第八話 ランドサイド
(何なんだ、何なんだこの男は! )
ゴミことランドは一人の狼獣人を引き連れて商業区を歩いていた。
いつもならば余裕で横柄な態度で歩く彼だが少し早足だ。
後ろの脅威のせいか、それともこれからの事を考えてか。
(いかん。焦るな。こういう時こそ余裕を持って)
「あの」
「はい。何でしょうか? 」
執事服を着た狼獣人が笑顔で応える。
しかしかなり威圧的。
それを見た瞬間取り込もうという気が失せたランド。
「い、いえ。何もございません」
上着のポケットに手を入れてそこからハンカチを取り少し汗を拭いて、また歩き出す。
シャルロッテ達がいた場所からかなり離れ商業区に並ぶ建物の種類も変わってきていた。
工房系が多い区画から宝石等を売る場所へ。
様々な展示品が並ぶ中バトラーは顔を顰めた。
どうやら漂う香水の匂いがきついらしい。
普通の狼獣人よりも鼻が利く彼にとってはすぐにでも立ち去りたい場所だろう。
顔を顰め、無意識に威圧的になっているバトラーの気配を感じ取るがやっとの思いで自身の店に辿り着く。
バトラーは軽く見上げて前を行くランドへ着いて行った。
「我が商会は魔技師達による魔道具作成を生業としています」
商会館の中を二人が行く。
製品を売るためのフロアを通り過ぎ会長室へ足を向けた。
そのような中、何人かの作業服を着た者が軽くお辞儀をしては通り過ぎる。
緊張に耐えかねたのか説明を頼んでもないのにランドが商会の説明を始めた。
「てっきり金貸しや土地の売買をしているものかと」
「金貸しや土地の売買はあくまで慈善事業のようなものです。近年お金に困るお方が多いもので」
「確か商業ギルドがそのようなことをしていたような覚えがあるのですが? 商業ギルドとの兼ね合いは大丈夫なのでしょうか? 」
「ははは、これは手厳しい。確かにあまり仲がいいとは言えませんが、商人としては良好な関係を築いていると、自負しております。それに商業ギルドの審査は少々厳しい。なのでこうして金融業の真似事をしているのですよ」
もうすでに乾いた笑いしかでないランドは更に足を速くして、汗をかきながらやっとの思いで会長室へと辿り着いた。
「こちらになります」
「これで完済、となるのですね」
「はい」
「それは良かった。では私はこれで」
ランドは「バタン」という音を立てて巨大な銀色の尻尾を振りながら出ていくバトラーを見送った。
瞬間、顔を真っ赤にする。
「クソがっ! もう少しだったのに! 」
ドン!!!
自身の机を拳で叩きつける。
痛みも感じていないようだ。
しかし手に血が滲んでいる。
「あの場所をたかが魔技工房にする? 阿保かぁ! 土地の無駄遣いだ! 」
叫ぶ彼の息は荒い。
ぜぇぜぇと呼吸をしながら豪華なソファーに身を沈める。
「チャンスなのだ。ここで儲けを出して見せしめるチャンスなのだ。だから危険を承知で土地を抑えようと」
彼はうわ言のように呟きながら軽く天井を仰ぐ。
「根回しの効果が出たと思えばこれか! クソっ! やっと底辺から這い上がったというのに! 」
またもや机が大きな音を出す。
そして意を決したように前を向く。
「やむを得ん。やるしかないか」
彼の目には狂気が映っていた。
★
バトラーは商会館から出て憲兵の詰め所へ寄った後、商業ギルドの露店が並ぶ場所へ向かっていた。
「もう昼の時間ですし、何が良いやら」
そう言いながらも彼は立ち並ぶ店を行く。
大きな銀色の尻尾をゆらりゆらりと揺らして鼻を効かせて何か良いものが無いか物色していた。
無自覚に注目を浴びながら昼食べるものを探していると声がした。
「ん? お兄さんちょっといいですか? 」
振り向くとそこには剣士風の犬獣人がいた。
彼の周りには他に数名武器を持った者が。恐らく格好からして冒険者というのがわかるのだがバトラーに見覚えはない。
知らない顔にバトラーは首を傾げて「何か御用でしょうか」と尋ねた。
「いやお兄さんから有り得ない匂いがしたので」
それを聞き少しまずい、と思った。
もしかしたらさっきの悪徳商人『ゴミ』の臭いが付いていて彼がその被害者の可能性もある。
ならばその関係者と勘繰られるのはまずい。
どう切り抜けるべきか考えていると意外な一言が飛んできた。
「いや、こっちのやつがですね。昔見たフェンリルに似た巨狼を見たっていうんです」
犬獣人が後ろの一角魔族の男を指さして説明する。
なるほど、とバトラーは納得した。
「で、朝お兄さんと同じ匂いの巨狼に助けられましてね」
そう見上げてくる犬獣人を見て完全に理解した。
あの、賊ひき逃げ事件の事だ。
彼らはあの場にいた冒険者か何かだろう。
「あぁ……。確かにそれは私ですね」
「......。なんで人型を取ってんだ? 魔法か何かか? 」
「そのようなものです」
「女性の声も聞こえたんだが」
「彼女は今取り込み中で他の店に行っていますよ」
「なるほど」
「どうされたのですか? 」
そう聞くと魔族の男が一歩前に出て口を開いた。
「いえあの時護衛していた商人の方が是非ともお礼をしたいと」
「お礼、でしょうか」
「ええ。出来ればご一緒して欲しいのですか」
「申し訳ありません。私はこれから買出しがございますし」
「俺達の顔を立てると思って、さ。頼むよ」
あまりの必死な訴えに少し考えるバトラー。
めんどくさい事になったと思いつつどう切り抜けるか考える。
行くのは以ての外だ。シャルロッテが恐らく何かしら作業をしているかもしれないから。
作業を中断された時の彼女の機嫌の悪さはドラゴン一体二体無残に殺す程度では収まらない。下手をすると彼らの無残な死体の出来上がりだ。
ならばどうするか、と頭を巡らせ思いついた。
「ではこうしましょう。私達は今魔技師工房『カーヴ』という所にいます。是非そこへ来てください」
「……可能ならば来てもらいたいのだが」
「少々立て込んでいましてね。こちらもあまり時間を取れないのです」
「……わかった。旦那に聞いてみてになるが、それで良いか? 」
「ええ」
「旦那はすぐ傍にいるから、ちと聞いて来るわ」
そう言いながらもバトラーは彼らと別れた。
遠のいていく彼らを見ながら一言バトラーは呟く。
「まぁ来ないのならそれはそれでいいのですがね」
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