第一話 エルフの魔技師とフェンリルの付き人
至る所で爆発が起こる。
パニックに陥った研究員達が逃げようとするが魔法に巻き込まれ命を落とす。
「何で……何でっ!!! 」
悔しい。
悲しい。
そして何より――目の前の狂気に満ちた同僚が憎い。
「はははははは。貴方は間違っている! このような素晴らしい魔法をたかが刻印魔法で終わらせるなんて!!! 」
「貴様ぁ!!! 」
水が、滴り落ちる。
臭いも何も感じない。
ただあるのは悔しさ。
悪用されたという悔しさ。
「底辺を這いずり見ていろ! 僕が、この僕が王国を変えてみせる!!! 」
そしてボクは――。
★
「何かつらい夢でも見たのですか? シャル」
「……あぁ。夢か」
背中にもふもふとした感触を感じる。
あの時の冷たい部屋ではないようだ。
再度体を沈めて少し横を見た。
銀色の毛並みに覆われて顔までは見えないが恐らくいつものように毅然と顔をしているのだろうことが予想できる。
視線に気が付いたのかその巨体を捻り顔をこちらに向けた。
「今日はいつもよりも甘えん坊ですね」
「煩い。バトラー。デリカシーというものを身につけろ。そういう時は何も言わないのがマナーだ」
「神獣たる私には『マナー』は必要ないと思うのですが? 」
狼顔が異議を唱えるも溜息をつきながら立ち上がり、振り返る。
「そんなんだから同じフェンリルから求婚が来ないんだよ。バトラー」
そう言い神獣『フェンリル』ことバトラーを置いて部屋を出た。
★
「バトラー。ボクは肉を所望する」
「……朝から肉は少々胃に負担をかけすぎだと思うのですが? 」
狼獣人の姿を取ったバトラーに軽く目線をやって言うがどうやら彼は反対らしい。
肉食の狼が何を言うのだね、全く。
彼はフェンリルで、神獣で、人とはかけ離れた存在だとしてもその本能を抑えるとは嘆かわしい。
いや、フェンリルだからそもそも根幹的欲求が異なるのか?
是非知りたいな。
軽く目をやると何か言いたそうだ。
良いだろう。是非ともバトラー君の意見を聞こうじゃないか。
「肉を食べたいのならばご自身で料理をしたらいいのでは? 」
「バトラー。長い付き合いでわかっているだろ? ボクが料理をしたらどうなるか」
「これは失言でしたね」
不快なものだ。分かって言っているのだから彼も意地が悪い。
彼の料理の腕が上がったのがまるでボクのせいだとでも言いたそうだ。
いや実際ボクの料理は壊滅的だ。認めよう。
死にかけた状態から息を吹き返したフェンリルが再度死神に呼ばれるほどだったようだが、本当かどうかはわからない。
確かにこの世界には宗教上死神は存在することになっている。
だが実際ボクはそれを見たことがない。
見たことがないものを信じろと言われても無理がある。
ボクは現実主義なのだ。
ふむ。どうやら準備が終わったようだ。
少し離れたところにいたバトラーがボクの座る丸い木の机に白いパンを持ってきた。
軽く音を立てず大きく太い銀色の尻尾を振り、ボクの前と対面にパンを置くと少し離れて棚へ行きガラスのグラスを手に取り机に置く。そしてグラスに音を立てずに水属性魔法で水をゆっくりと注いだ。
見事なものだ。鍛えた甲斐がある。
「どうされたので? 」
「いやなに。ボクがワイン好きなのを知って目の前で水を注ぐとは良い度胸だと思ってね」
「朝からワインとか馬鹿ですか」
「頭の回転を速めるにはそれが一番なのだよ。アンダーソン君」
「アンダーソンではありません。バトラーです。誰ですか、アンダーソンって」
いつものやり取りに嘆息しながらも付き合うとは彼も中々真面目だねぇ。
まぁいい。食事と行こうか。
「では。食事と行こうか」
「「森の恵みに感謝を」」
祈りの言葉をした後、まるで出来立てのような白いパンを口に頬張り軽く水に口をつけながら食事をとった。
「そろそろ町へ行く時期では? 」
食器を片付け広い館の二階に上がる中、後ろから声が聞こえてきた。
はて、そんな時期だったか?
「……首を傾げても約束の日程までもう少しです。諦めてください」
「そうは言うが……。はて、そんなに経ったか」
「エルフ族と人族では時間間隔が違うのですから……。きっとお相手は待ちくたびれていますよ? 」
「……神獣の君がそれを言うかい? 」
振り返り、嘆息する。
「まぁこれに関しては君の言う通りだ、バトラー」
「それは良かったです。駄々をこねられたら、と思うと気が気でないので」
「人族の心配をするとか変わったフェンリルだ」
「死にかけのフェンリルを拾った貴方も大概だと思うのですが」
「こりゃ、一本取られた」
「否定して欲しかったのですが」
少し歩きながら部屋へ向かう。
広い道を進む。とてもじゃないが一人ではこれを管理できない。なのでボク直々に掃除をしなくてもいいように刻印魔法を刻んでいる。
それでもバトラーは掃除をするが……。彼の綺麗好きには困ったものだ。
歩く中、それぞれに刻まれた刻印に不備がないか軽く手で触り確認。
どこも大丈夫なようだ。
「バトラー。ボクはこれから手土産でも作る。後のことは任せたよ」
「ほどほどにしてくださいね。やり過ぎる癖があるので」
「重々承知してるよ」
バトラーが白い扉に手を掛ける。
ゆっくりと開き、後ろに向かって手を振り、作業に取り掛かろうとした。
「……バトラー。また何も言わずに片付けたな」
綺麗な部屋をみて独り言ちた。
★
「ふぅ。これで全部だな」
白く背の高い机の上に道具を置いて確認する。
「さて何を作るか……」
木で出来た椅子に背もたれ丸く太いペンを見つつ考えた。
あの夫婦の事だからな。普通の物では納得しないだろう。
この地ならではの物でも作るか?
軽く周りを見渡すと、入った時にはなかったものが目に入る。
約束の日、ということはあれから三十年経っているということだ。
ならば経験も積み目も肥えているだろうし……何が良いか。
何か物を持ってきてくれれば一番助かるのだが、まぁ無理だろうし。
そもそもボクのような魔技師は刻印魔法を主とする。刻印する物が無いのならどうしようもないじゃないか!
ダン! と机を叩き立ち上がる。
「よし! 幾つか素材を手土産に渡して何か別の物に刻印してやろう! それが良い」
軽く頷き腰に手をやる。
着けている小袋型アイテムバックの中に機材を放り込み足を扉に……。
ふと頭を何かが過って移動をやめる。
軽く頭を捻りながら、ちらっと古びた素材を見て、思いついた。
「何なら新鮮なものを送るのもありだな。それに幾らか稼いでおくのも良いか」
再度前に進みだして扉を開け、一階で掃除をしているバトラーに声をかけて館を出た。
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