第五話 魔技師
震える声で正面の少女ニアは説明をしてくれた。
母は馬車の事故に会い、そして父は工房で仕事をしている時に何者かに殺されたと。
元よりカーブの人望や技術に憧れてやってきた者達が多かったこの工房。
父の死により工房から人材がいなくなり回らなくなったと。
そしてこの状態ということらしい。
「それはお辛かったでしょう」
バトラーがそう言うも思い出して辛くなったのか嗚咽を漏らしながらもこちらを見た。
「うっぐ……。貴方は」
「ボクかい? ボクは君の父と母の友人のシャルロッテだ。で、隣のこいつは付き人のバトラー」
「バトラー? 執事さんでずが? 」
「いえ。そう名付けられただけで単なる付き人です」
ボク達の自己紹介も終わり彼女が泣き止むのを待った。
両腕で涙を拭い――少し時間が必要になったが――落ち着いたようだ。
「さて、ボクは君の事を知らないのだが何歳だ? 」
「十八です」
「なるほど。ボクが君を知らないはずだ。ボクが最後にカーブと会ったのは三十年前だからな。君が生まれる前だ。知らなくて当然ということか」
しかし少女一人屋根の下で生活か。
そしてこの衛生環境。
「今ニアはどうやって生活しているのかい? 正直外や中の様子を見ると生活できているとは思えないのだ」
「む、昔の……お得意様が魔道具の修理を、だしてくれるので」
少しもじもじしながらそう言う。
なるほど生活基盤は最低限あるということか。
ん? ちょっと待て。
「魔道具の修理、というと君は魔技師なのかい? 」
「は、はい。小さな頃から父の仕事を見ていたので」
「ほぉ。それは興味深い」
「え? 」
「カーブから伝授されたその技術。見せてもらおう! 」
★
魔技師工房『カーヴ』の作業室。
「さて始めてくれたまえ」
「い、いきなり言われても」
「なに怖がることは無い。いつものようにやればいい。特に罰があるわけでもないし、褒美があるわけでもない。故に存分に力を発揮してくれたまえ! 」
だだっ広く四角い作業台にボクとニアが向き合っていた。
その前には一つの魔道具が。
これの名前は魔導焜炉。横長い魔道具で食材の温めや冷却、そして一定時間温度を調節する物だ。
詳しい者以外が見たら単なる鉄板だがこれには温熱と温度調節、そして冷却の三種の魔法が刻印され、手前にあるスイッチで調節することができるようになっている。
温度調節以外は初級魔法。温度調節も中級魔法でも比較的簡単な部類に入るのだけれども、これらを同時に発動させようとするとかなり難しい。
と、言うのも魔法は基本的に一つずつ唱える。
並列使用できるが発動させる魔法が増えるごとに――魔法の等級関係なく――難易度は爆上がりする。しかしその問題を解決するのがこの魔技と呼ばれる技術だ。
さて、彼女の技術のほどは。
「で、では行きます! 」
そう言うと一気に彼女の顔が変わった。
物凄い集中力だ。
僅かに手に持つ刻印用彫刻具を少し動かす。
瞬間、魔法陣と魔法陣の間を繋ぐ魔導線を詰めらせていた石のような物が退く。
ここで止まるのならば三流。
さて、どうするのか……。
次に手に持つ道具に魔力を流し始めた。
ほう。見事なまでの魔力操作。
彫刻具から僅かに、瞬間的に火がともる。
ジュッ! っと音がして傷がついていたところが軽く焼け溶ける。
少し煙が出て鉄の臭いがする中、再度魔力を流し込む。
僅かな間に持ち替えたようだ。
そこから少量の錬金液が流し込まれて溶けた部分を塞いでいく。
「終わりました」
ふぅ、とさっきまでの集中を解いて少し高い声で終わったのを告げてボクの方を見た。
少しそわそわしているようだが……。
「うむ。流石カーヴの娘だ。腕は一流。太鼓判を押そう」
「よかったぁ」
「まぁ修理師にしては、と付け加えるが」
それを聞き再度しょげてしまった。
やはり感想待ちだったか。しかし本当の事を告げないとね。下手に自信を持って魔技師を名乗られても本人が困るだけだ。
彼女は確かに技術者のようだが……。カーヴにどの程度教えられているのか確かめる必要がありそうだ。
「さて君に質問だ。魔技師というのが何か知っているかい? 」
「い、一応」
「そうか。ならどのように教わっているのか教えてくれないか? 」
「は、はい」
ニアは少し背筋を伸ばしてこちらを見る。
「魔技師、つまり魔法技術師は刻印魔法を用いて道具に魔法を刻む者の事を言います。魔法陣、魔法式など刻むものは多くありますが鍛冶師が使う刻印魔法と違うのは別系統の技術、つまり魔法陣と魔法陣を繋ぐ魔導線を描き、繋ぎ、同調させて魔道具と呼ばれるものを作る者の事を言います」
……。
あいつ。一部しか教えなかったな?
もしくは何か本を読んでそれを真に受けたか、だ。
「それでは七十点だ」
正面の眼鏡少女に厳しい判定を下す。
それにショックを受けたのか軽く後ろに倒れそうだ。
「そこに加えて刻む魔法陣の改良はもとより魔法全般のことができないとだめだ」
「どういうことですか? 」
少し睨まれてる気がするが、良いか。
「つまりだ。机に引っ付いて刻印魔法を使って魔法を刻み、魔導線を繋いで同調させるだけでなく魔法に関わる全般を行わなければならない。刻印魔法は単なるその一部であって全部ではない。実際に魔技師の中には冒険者をする者もいるしな。不思議に思わなかったのかい? 君の定義で行くと魔技師では刻魔技師や刻魔師と呼ばれてもおかしくないだろ? 」
話についてこれているのか?
少し呆けているようだが。
まぁいい。最後の答えだ。
「そして最後に研究だ。研究を怠る魔技師は多いようだがそのような者は魔技師ではない、と私は考えるがね」
君はどうだね、と尋ねて締めくくる。
プルプロと震えながらこちらをギロリと睨み「バン! 」と机を叩いて前のめりに訴えてきた。
「父さんが、父さんが教えてくれたことが噓なわけない!!! 」
「なにも嘘とは言ってないさ。足りないだけだ。恐らく君に全てを教える前に死んでしまったのだろう。これに関しては予想だがね」
震え、涙を落としながらなおも睨んでくる。
否定した覚えはないのだけれど、まいったね。
さてどうしたものか。
そう思っていると扉からノックの音が。
「シャル。お客さんの様ですが如何いたしましょうか? 」
「私が出ます!!! 」
扉側に座っているボクの隣を通り過ぎニアは違う部屋へと行ってしまった。
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