたことで全力で悔い改め、世界の平和とヴィヴィアンの幸福のために尽くす決意をして、自ら王都を去っていった。
彼らは「我が愛しきウィステリアの虹の光」という、ちょっと恥ずかしい名前の秘密結社を作り、世界中に散って、崇拝するヴィヴィアンを裏から支えて守るために、日夜活動したりしているのだけれども、ヴィヴィアン本人は知る由もないのだった。
ちなみにスカーレットは、本人の知らないうちに「我が愛しきウィステリアの虹の光」の最高顧問に据えられていて、構成員たちに恐れ崇められているのだけど、彼女としては、連中が二度とヴィヴィアンに近づかないように、適当にあしらっているだけだと思っている。




