第三話 賊と商人と冒険者ギルド
「最初はどちらへ向かうのですか? 」
「そうだね。十分に手土産も用意できた。一先ず冒険者ギルドだ」
「カードは持っていますか? 」
「無論だとも」
その返事を聞き巨狼バトラーはさらに加速した。
魔境にあるボクの館から目的地であるルーカスの町へはかなり距離がある。
別にルーカスの町が辺境にあるというわけではない。
ボクが住んでいる館が辺境にあるだけだ。
しかし館に引き籠りたい身としてはあの場所は最適だ。
何せ魔境ということもあり誰も近寄らないからだ。近寄るのはよっぽどの物好きか死にたがり屋だけだろう。
「しかし毎回の如くすごいスピードだね」
「お褒めに預かり光栄ですね」
「フェンリルとしてはどうだろうか? 」
「さて。両親以外のフェンリル以外を見たことがないのでわかりませんね」
それはわからなくても仕方ないな。基準となる者がいなくては自分がどうなのかがわかるはずもない。
景色が断続的に瞬間的に変化しながらそう考える。
爆速で移動しているのに風圧、振動を感じない。
彼の技術もあるのだろうが、この埋もれんばかりの銀色の体毛がそうさせているのだろう。
そう思いつつ軽く毛の中に体を沈めさせる。
うむ。ボクは満足だ。
「……シャル」
スピードを徐々に緩めて聞いて来る。
顔だけ出して前を向く。
まだ着いていないようだがどうしたのだろうか?
「少し前で戦闘が行われているようですが、どうしましょう? 」
「戦闘? ボクには見えないが」
「食料の匂いに血の臭い。恐らく商人と賊でしょう」
「何故この世には賊が多いのだろうか。国のせいか、そもそも自然発生する仕組みがあるのか、考察する余地はありそうだが今やることではないね。よし。轢いてそのまま町へ行こう。賊は死刑。これは万国共通だ」
「了解しました」
そしてバトラーは加速した。
★
護衛の冒険者達が膝をつき商人の男が絶望する中、賊が近寄ってくる。
餌はもうすぐと言わんばかりに。
「……くそ、ここまでか」
「ははは。この程度——「ドン!!! 」」
大きな銀色の何かに轢かれて吹き飛ばされた。
「ははははは! 爽快だね!!! 」
その一撃でその場にいる賊が全員死亡し、呆気にとられる商人と冒険者達。
声を置き去りにして一瞬で見えなくなり何が起こったのか分からなくなった。
一番先に商人が再起動する。
「何が」
そう言いつつあるものは吹き飛ばされ、ある者は踏まれて死亡した賊を見つめる。
そこには巨大な足跡が残されていた。
踏みつぶされた賊は体の原型をとどめていない。かなりの体重があるとわかる。
「商会長。すみません」
「私達がいながら」
「いや。あれは確かこの近辺を縄張りにする賊だ。君達の忠告を無視して近道を使ったワタクシも悪い。しかし……あれは」
そう言いつつ地面から過ぎさった場所へ目を向ける。
その先には自分達の目的地でもあるルーカスの町があるはず。
同じ目的地だったのだろうか。
「モンスターを飼いならしているのか? 」
「一瞬シルバー・ウルフに見えましたがどちらかというと昔見たフェンリルに似てましたね」
そう魔族の男が言う。
続いて倒れていた犬獣人の剣士が立ち上がり依頼主の方を向いた。
「それに物好きでも悪たるモンスターを飼うものなんてこの世にいませんよ」
「確かに」
商人の男は「彼の言う通りだ」と思うが、やらないといけない事を思い出した。
眺めていた方向から冒険者、そして馬車に目を向ける。
軽く近寄り荷物が大丈夫か確かめた。
「大丈夫なようだ。彼女達は命の恩人。調べていつか恩返しをしなければな」
その言葉に冒険者達は少し羨ましそうな顔をしながらも配置につく。
そのまま彼らはルーカスの町へ向かった。
★
「着いた」
「そうですね。しかしもう少し私を労わってくれてもいいのでは? 」
「あのくらいで疲れないだろ? 」
「確かにそうですが労わってくれるのとそうでないのとでは気分が違います」
「仕方ないな」
軽く労われと言ってくるので彼に近寄り軽く頭をくしゃくしゃして褒めてやる。
「ああ……」
何だ彼は。
せっかく労わってやったというのに顔を背けて。
これだから男というものは分からん。
しかし久しぶりのルーカスの町だ。
今は中に入るための審査待ち。
前も確かそうだったが同じように長蛇の列ができているな。
ルーカスの町に近付くにつれてスピードを落としてある程度まで来たらバトラーは姿を人型に戻して執事の格好に戻る。
旅人の姿をした方が良いのではないか、と言ってみたがそれを拒否。
なんでも自分のアイデンティティなそうだ。
融通が利かないね、注目を浴びるのがわかりきっているのに。
「次の方」
「おっとボク達の番のようだ」
考え事をしていたら列がはけたようだ。
前に誰もいなくなっていた。
門番の催促の声が聞こえるので前を向き、近くによる。
「身分証を提示してください」
「このカードは使えるかね? 」
「冒険者ギルドカードですね。だいじょ……」
ん? 男の顔が固まってしまっているぞ?
どうしたんだ?
まさか使えないということは無いだろうな。確か有効期限のようなものは無かったはずだ。
「おい、使えるのか? 」
「は、はいぃ! 」
「なら通してもらっても大丈夫だな? 」
「大丈夫でございます! 」
そう言われ町の中へ足を向ける。
バトラーが何やら後ろでごたついているが、まぁいいだろう。
後で追いついたバトラーと共に町の中へ入っていった。
★
「たのもー! 」
冒険者ギルドの扉を勢いよく開けると暇人共がこちらを向いた。
全く嘆かわしいね。こんな時間にギルドで茶会とは。
それでも冒険者かね。茶会を開くくらいなら外でモンスターでも狩ればいいのに。
「威圧しないでください。シャル」
「ん? ボクは威圧なんてしてないが? 」
「貴方はそうであっても彼らからすれば違います。貴方は無意識に相手を威圧する癖があるので、ほら」
バトラーが指さした方向を見ると体をガクガクと震わせる冒険者達が見える。
「失礼だね。美少女魔技師の登場にこの出迎えは。全員不能にする魔道具でもくっつけてやろうか」
「止めてあげてください。それよりも今日の獲物を渡さないと」
「おおっとそうだった」
バトラーに指摘され思い出し、木でできた床を歩く。
受付台まで行くとそこには見知った顔が。
「おや。久しぶりだね。相も変わらず艶のある凛々しい角だ」
「お褒めに預かり光栄です。Sランク冒険者『森の破風』シャルロッテ様」
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