(B)的外れな嫌がらせが、上手くいくこともある
主人公以外の視点の話には、タイトルの前に(B)を付ける予定です。
2022.06.27修正しています。
エリクセン家本邸書斎――。
年に一度。ズームダウン王国の王侯貴族のご子息を馬の動く骸骨が牽いた馬車で送迎する仕事を、エリクセン家は仰せつかっていた。
はじまりは、単にその場所が人間以外の生き物が入ることを禁じられた聖域だったため、なら不死の魔物に馬車を牽かせればいいという安易な理由でエリクセン家が指名されたのだが、何年も続くうちに王家とエリクセン家を繋ぐ重要な仕事へと変わっていった。
エリクセン家が引き受ける前は子供たち自ら聖地まで歩いていたそうだ。これについては三百年以上も前の記録であり、書物が少し残っているだけだが、距離が距離だけに体調を崩す子供が続出したという。
そんな三百年以上続いてきた、由緒ある仕事が揺らごうとしていた。
儀式を取り仕切るレンブラン伯爵から呼び出されたエリクセン家の当主アシュリー・エリクセンは、〝今年の儀式からは、嫌な臭いのしない動く骸骨の馬を用意してほしい〟そう持ち掛けられたのだ。
その場での即答は避けアシュリーは家に帰った。
アシュリーは、書斎に筆頭執事のヨーゼフを呼び嫌な臭いのしない馬のスケルトンを用意してほしいと言われたことを話した。
「レンブラン伯爵様からそんな話が……」
「ああ困ったことになってしまったよ。本来アンデッドとは腐臭と死臭を纏うものだ。それがない馬のスケルトンを準備しろなどと、いったい誰の入れ知恵だろうな。他の死霊術師の家が我が家を陥れようと変な噂を流しているのかもしれん。ヨーゼフ早急に調べてくれないか」
「かしこまりましたアシュリー様、調査のため三日ほどお時間をいただけないでしょうか」
「任せる」
ヨーゼフは足早に書斎を後にした。
三日後――。
「ヨーゼフ何か分かったか」
「はい、嫌な臭いのしないスケルトンについてですが単なる噂ではなかったようでございます。迷宮島リーゼガントに条件に該当する馬のスケルトンを使役する冒険者がいると噂になっているようで」
「それが王の耳にも届いたのか」
アシュリーは考えた。迷宮島リーゼガントは、死者たちの女王と呼ばれる最上級不死の魔物から私との子供だと言って渡された三男のカイルを送った場所だ。
骨遣いであるカイルを送った場所に現れた奇妙なスケルトンに不思議な縁を感じた。
「ところでヨーゼフ、カイルはあの家をまだ手放していないのか」
「はい、カイル様……申し訳ございません。カイルに手切れ金として渡した別荘は未だに彼の名義のままでございます。二流職技能では冒険者として依頼も受けにくいでしょうからそのまま家として使っているのでしょう。もし心配なら人を送り調べさせますが?」
「いやいい。迷宮島は国や貴族の介入を強く嫌う。仮に私が間者を送ったことが露見すれば、この国にも迷惑をかけてしまうだろう。それにあの家にいるならエリクセン家に恩を感じる洗脳は解けていないはずだ。スケルトンの情報をカイルが掴んだのなら私の役に立とうと連絡のひとつもしてくるだろう。嫌な臭いのしないスケルトンについては弟子たちにも研究を続けさせよう」
迷宮島はどの国家にも属していない。
特定の国が幅を利かせることを嫌うのだ。貴族も平民もない聖域、唯一この島で人に優越を付けるものは島で挙げた冒険者としての実績だけだ。
しかもその迷宮島の中で挙げた実績しか考慮されない。
例えばリーゼガントで実績を挙げても他の迷宮島に移動したなら、また一からのスタートとなる。勿論大陸で積み重ねてきた冒険者の実績も評価されない。
逆に迷宮島で実績を挙げた冒険者は他国でもてはやされることになる。
迷宮島で発言権を持つ冒険者は多くの国から重宝されるのだ。
迷宮島での発言権欲しさに貴族や王族が冒険者を送ることもある。そこには規則があり、金や道具、カイルが貰った別荘のように一度目の支援は可能だが、それ以降は島内で支援した者との接触は禁止となる。
王族であっても迷宮島に入ってしまえば一人の冒険者でしかなくなるのだ。
子を心配したある王族が、規則を破り足しげく迷宮島に通ったことがある。
結果その国は、周囲の国家の反感を買い滅ぼされてしまった。
迷宮島では外の権力が一切通用しないのだ。
妻のマーガレットは、カイルのことを嫌っていた。憎んでいた。
だからだろうカイルが本当の息子でないことを、ダニーロとショルダン二人の息子に話してしまった。
急に現れた見知らぬ弟に当主の座を譲れと言われたダニーロとショルダンは、終いには使用人たちすら巻き込んでカイルに執拗な嫌がらせをするようになっていった。
私は恐れたんだ。
二人がカイルを憎むあまり暗殺者を仕向けないかと、そうなれば死者たちの女王はエリクセン家を憎むかもしれない。私一人の命で済めばいいが、その矛先は妻や子供たちに向かうかもしれない。
だから私アシュリー・エリクセンは、何者も手出しが出来ない迷宮島へとカイルを送った。
アシュリーは迷宮島リーゼガントでカイルが冒険者として実績を上げることを、露程も心配していなかった。
この世界に暮らす大半の人間は、二流職技能をただの無能だと認識している。それはアシュリーも同じだった。
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死の谷――数万の墓の中にたつ玉座。
死者たちの女王は、ある者の目を通し今日も玉座に座り暇を埋めるために外の世界を覗く。
「お嬢様どうされました」
女王の横に立つ白装束姿の若い男が尋ねる。
「ふむ思い出していたのじゃ、この谷に迷い込んだ人間の男のことをな」
「ああ、お嬢様と子作りした男のことですか」
「バカを言うでない、わらわが汚らわしい人間などと交わるわけがなかろう。あの赤子はこの谷に捨てられていたのじゃ。正しくはわらわのことを神と信じる者が供物として捧げた子供じゃがな、もちろんそのまま渡すのはつまらんからのう、赤子にはわらわの肉を少しだけ分けてやったのじゃ。あの男はそれに気付けずに子を捨てるじゃろうがな」
「男に罰を与えましょうか」
「いやいい。それにしても楽しみじゃのう、あの赤子がどう育つのか、谷に捨てられていた子を外に出すのは悠久の時を生きてきたが今回が初めてじゃ」
「赤子……赤子……ああ、百年周期でお嬢様宛に王族の子を贈るオカシナ国がありましたね。そう言うことですか、あの赤子は私とも縁があったのですね」
死の谷の奥地、死者たちの女王は、赤子の未来を妄想しながら楽しそうに口元を歪める。