第九話 コンテストに向けて
「コンテスト、ね」
「はい! このコンテストで優勝できれば『カーヴ』工房が生きているというのを証明でき、お客さんが増えます! 」
「つまりは技術を用いての宣伝というわけだな」
「はい! 」
元気よく返事をするニア。今までの不健康そうな顔に少し活気が出ているな。いい傾向だ。
軽くニアが持つ紙に顔を寄せそれを見る。
そして軽く頭が痛くなる。
ニアは気付いているのか?
コンテストの共催に『ランド』商会と書いているじゃないか。
恐らく自身の商会で作った製品の宣伝だね、これは。増々あのゴミは最悪だ。
しかし……。審査員は魔技師、か。
なるほどこれなら可能性は無くはない。ほんの僅かだが。
買収されているであろう魔技師の度肝を抜くような商品を作ればいいという訳か。
それに最悪……ふふ。
「面白い」
「なら! 」
「いいとも。君にボクの技術を教えよう。しかし……一つ聞いていいかい? 」
そう言うと少し勢いを落としながらも「いい」と答えた。
「何故ボクが魔技師だとわかったんだい? 確かにボクは深い見識を持つしさっきそれを披露した。だが、だからと言って魔技師とは限らない。例えば、そう。単なる知識だけのただの物好きとかね」
「確かにその可能性はあります。しかし父が時折「シャルロッテという師匠がいる」と口にしていました。そして先ほどの深い知識。もしかして貴方が父が言っていた師匠なのでは」
カーヴめ。娘にボクの事を教えやがって。
軽く手を髪にやり少し掻く。
「ああ、そうだ。カーヴに技術を教えたのはボクだ。と言ってもそんなに長い時間じゃないけどね」
「やっぱり! 」
「まぁそんなことどうだっていい。開催時間も迫っている。始めようか」
そう言い作業室へ向かった。
★
「まずやるべきことは幾つかある」
「やるべきこと、ですか? 」
それに軽く頷く。
「まずはこの店を見えるように壊すことだ」
沈黙が、流れた。
「え……今何と」
「この店を最低限見れるようにする。それだけだ。ただ、その過程で店自体を壊してしまう可能性は否めない」
ボクの言葉に目を開き驚くニア。
「し、しかし、だけどここは父さんと母さんの思い出の場所で」
「ああわかっているとも。だから可能な限り壊しはしないさ。と、言うよりも私は魔技師であって建築家じゃない。下手に手を加えてこの店を壊すようなことはしないさ」
「よ、よかったぁ」
「だが使う魔法、刻印の過程でこの建物が脆弱化してしまう可能性がある。よってこうして事前に話しているだけだ」
「壊れたらダメじゃないですか! 」
「……ニア。よく考えたまえ。外の外装。どう思う? 」
そう言うと前のめりになったニアが少し引き下がる。
どうやら気付いているようだ。
だが認めたくない、と。厄介だね。
「このボロボロな外装をどうにかしないと例えコンテストで優勝しても客は来ないと思うがね。そうだね。君と同じくらいの技術者が何人かいて綺麗な店構えをしていた場合恐らく客はそちらに流れるだろう。君がこの店を再建する意思があるのなら必要だと思うけれど、どうかな」
「……やります」
「よし、決定だ。と言っても塗料も必要だ。時間がかかる。だからコンテストが終わるまででいい。技術者を呼んでせめて塗装くらいどうにかしよう」
頷く彼女を見てコホンと軽く咳払い。
「で、本題だ。技術の伝授だ」
そう言うと一転不満げな顔から真剣な表情になった。
「コンテストまでの短期間。全てを教えるのは難しい」
コクリと頷くニア。
「ニア。気付いていないだろうが修復技術は極めて高レベルに達している。しかし新しいものを作るとなるとまた別の話になる。今まで何か新しいものを作った経験は? 」
「……正直あまりありません」
「そうか。ならばまず手本を見せよう」
そう言い腰にあるアイテムバックに手をやり道具を出す。
握る部分が黒く太い小物用の刻印用彫刻具と緑色の錬金液が入った透明な瓶。
やると言っても軽く刻むだけだからこれくらいで良いか。
「……何か刻印するような物はあるかい? 」
「そ、そうですね」
腕を組み天井を見上げる。
中々資材にも困っているようだ。まぁ単なるお手本だ。簡単な物でいいんだが。
流石に持ってきたドラゴンに刻印するわけにはいかないしな。
ん? 何か物音が。
「誰か来たのかい? 」
「あ、私でます」
ニアも気付いたようだ。すぐに部屋を出ていった。
少しすると今度は少し多めの足音がする。
来客か?
そう思っていると扉が開きバトラーが出てきた。
「シャル。お客様をお連れしました。如何いたしましょうか? 」
「来客? はて、ボクはこの町にあまり知り合いがいないのだけど、冒険者関係かな? 」
「そうと言えばそうですし、そうでないと言えばそうではございません」
「君にしてはえらい曖昧な返事だね。まぁいい。会おう」
バトラーに連れられ違う部屋へと足を運んだ。
★
「本日はありがとうございました」
「いやいや、ただ通りすがっただけだ。気にすることは無い」
「しかし命を助けられたのは本当でございます。改めてお礼を。ワタクシ商人のパトリックと申します。以後よろしくお願いいたします」
バトラーが連れてきた少々茶色い髪の小太りな男性が座った状態で軽くお辞儀をした。
ギィっと音が鳴るが聞かなかったことにした方が良さそうだな。
が、商人と言ったがその外見からかなり裕福そうに見える。
しかしさっきのゴミのように不快感はない。
こちらを警戒しているのだろうか、青い瞳に警戒の色が見える。
いくら命の恩人とは言え初見の相手に警戒を怠らない。商人として少しは信用できそうだ。
「しかしまさかSランク冒険者『森の破風』様とは。これまた奇怪な縁で」
「森の破風? 」
「その呼び方はやめてくれ。誰が付けたのかは知らないがつけたやつを細切れにしてやりたい気分になるからな」
「これは失敬。細切れにされたくないのでワタクシは口を閉じておきましょう」
「賢明だね」
後ろで震えあがる冒険者達よりも胆力があるじゃないか。笑いながらすぐに行動に移せるのだから。
「本日ここに来たのは何かお礼が出来れば、と思いまして参りました」
軽く全体を見つつそう言うパトリック君。
本当にいいのだけれども。
「さっきも言ったけれど本当に通りすがっただけだ。気にする必要はない」
「いえ。シャルロッテ様が気にしなくてもワタクシが気にします。恩を返しておかないとそれは周り回って自分に損失を出しかねませぬ。そう言うジンクス、のようなものがございますので」
「商人ってのはもっと実利主義だと思っていたけれど? 」
「はは。もちろん実利主義でございます。しかしながらそれと同じくらいにジンクスや経験、勘というものを大事にします。時にそれは自分の身を護ります故」
そんなもんかね、と思いながらも軽く全体を見る。
これは引いてくれなさそうだ。
ならば適当に頼むのが一番か。
ん~、何が良いのか。材料? 職人?
「なら少し頼もうか」
「なんなりとこのパトリックにお任せを」
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