根に持つタイプ
僕らはコボルト迷宮に向かうために、森の中にある獣道を歩いていた。
町からコボルト迷宮までは馬車を使えば一日で到着出来る距離なのだが、森の中を更に遠回りして進んでいるため到着には片道三日ほどかかるそうだ。
森を歩くのも試験の一部なんだろう、帰りは馬車が出るということなので大変なのはあくまで行きの片道だけだ。ロレンツォさんに〝町に戻るまでが審査対象となると案内に書いてあったんですが〟と聞いたところ〝気分の問題だよ〟と笑っていた。
「ロレンツォさん今回の試験って班対抗なんですか?」
少しだけ歩きやすい道に出たので疑問に思ったことを聞いてみた。
今回の冒険者ギルド準職員採用試験には僕らの他に二つの班が参加している。
他の班との競争なのかそれとも班同士協力するのか、詳しい情報はすべて伏せられているのだ。
「それについては話せないんだ。ひとつ言えるのは今回受からなくともキミたちにはまだチャンスがあるってことかな、カイルくん以外は気にならないのかい」
「俺は気にならないというか……よく分からないや。でもカイルは俺のテントも運んでくれる良い奴だからな、カイルが一位になりたいって言うなら協力するぞ」
小人族は相当義理堅い種族らしい、ポルックくんの僕への好感度も爆上がり中だ。男子の友人としてだけど。
「ポルックくん、キミは良い奴だな」
ボルックくんは僕よりひとつ年上の十三歳なのだが、背が低いせいか無意識にその頭をわしゃわしゃと撫でてしまった。
「やっ……やめろよ、俺の方がお兄さんなんだぞ」
やめろと言いながらも抵抗はしないとはカワイイ奴め!少し甲高い声も小人族の容姿に似合っている。あんな暴力ばかり振るう兄ではなくこんなカワイイ弟が欲しかった。
「ごめんね小人族と会うのがはじめてで、少しだけ興奮しているだけなんだ。ちなみに試験の内容は気になるけど他の班に勝ちたいとは思わないかな。一番欲しかった動く骸骨の研究に使うコボルトの死体は、好きなだけ持ち帰ってもいいってロレンツォさんが許可してくれたしね」
「あの……カイルさんの話を聞いて思ったんですが、カイルさんはスケルトンをどこで作っているんですか?魔物の死体なんて持っていたら宿屋から叩き出されてしまうと思うのですが」
薬の調合場所で苦労しているからだろう、ミレーは鬼気迫る表情で僕の手を握りながら〝そんな宿屋があるのなら教えてください、教えてください、教えてください〟と繰り返す。
「僕は宿屋暮らしじゃなくて、工房が多い工房区画に家を借りているんだよ」
「家!一軒家ですか!羨ましいです」
「カイルさんはお金持ちなんっすね」
ミレーさんに続いて、リュリュさんも話に混ざってきた。
初対面の割にはみんな気さくに話しかけてくれる。パーティーに入れない不人気職の集まりだ、みんな会話に飢えていたのかもしれない。
どう答えるべきか……冒険者は他人から恨みを買いやすいって聞いたし無闇に自分のことを話すべきではないんだろう、助けを求めるようにロレンツォさんに視線を飛ばすも、ロレンツォさんまでもがその話に乗っかってくる……僕に味方はいないのか。
「見習い冒険者じゃ家を借りられるような高額な依頼は受けられないと思うのだが、カイルくんは何か副業でもやっているのかい」
ロレンツォさんは興味があるというよりも、僕が裏で善くないことをしているのでは?と疑っているようにも見える。見習い冒険者が羽振りがいいのは確かに違和感を感じる。
そうはいっても縁を切ったエリクセン家のことは話せないし、僕は咄嗟に嘘をつくことにした。
「スケルトンのお陰ですよ、その時はロバくんではなく馬の動く骸骨で……もちろん臭いもありましたが、不死の魔物なら一晩中休むことなく走り続けることが出来るので、生きた馬が牽く馬車よりも短時間で荷物を運ぶことが出来るんです。食材などは鮮度が命ですからねボロ儲けでしたよ」
「なるほど確かに不死の魔物の特徴を考えると荷運びとの相性は良いね。カイルくんのクラスを骨遣いと聞いて、ギルド職員の中にも弱いスケルトンしか作れない死霊術師だと侮っている人が多いからね、この話を聞いたらみんな驚くんじゃないかな、それに荷運びなら仕事も紹介できると思うよ」
ギルド職員お前らもか……聖水(効果弱め)が汲み放題のこの町の冒険者にとってゾンビやスケルトンは、コボルトやゴブリン以下の魔物という認識である。職員たちの反応も止むを得まい。
「いまは仕事を受けるのは難しいんですよね。僕のスケルトンは臭いを消すために手を加えた分骨が脆いんです。先に骨を強くする方法を探さないと、それに不整地を走ることを考えるなら馬よりも断然ロバなんですが、ロバって心を許した飼い主以外には懐かない動物なので馬に比べると育てている人が少ないんですよね。もう少しロバのスケルトンを増やしたいんですが死体が手に入らなくて困っています」
「ロバの死体か……キミがロバの死体を探していることはギルドにも話しておこう。思ったのだが色々な生き物の死体で実験がしたいのなら、冒険者ギルドに死体の買取依頼を出した方がいいんじゃないのか?」
「それは僕も考えました。でも依頼を出して買取するほどお金に余裕があるわけじゃないんです」
見たこともない魔物の骨を使ったスケルトン作りロマンだよね!ただ先立つものが圧倒的に足りていない。いまは今後の目標として頭の片隅に置いておく程度かな。
でも、いつかは挑戦してみたい。
そこからもとくに危険な目に会うことは無く、拍子抜けするくらい何もなく僕らは無事目的地に到着した。
ミレーさんなんてそこいらに生えている草を見ては、〝これも薬の材料になるんですよ、ここは楽園でしょうか〟と、休憩のたびに騒いでいた。
人見知りで大人しいと思っていた彼女の第一印象は、良い意味で大きく崩れた。
彼女が集めた薬草を運ぶのもロバくんの仕事だ。女の子って男にお願いするのが本当に上手い。
僕ら以外の二つの班はとっくに現地に到着しており、迷宮の前には幾つものテントが張られていた。その中には見慣れないギルド職員も混ざり野営の準備をすすめている。
「おっ、やっと到着か、お前らが最後だぞ。温かいスープもあるゆっくり休め」
声をかけてきた男もギルド職員だった。
「じゃー俺は報告に行ってくる。どうした?もっと怖いものを想像していたのか、これは冒険者としての試験ではなくギルド職員を選ぶ試験だからな、サポートも万全というわけだ。テントを運ぶのも無理だと考えていたしな、慣れない野営が続き疲れるだろうと、それを見越してコボルト迷宮の前で睡眠と食事がしっかりとれるように準備はしていたのさ」
ロレンツォさんが〝キミのスケルトンには本当に驚かされたんだぞ、びっくりさせやがって〟と、何度も僕の肩を叩く。
元中級冒険者の戦士だけに力が強い……痛いです。
✿
日が明けると、到着した班から順番にコボルト迷宮の探索へと出発した。
コボルト――。一見犬人族と呼ばれる犬の頭をした獣人にも似ているが身長は百五十センチ前後と小柄で、何よりコボルトは言葉が喋れない。それに魔物特有の赤い目をしている。
僕らの班も数の少ないコボルトの群れを狙い戦闘訓練を繰り返した。
リュリュさんとミレーさんは人型の魔物を殺すことに抵抗を感じ、はじめのうちは止めを刺すことを躊躇ったが、何度も戦っているうちに克服できたようだ。
班が決まった際ロレンツォさんから〝人型の魔物を殺した経験が無い人はいるか〟と聞かれ僕も手を挙げたが、それは大嘘である。いや人型の魔物を殺すのは今日が初めてだったか。
僕が生まれたエリクセン家は、ズームダウン王国にある死霊術師の家門の中でも名門と呼ばれている。
死霊術師とは死体から不死の魔物と呼ばれる魔物を造る魔法使いのことで、小さい頃から人種の死体を見ることや触ることにも慣れていた。
死体が手に入らない時には、犯罪奴隷を買い付けて自分たちでそれを殺して材料にすることも多かった。
教育の一環なんだろう、僕は十歳の時はじめて人を殺した。
父は言った〝目の前にいるこいつらは人ではなく材料だ〟と、あの世界は僕には合わなかったんだと思う、夢の中で何度も再会するほどに、未だに殺した人間の顔を忘れられずにいる。
洗脳魔法が解けたからなんだろうな。
今はあの家と縁が切れて清々した気分だ。
もちろん二人の兄と僕を化け物の子と呼んだ仮の母親には、なにかしらの仕返しはしたい、それも最初の頃に比べればかなり弱くなっている。
ロバくんを作ったのも、実はささやかな嫌がらせの一環だった。
本当にこれが嫌がらせに繋がるかどうかは謎だけど……。
父から馬のスケルトンを使って馬車を牽き、毎年王族の依頼を受けるために出掛けているという話を聞いたことがある。
その記憶があったから僕の口からお金を稼ぐ手段として咄嗟に、馬のスケルトンを使った荷運びなんて嘘が出たわけだ〝人以外の死体からアンデッドを作るには高い熟練度が必要になる〟ロレンツォさんの話を聞いて、当主でもある父自身が出向く理由もピンときた。
父が直々に対応したのは王家からの依頼だからというわけでもなく、弟子の中に馬のスケルトンを作れる人材がいなかったからではないんだろうか?
もし嫌な臭いのしない馬っぽいスケルトン……ロバなのだが、そんなものがいると噂になれば王族だって嫌な臭いよりもイイ匂いのスケルトンに馬車を牽いてもらいたいと思うはずだ。
そうなればエリクセン家に対して〝腐臭や死臭のしないスケルトンを用意しろ〟という無理難題を王族が吹っ掛けることも大いにあり得ると思う。
その時に困る父や兄たちの顔を想像するだけでも気分が良い。
兄たちがどんなに憎くとも、エリクセン家は死霊術師の名門だ。
僕のような弱者が正面から挑んだりすれば蹴散らされて終わるだろう、だからこそジワジワと遠回しに出来る嫌がらせが必要になる。
的外れの作戦だという自覚はある、でもこういうものは信じる方が幸せになれるんだ。
自分がここまで器の小さく根に持つタイプだとは思いもしなかった。すべて洗脳魔法のせいだったんだろうけど、僕は兄に逆らわない良い子だったからな。
今の自分には驚きもある。
試験に戻る――。僕らは無事コボルト迷宮の最奥にある『迷宮の宝珠』に辿り着いた。
二つの班が先に到着していたので、順位があるなら僕らの班は最下位である。
予備として、もう一頭ロバのスケルトンを木の箱に入れてきたのも正解だった。お陰で僕らの班だけが唯一倒したコボルトの装備を全部回収することが出来た。
こうして冒険者ギルド準職員採用試験は、誰一人大きなケガもないまま幕を閉じた。