第四話 魔技師工房『カーヴ』
「元気そうだね」
「シャルロッテ様もお元気そうで何よりです」
「確か君と最後に会ったのは……」
「三十年ほど前では? まだ私が冒険者として現役だった頃なので」
それを聞き、思い出した。
そうだ。確か拳を使う魔族だった。
しかし……。この親し気な感じ。
言えないな。実は名前を忘れているなんて。
「しかし珍しいですね。シャルロッテ様が町に出てくるなんて」
少し見上げてそう言う。
「確かにボクは魔境に引き籠っているが稀に出ては来るさ。今日は知人との約束で来ただけだ。ついでに金策もね」
「……一応どのようなモンスターかお聞きしても? 」
アイテムバックに手を掛けている所にそう言われてしまった。
一度手を止め受付の方を向く。
何を怯えているのか少し声が震えているが、まぁいいだろう。
「魔境産トロールの皮にジャイアント・スネークの皮とかが主だ」
「因みにドラゴンとかは……」
「ああ、すまない。そちらは先約がいるからな。本来ならもう少し時間を取って冒険者ギルドにも卸してやりたかったが如何せん時間が無かったんだ。許してくれ」
震える声で「大丈夫です」と言いながらも「少々お待ちください」と言い受付嬢は奥へ行った。
「今日の事をすっかり忘れていた人が何を言っているのですか? 」
「嘘はついていない。実際時間がなかっただろ? 」
「そうですが……。彼女が、いえこの冒険者ギルドが不憫でなりませんね」
「どういうことだ? 」
「トロールの皮はともかくジャイアント・スネークは高値で売れます。このギルドの財源が持つのやら」
「ボクに商売の事はわからないけれどもそれこそオークションにでも出せばいいじゃないか? 」
「……シャル。貴方が魔境からほとんど出ないのを忘れたのですか? どうやってオークションで得たお金を貴方に渡しに行くのですか」
バトラーが嘆息しながらそう言う。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
先ほどの受付嬢がやってきて中を案内。
どうも解体場へ行くらしい。
★
「こ、これがトロール?! 」
「おかしいだろ」
「流石魔境、ということかな」
「こっちのスネークも見てみろよ」
「殆ど破損してねぇじゃねぇか」
「どのくらいの価値になるんだ……」
解体場でバトラーがアイテムバックからモンスターを出すと集まった職員達が興奮と呆れ声でそれぞれ話している。
このくらいで驚かれては困るな。
やはり前もって相談してアイテムバックの中にあるサイクロプスを出さなかったのは正解か?
しかしジャイアント・スネークとは言わないまでもせめて冒険者ならトロールくらいは倒して欲しいね。
弱点さえつけば倒せるのだから。少し離れてはいるものの魔境はすぐそこだ。せっかくの狩り場なのに勿体ない。
「さてお値段のほどを聞こうか」
「……ご用意いたします」
受付にて白金貨二十枚を貰い懐が温かいままバトラーを連れて町を行く。
「なぁバトラー。道はこっちだったか? 」
「ええ。しかし……」
「見られているね」
「何故でしょう? 」
「君は自覚がないのかね」
横にいるバトラーが軽く首を捻る。
分かっていない様子だ。彼は他種族であるボクから見ても美男子の部類であることがわかる。
それが執事服を着て町を闊歩しているのだ。
目立たないはずがない。
周りの注目を浴びながら記憶している場所へ行く。
商業区を行き、少し外れた所へ着いたのだが……。
「はて、ロドリゲス君。ボクの記憶ではここが魔技師工房『カーヴ』だったと記憶しているのだが? 」
「ロドリゲスではありません。バトラーです。しかしそれに関しては同意ですね。確かにここだったと思いますが……」
「「こんなにボロボロだったか (でしたか)? 」」」
商業区を記憶通りに行った先には所々煉瓦にひびが入っている建物があった。
看板も少し傾いている。看板の文字も薄れてあまり読めない。
「……一応カーヴ、と看板には書かれていますが」
「廃業したのか? 」
「流石にそれは。当時のカーヴと言えば町一番の工房。そう易々と廃業するはずがないと思うのですが」
「しかしこれをどう説明するのだね? 廃業以外に原因が思い当たらないのだが」
そう言うと何を思ったかバトラーが扉の方へ向かう。
顔を近づけ軽く鼻をひくつかせていた。
犬獣人は他種族よりも嗅覚が優れているというが狼獣人はどうなのだろうか?
しかしまぁ美男子がやるから許されるのであってこれを普通の人間がやると逮捕されるな。
そう考えているとそこから顔をこちらに向けて近づいて来る。
「中に人がいるようですね」
「……帰るか」
「……」
「何乙女の肩を勝手につかんでいるのかい? 通報されたいのかい? 」
「通報は御免ですがせめて旧友に何があったのか知っておくべきでは? 」
「ボクが面倒事が苦手なのを知ってての発言かい? 君は余程死神に会いたいようだ」
「あ、あの......」
扉の向こうから少女の声が聞こえてくる。
バトラーとのやり取りを一回抑えて彼女の方へ目を向けるとそこには頭一つ二つ背の低い眼鏡をかけた少女がそこにいた。
★
「すみません。お茶も出せない状況で」
「構わない。なにせボクはそれを期待してここに来たわけじゃないのだからね」
おどおどとした黒髪黒目の少女はボロボロの木の椅子に座ってボクにそう言うが、はて何故ここにボクはいる?
ああそうだ。カーヴの知り合いかと聞かれてそれに反応したバトラーに引き摺られてここに来たんだ。
厄介事の臭いしかない。早く帰りたいのだがこの雰囲気。帰れる雰囲気ではないな。
「カーヴ、父のお知り合いの方でしょうか? 」
「ん? 君はカーヴの娘なのかい? 」
「は、はい。娘のニアと言います」
「なら話が早い。君の両親に会わせてくれ。手土産を渡して再会の挨拶をしたら帰るよ」
「ち、父と母は……。そのもういません」
ん? どういうことだ。
あの二人がいない?
「母は馬車の事故に……、そして父は」
そう言うと軽く震えて涙が落ちている。
事故?
「父は殺されました」
「はぁ? 」
その言葉に驚き前のめりになって少し問い詰める。
「待て待て待て。カーヴの野郎はそう簡単にくたばる奴じゃないぞ? 」
「シャル、落ち着いて」
「……悪い」
バトラーの言葉に自制を取り戻して座り直す。
少し怖かったのか震えている。
しかし確かめないといけないね。
「この魔技師工房『カーヴ』に何があったのか教えてくれるかい? 」
あくまで平静を装った声でそう尋ねると、ニアが震えながらも顔を上げて説明を始めた。
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