初顔合わせ
すれ違う人の多くは、ロバの動く骸骨であるロバくんを見ては足を止め驚いていた。
そりゃ馬の骸骨が朝早くに歩いていれば驚くよね。
はじめは騒ぎになるかもしれないけど、毎朝ロバくんと一緒に散歩でもしてそれが当然で日常であるように振舞うのもいいかもしれない。
朝七時の鐘まで少し時間はあるものの、西門前の広場には既に多くの冒険者たちが集まっていた。
それにしても世界中から人が集まる迷宮島だけあって様々な種族がいる。
初めて見た小人や獣人たちに目を奪われているうちに七時の鐘が鳴り響いた。
集まったのは合計十五人、その中の見るからに熟練冒険者と思しき三人がギルド職員なのだろう。
三人のうちの一人が僕に向かって近付いて来る。
「キミがカイル君だね、今回キミの班に同行することになったギルド職員のロレンツォだ。全員集まったら説明をはじめるのであの湿った壁の近くに座って待っていてくれないか、キミの連れは良い目印になりそうだからね」
僕は言われるがままロバくんを連れて移動した。
ロバくんを目印にするように三人の冒険者が近付いて来る。
性別不明、中性的な容姿の小人族の少年?か少女に、獣人交じりの猫耳の少女。
もう一人は僕と同じ人間の少女だ。
全員揃ったことを確認するとロレンツォさんが口を開いた。
「俺を含めたこの五人で班を組みコボルト迷宮の最奥を目指す。出発の前に冒険者の心得について幾つか話しておこう、豆知識のようなものだ。まずは名前だが家名は無闇に口にしない方が良い。家名が無い種族もいるからね、それに冒険者は他人から知らず知らずのうちに恨まれることも多い、家名のような余計な情報は隠すに限る。あとはこれも聞いておくか、この中で人型の魔物を殺した経験が無い者はいるか?これから向かう迷宮にいるコボルトのような魔物との戦闘経験だ」
ロレンツォさんの質問に対して全員が手を挙げた。
「そうか……全員初めてか。冒険者は魔物だけでなく人種同士で戦うこともあり得る職業だ。そういった場合多くの人種は相手に剣を向けるのを躊躇い真っ先に殺されてしまう。コボルトのような人型の魔物との戦闘は、ほんの少しだが人種同士の戦いにも役に立つんだ。あれだぜ、別にコボルトやゴブリンの迷宮が不人気だからってキミたちを騙して狩りをさせようって魂胆じゃないんだ」
冗談交じりに話すロレンツォさんの言葉に、強張ったみんなの顔が少しだけ緩む。
「少しは緊張もほぐれたかな。うーんこの話もしておいた方がいいだろう、これは女性冒険者に向けての注意喚起だ。男が多いパーティーには入らない方が良い、男は野獣だよ、最初は御姫様のように大事に扱われていたのに迷宮に入った途端男たちが豹変して襲い掛かってきた、そんなことが結構あるんだ。女性は男性以上にパーティー選びを慎重にしなくてはならない」
この話には流石に女性陣の表情が曇る。
「まー残りは歩きながらでも説明しよう、それじゃまずは自己紹介からだな。見本をみせるから同じようにやってくれ。自己紹介が終わる度に俺がキミたちの自己紹介で感じたことを言うから、それも今後の参考にしてほしい。まずは俺からだ。ギルド職員のロレンツォだ、二年前まで中級冒険者をしていたんだが仲間の引退を機にギルド職員に鞍替えした。職技能は戦士、キミたちに比べればかなり恵まれたクラスだと思う。こんな感じだ順番はこの場所に到着した順でいいだろう」
僕はロレンツォさんに指をさされ立ち上がった。
「みなさんはじめましてカイルです。迷宮島リーゼガントには冒険者になるためにやって来ました。職技能は死霊術師系の二流職技能骨遣いです。死霊術師はゾンビの、くさい、汚い、気持ち悪いというイメージが強く、死も連想させるため、人気が無いことをこの町に来て痛感しました。少しでも死霊術師のイメージを高めようとくさくないスケルトンの研究に没頭しています。よろしくお願いします」
「みんな拍手、確かにキミのスケルトンからは不死の魔物特有の腐臭や死臭がしないね。ただ少々ミントの香りが強過ぎるのは減点かな、魔物は人間よりも嗅覚が鋭いんだ。これじゃあ襲ってくださいと周囲に宣伝しているようなものだぞ。それとこのスケルトンは馬かな?珍しいね」
「いえロバです、名前はロバくんって言います。馬は珍しいんですか?」
「ロバも珍しいと思うぞ、珍しいというより初めて見た。大抵のスケルトンは人種の死体から生まれるんだ。ゾンビなんかもそうだけど人種以外の生き物から不死の魔物を生み出すのは難しい技術なんだよ。キミの場合は二流職技能が関係しているのかもしれないね、セカンドクラスは無能と言われているが未知の部分が多いのさ。次の自己紹介は小人族のキミだね」
緑色の髪をした性別不詳の小人族が立ち上がる。
小人族は成人でも身長が百センチに届かない。体内に保有する魔力量が他種族に比べて多く、その九割が職の神ルガエル様より魔法使い系統の職技能を授かる。
本来小人族の魔法使いは引く手あまたな人気職だ。
「はじめまして小人族のポルックです。小人族の多くは魔法使いの職技能を授かるんですが、俺が授かったのは狩人のクラスで、力の無い俺は強くなりたい一心で今回の試験に参加しました。よろしくお願いします」
「強くなりたいかイイネ!みんな拍手。ハンターは索敵や追跡、身を隠すのも得意なクラスだ。小人族の小さな体は武器になると思うよ、習得に時間はかかるけど魔法は魔法使いにしか使えないなんて決まりはないからね。せっかく魔力量が多いんだ。身体強化系の魔法をどれか一つに絞って習得することからはじめれば、きっと強くなれるはずさ」
「あ、……ありがとうございます」
女の子にも見えたポルックくんは男の子だった。
ロレンツォさんは相手の気持ちを掻き立てるのが上手いんだろう、魔法が使えるかもしれないと聞いたポルックくんの表情は、少し前に比べて明るくなった。
次は猫人族と人間との混血、猫耳と尻尾の生えた赤毛の少女だ。
「次はあたしの番すね、あたしはリュリュっす。見ての通り半獣人の半端者っす。獣人と人間の間に生まれた子供は獣人が持つ鋭い感覚と優れた身体能力、その多くを失ってしまうっすよ。それにあたしもカイルさんと同じ二流職技能の槍使い、狭い通路が多い迷宮とは相性の悪いダメダメさんなんすよ。今回は藁にもすがる思いで自分の可能性を広げたくて参加したっす」
「ダメダメさんか、そんなことはないと思うぞ今回の試験でその弱気を解消したいな。勇気をもって告白したリュリュさんに拍手」
「いやー照れるっすよ」
リュリュさんは頬を赤く染めながら頭を掻いていた。
「戦士系の二流職技能は、クラス専用武器以外上手く使えない特性を持っているんだ。迷宮で使うなら短槍がいいね、といっても武器は高いから見習いであるみんなが様々な武器を持つのは厳しいと思う。そこで今回のコボルト迷宮だ。あまり質が良いとはいえないけどコボルトたちは武器を持っている。今回の試験はみんなの武器を手に入れるのも目的のひとつなんだ」
僕ら見習い冒険者の稼ぎは低い。
冒険者は、見習い→初級→中級→上級→超級と、成果を上げることで位が変化していくのだが、位が低いほど一度の依頼で手にできるお金も少ない。
見習いの多くは衣食住にお金を回すのがやっとで、どうしても装備は後回しになってしまう。僕の場合は手切れ金として父からそれなりのお金を貰っているが、その大半はスケルトン研究に費やす予定のため、武器は刃の欠けた中古の短剣を使っている。
最後は少しそばかすの目立つ、茶色の髪を頭の後ろで束ねた僕と同じ人間の女の子だ。
「みなさんはじめましてミレーです。私もカイルさんやリュリュさんと同じ二流職技能で、錬金術師系の薬師というクラスを授かりました。薬師は薬しか作れないので一流職技能の錬金術師に比べると、作れる道具の種類が少ないです。何より回復魔法師と違い治療に必ず薬が必要になるため、金食い虫とか……大飯食らいとか言われてしまうパーティー一番の嫌われ者なんです。しかも調合時に強い臭いがする薬も多いため、宿屋では調合の許可すらもらえず……人生終わってます。私の人生終わってます」
ミレーさんは辛い日々を思い出したのか涙目である。
「薬師と回復魔法師はまったく異なるクラスなんだけどな、ミレーさん、薬は薬でも毒薬の作り方を勉強してみるのもいいんじゃないのかな。治療だけじゃなく攻撃にも薬を使うんだ」
「毒薬って危ないんじゃ……」
「そりゃー毒だからね危ないよ、でも、それを言ったら薬だって飲み過ぎれば毒になるしどんな物も使い方が大事なんだ。もちろん食材目的で狩る獲物への毒の使用はやめた方がいいけどね」
その後もロレンツォさんは僕たちの質問に丁寧に答えてくれた。
「そろそろ出発の時間だ。この班は寝袋とテントどちらにする」
他の二班は先に出発したようだ。
「ごめんみんな、俺の体の大きさじゃテントを運ぶのは無理だ……」
小人族のポルックくんが申し訳なさそうに声を上げる。
寝袋以外にも食糧や水や探索道具一式が入った背負い袋も持たなくてはならない。
ポルックくんでは寝袋を運ぶのも大変だろう。
「あの……ひとついいですか、僕が全員分のテントを運ぶのはありでしょうか、僕というか運ぶのはロバくんなんですが」
僕の質問にロレンツォさんが考え込む。
「別に問題はないが、あのロバに運ばせるのかい?」
「はい、男性用と女性用のテント二つくらいならそれほど荷物にもなりませんので、ミントの香りで減点されちゃいましたから点数稼ぎですね」
「なるほどパーティーは助け合いだからね、仲間の力を借りるのは反則じゃないぞ。むしろイイことだキミの提案を許可しよう」
こうして冒険者ギルド準職員採用試験の幕が開けた。