第三十二話 大罪者
時は少し遡りカーヴ工房を裏切った職人達はというと……。
「おいおい本当に雇ってくれるんだよな? 」
「ええ。それはもちろんですとも」
薄暗い裏路地を歩いていた。
それぞれの手には小袋が見える。
「それに契約の前金としてお渡ししたでしょう? ここで裏切っては僕、損しかありませんし」
「だがよぉ。こんな気味の悪場所を何も通らなくても」
職人の一人がそう言うと、前を行く猫背の男――マヴル・アヴァルーノは軽く笑いながら進んだ。
「ほほほ、こっちの方が近道なのですよ。それに僕は、あまり言いたくはないですが人混みというのが苦手でございまして」
「あぁ……、なるほど。それでこの道を通っている、と」
その通り、と答えて前に進むマヴルと職人衆。
商業区の裏側を通り、商業区中心部へ戻り、そのまま行くかと思えばまたもや違う方向に。
何故この道を? と考えるも「人混みが苦手」という先ほどの言葉とこの猫背の男の風貌を見て聞くのをやめた。
恐らく同じ答えが返ってくるだろうと思われたからだ。
幾らか店と店の間を行き、入り組んだ裏路地を行き、再度商業区から離れたと思えばマヴルは足を止めた。
「こちらになります」
「……何もないじゃねぇか? 」
「やっぱり俺達をだましたんだな! 」
「め、滅相もございません。本当にここなのです」
鬼気迫る職人衆にひ弱そうなマヴルは慌てて、手を振りながら誤解を解こうとする。
人付き合いが苦手そうな雰囲気を肯定するかのように、しどろもどろになりながらも床下を指さす。
その方向を職人達がじーっと覗き込むと少し床に隙間があるのが見えた。
「こりゃ……」
「わ、分かっていただけましたか? ここです。ここなのです、入り口」
周りの薄暗い雰囲気から少し遠い――明るい――感じを、無理やり出しているような床を見て全員が顔を見合わせる。
(おい。どうするよ)
(明らかにやべーって)
(だが金を貰っちまってるしな)
それぞれが小袋を見てそう言う。
明らかに非合法な雰囲気しか出てない入り口に挙動不審なマヴル。
必死に職人達を地下へ送ろうとしているのが犯罪臭を増長させていた。
(また犯罪の片棒を担がされるのは嫌だぞ?)
(俺だっていやだ。だが貰っちまってるのはしかたねぇだろ? )
(一層逃げちまうか? こいつ程度なら逃げれるだろよ)
ある職人が気付かれないように軽く目線を向けて如何にも運動慣れしてなさそうな研究者を見た。
それにつられて他の男達も見る。
(確かに逃げれそうだが……。もしやべぇ奴の下っ端だったらどうする? )
(どういうことだ? )
(つまりだ。一生そのやべぇ奴に追い掛け回されるかもしれねぇってことだ)
小声で言うと、他の仲間がぶるっと体を震わせた。
ここにいる職人は全員人族。目の前にいる研究者はエルフだ。加えるのならば――彼の後ろに犯罪組織がいたとして――その相手の種族がわからない。
逃げる素振りを見せた瞬間から彼らはこのエルフ達に狙われる可能性があり、しかも生涯にわたって狙われる可能性がある。彼ら自身にそれほど価値が無くともこのエルフと犯罪組織の繋がりを感じ取らせてしまうためだ。
よってここに来た瞬間から彼らに選択の余地などなかった。
「も、もう行ってもよろしいでしょうか? 」
「あ、あぁ……。その先が仕事場ってのなら、行くさ」
そう言うと「ぱぁー」っと表情を明るくし「そうですか、そうですか」と陽気に頷き、床を何回か足でこつんとリズミカルに鳴らして、地下への道を開けた。
★
「なぁ。俺達は何をすればいいんだ? 」
暗い地下を行きながら職人達が行っている。
開いた地下への道は階段状になっており、その先はどんどんと下へと向かっているようで緩やかな斜面になっており、リーダーの男はそこを下りながらおずおずと言った様子でマヴルに聞いた。
リーダー格の男からすれば得体の知れない場所へと向かわされている現状に耐えかねて質問したのだが、彼の後ろからは「余計なことを言うな」という無言の圧力が発せられている。
「単に魔技師として、仕事をしていただければ、と」
マヴルは振り向かずにそう言った。
これまでの弱々しい感じはどこへやら。自分の領域に入ったためか少し言葉に強さを感じる。
今までとの落差を感じ、職人達は少し額に汗を滲ませ緊張する。
しかしここまで来たら後戻りはできない。
意を決してマヴルについて行った。
「こちらになります」
長い廊下を下り一つの鉄製の扉の前に彼らはついた。
マヴルがそれを開けると同時に中に入るように促す。
犯罪にまた一歩近づいたという自責の念を感じながらも足を進め中へ。
「……なんだ、ここ」
中には当然あると思っていた物が全くなかった。
いや、『物』自体が無かった。
リーダーの男が何かないか確かめるべく周りを見渡す。
彼は作業台と道具、そして違法なことをしている研究者に魔技師がいるのではと思い浮かべていた。
しかし研究者達どころか道具すらない。
見渡し、どうなっているのか考えていると仲間の魔技師の声がする。
「な、なぁ。俺達は何をどうすれば」
その言葉に反応し背を向け、前にいたマヴルはくるりと反転し笑顔で応える。
「ここで、お仕事です」
何を言っているのかわからない。
だがその異様な雰囲気を察してか扉の方へじわりと寄る職人達。
彼らが逃げようとしているのを察知したのかどんどんとその存在感を膨らませるマヴル。
いや存在感だけではない、とリーダーの男は分かり「ゴクリ」と息を飲む。
体が大きく盛り上がってきている。
白かった肌は、——暗闇で見えないが――どんどんとその色が闇に消えているようだ。
それに動揺する職人達。
が、その隙が命取りだった。
リーダーの男はマヴルから目を離していたわけではない。
しかしいつの間にか姿が消えている。
グシャリ、となにやら音が聞こえ、その方向を震えながらみた。
そこには黒いマヴルと単なる肉塊になった同僚がいた。
「な、何が?! 」
そう口を開いた瞬間リーダーの男も肉塊へと変わり、マヴルの一部と化した。
★
「やはり素材は魔技師に限りますねぇ。しかし高位魔法使いを素材にした場合とこれほどまでに味が違うとは……。何が原因となっているのでしょう? 一研究者として気になる所ではありますが今日の所は良いですね」
黒い姿から白い姿へ戻ったマヴルは独り言をつぶやく。
そこには弱々しさも、また圧倒的なまでの風格もなく単なる猫背の研究者のような雰囲気を出していた。
マヴルは軽く周りを見降ろす。
多少血で汚れているがそれ以外何もない。
「……掃除が大変そうですね。しかし……次も欲しいところで」
と、顎を手でさすりながら考える。
「今回は組織とは別行動。自分で何とかしないといけないのですが……。そう言えばあの職人達が『カーヴ工房』とやらを口にしていましたね」
手を頭にやり緑の髪をポリポリと掻く。
そしてニヤリと笑みを浮かべて次の標的を決めた。
ここまで如何だったでしょうか?
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