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アリス・B・シェルドン博士からの手紙

 一九七六年のクリスマスの直前、ロバート・シルヴァーバーグは一通の手紙を受け取った。

 その差出人名はアリス・B・シェルドン。その名に覚えのない彼は、ファンレターの一種かと思う。

 彼は有名なSF作家である。「であった」と過去形で言うべきか。

 彼は一九七五年にSFの執筆からの引退を宣言していた。



 彼は受け取った手紙に目を通す。それを読んだ彼は、憮然とした表情を浮かべ、それから目をつむり、手紙の内容を咀嚼し、過去の自身の発言を反芻した。


 アリスからの手紙の内容は、ためらいがちな告白であり、ロバートを気遣う言葉が連なっていた。

 ロバートはアリスが示した一連の騒動を振り返る。



 一九六八年にデビューした作家ティプトリーは正体のつかめない人物であった。

 SF界は作家同士の親交が結構盛んである。しかし、ティプトリーに会ったことのある作家は存在しなかった。ティプトリーの作家としての名声が高まっていってもそれは変わらなかった。

 ティプトリーはインタビューは受ける。そして、嘘は言わない。しかし、それは手紙を介してのものである。

 その手紙も郵便局の私書箱を通す。

 電話は受けないしかけない。編集者も同業者も彼の肉声を知らない。

 SF大会にやってきても、お忍びである。



 彼がプライベートを明かさないために、その正体の予想はしばしば加熱した。

 そして、その正体予想の中には実は女性ではないかというものがあった。

 ロバートはその予想をばかばかしいと一蹴した。そして、男性であると信じていると発言した。


 男性にオースティンの小説が書けるとは思えないし、女性にヘミングウェイの小説が書けるとは思えない。

 そして、簡素な文体にヘミングウェイとの類似性を感じる。

 それがロバートの主張であった。彼は、ティプトリーの作品集「愛はさだめ、さだめは死」にその主張を序文として寄せたのだった。



 SF評論誌の編集者達はティプトリーと親密に文通を交わし、積極的に彼の情報を引き出そうとしていた。

 ティプトリーはインタビューに対し、素直に答えてくれていた。

 シカゴで生まれたこと、親についていって植民地時代のインドやアフリカを歩き回ったこと、かつて陸軍に入ったり、政府内部で働いたりしたことを明かした。


 それらのインタビューから読者はティプトリーの人物像を想像していた。




 ティプトリーの正体はある時突然に暴露されてしまった。

 一九七六年、ティプトリーが作家の母がシカゴで亡くなったということを明かすと、ファンがその母の死亡記事を探し出したのだ。

 そして、亡くなった作家がメアリー・ブラッドリーであることが突き止められる。

 そして、彼女の娘アリスがティプトリーであると白日の下にさらされたのだ。




 アリス・ブラッドリーは高名な探検家の父と作家の母に連れられて世界中のあらゆるところを見て回った。

 様々な異文化や宗教に触れた彼女の感受性は誰よりも鋭く磨かれた。それは、同年代の子供との隔絶を産み、疎外感に悩まされることになる。


 十代のアリスは強大な母の影響から逃れることに必死だった。それは十二歳で自殺未遂をするほどであった。

 十六歳でグラフィックアーティストとして個展を開くなど、アリスは早熟であったがいつまでも母親の影響力から逃れられなかった。

 十代の終わり頃、母親の計画をアリスは知ってしまう。

 それはアリスをニューヨークの社交界にデビューさせるために盛大なパーティーを開いて、世界一周旅行をし、その旅行のクライマックスには英国王室に招かれて国王陛下に拝謁するというものだった。


 アリスはその計画をぶち壊すためだけに、三日前に知り合ったハンサムな男の子と駆け落ちして結婚した。

 その結婚はアリスの妊娠中絶掻爬手術の失敗によって子供が産めなくなったことをきっかけに破綻した。



 二十代前半の彼女はグラフィックアーティストとして美術雑誌に寄稿したり個展を開いたり、評論を書いたりして過ごしていた。

 左翼運動に傾倒したりもしたが、一九四二年に陸軍に入隊する。ペンタゴンで写真解析部門に勤務した。


 一九四五年、ドイツの科学者をアメリカに連れ帰るというプロジェクトに参加。そのプロジェクトの指揮官であるハンティントン・D・シェルドンと結婚する。

 一九四六年に軍を辞めて夫と起業する。その年にアリス・ブラッドリー名義で最初の小説が掲載された。



 一九五二年、夫と共にCIAに招かれて勤務する。

 一九五五年、アリスはCIAを辞職する、そして、アメリカン大学に入学して学士号を取得。

 ジョージ・ワシントン大学で実験心理学を専攻して一九六七年に博士号を取得した。

 この博士試験のストレス解消のためにSF小説を書き始めた。


 その後、大学で講師を務めるが、体調を崩して辞職した。



 アリスは子供の頃から、SF小説が大好きだった。SF小説はアリスの母メアリーが絶対に読まないジャンルであり、彼女の影響を感じさせないものであった。



 アリスは朝食のテーブルに用意したママレードの瓶に書かれていたティプトリーを筆名に使う。

 ファーストネームを男性名にしたのは、それまで女性だからという理由で散々ひどい目に遭ったからである。Jrを使うのは夫のアイデアであった。

 そして、ジェイムズ・ティプトリー・Jrは誕生した。




 ティプトリーが女性だったという事実は読者に大きな衝撃を与えた。


 一九七六年、アリスことティプトリーから正体についての告白をためらいがちに書かれた手紙を受け取ったロバートはしばし、憮然とさせられた。

 アリスからの手紙にはロバートがティプトリーは男性であると主張したことに対して、どうか気にしないでと気遣いが述べられていた。


 ロバートは改めてティプトリー作品に対して思いをはせる。


 そして、小説に対して男性的であるか女性的であるかという観念を持つことに疑問を投げかけられた。

 ロバートはたばかられた思いと、それと裏腹に学びを得た喜びとでないまぜとなった。

 それは、どこかティプトリーの作品を読んだ時の感情に近いものがあった。

 ティプトリーは作品に退屈さが存在することを嫌う。意外性、驚きの連続、そして葛藤。

 そうティプトリーこそティプトリーが作り上げた作品の一つなのだ。


 物事が外観通りであることは滅多にない。それを改めて学ばせてもらったことを、ロバートは痛感させられた。



 一九七八年、ロバートは「愛はさだめ、さだめは死」の序文にこのアリスからの告白を受けて感じたことを付け足したのだった。




 一九八七年。ティプトリーは新たにとんでもない衝撃を読者に与える。

 七一歳になった彼女は八四歳の夫を介護していた。弁護士に後事を託す電話をすると、彼女は夫を射殺し、同じベッドの上で自らの頭を撃ち抜いた。




 一九九一年、SF作家パット・マーフィーとカレン・ジョイ・ファウラーによるディスカッションを経て、ジェンダーへの理解に貢献したSF・ファンタジー作品に贈られる文学賞ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞が創始された。



 二〇一九年、ティプトリーの名を冠することの適切さに議論が起こった。

 ティプトリーが介護していた夫を殺人したからである。

 二〇一九年十月、ティプトリー賞はアザーワイズ賞へと改名された。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 秋の公式企画から拝読させていただきました。 今回も興味深いお話でした。 才能に恵まれながら、家庭に恵まれなかった女性の悲劇でしょうか。
[一言] 最初に読んだのが「たった一つの冴えたやりかた」でした。 この方だけではなく、他にも男性名や性別不明で著作されてた方いましたね。C.L.ムーアとか。よく読んでいました。 懐かしく思い出しました…
[良い点] どれも実話なんですね! 全然知らなかったので勉強になりました! [一言] 確かに作者の性別って作品には関係ないですよね。
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