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不人気な死霊術師

22.06.27 一部書き足しています。

 迷宮島――。迷宮島とは、この世界に四つある迷宮が生じやすい特性を持った不思議な島の名称である。一攫千金を夢見る冒険者たちが集まる、冒険者たちの楽園だ。

 そのひとつ迷宮(じま)リーゼガントにある海沿いの別荘で僕カイル・エリクセンは目を覚ました。


「お目覚めでございますか、カイル様」

「おはようございますヨーゼフさん……あれは、ヨーゼフさんの魔法だったんですね」

「はい、大人しくしていただくために眠っていただきました。アシュリー様からの言伝でございます。この家は好きに使ってくれ、贅沢さえしなければ四~五年は暮らしていける金も用意した。手切れ金だと思ってくれとのことです」

「分かりました……ヨーゼフさん、エリクセンの名を今後も名乗ってもいいのでしょうか?」

「問題ないと思います。アシュリー様は弟子たちにもエリクセンの名を使うことも許可しておりますし、それにエリクセンの名は大陸では割と多い名前なのです」


 ヨーゼフさんはいまだに僕をカイル様と呼んでくれている。ヨーゼフさんだけは、あの家でも僕に優しくしてくれたんだよな。

 自分でもどういった感情の変化があったのかは分からない。あんなにも家に残りたいと思っていたはずなのに……僕はヨーゼフさんの言葉を何の抵抗も無く受け入れた。家に残りたいという想いよりも家の役に立ちたいという想いの方が今は強い。

 僕が家を離れることで、エリクセン家が上手くいくならそれが一番だろう。

 不思議と、兄や母もちろん父にも一切の恨みはない。


 それから一月ほどして、差出人不明の手紙が届いた。

 書いてあった内容はこうだ。

『その別荘にもエリクセン家の屋敷同様洗脳の魔法がかけられている。キミが自分の立場に疑問を抱かないのはそのせいだ。だからといって家を手放してはならない、そうすればキミの父の知るところとなる』

 ・・・・・・


 手の込んだ悪戯だなとその時は思ったのだが、一度気にし始めると気になってしまい、なんとなく迷宮攻略用の『魅了』や『混乱』といった状態異常に耐性がある腕輪(ブレスレット)を買ってしまった。

 お陰であの手紙に書いてあった内容が真実だと分かったんだけど。

 あれほど役に立ちたいと渇望したエリクセン家のことが、腕輪(ブレスレット)を付けて数時間したらどうでもよくなってしまったのだ。

 兄たちに長年の暴力の借りを返せていないことは悔しいが、それでも今はあの家を離れることができたことが心の底から嬉しく思えた。やっと解放されたんだ。

 まー兄たちがどんなに憎くかろうと、動く骸骨(スケルトン)しか創れない僕では逆立ちしてもエリクセン家には敵わないだろう。

 それに、あの女が僕の本物の母でないことも思い出せた。

 なんだろう洗脳が切れたからなのかな……兄と母が物凄く憎く思えた。

 性格も少し変わった気もするし、洗脳の中には自我を抑えるようなものも含まれていたのかもしれない。

 本物の母については記憶に霞がかかっているようで思い出せないが、案外あの女の言葉通り化け物の子というのもあながち間違いでもないのかもしれない。

 エリクセン家については追々考えていけばいいだろう、いまはまだ我慢すべきだ。我慢するんだ。


 洗脳は真実だったが冒険者への憧れの気持ちは本物だったみたいだ。冒険者ギルドに立ち寄る。

 冒険者ギルドとは冒険者を管理するための組織であり、仕事の斡旋や仲間の紹介からお薦めの宿屋や食事処の情報、長期滞在を希望すれば住居すらも探してくれる便利な組織だ。

 職技能(クラス)にあった訓練メニューの作成から狩場のアドバイスまでしてくれるそうで、冒険者のサポート諸々を引き受けているのが冒険者ギルドである。

 勿論利用には冒険者登録と年会費が必要になるが、それも微々たる金額なので冒険者にとっては得しかないだろう。特に迷宮島にとっては、冒険者ギルドがもっとも力のある組織である。


 僕は目覚めてすぐ冒険者ギルドへと出向き、冒険者登録と一緒に迷宮に潜ってくれる仲間を紹介してもらえるよう仲間募集に自分の名前を書いた。あれから一月か……。

 物語なんかだと、酒場で偶然意気投合した男が優秀な戦士で、道で偶然ぶつかった少女が回復魔法に堪能な神官だった。なんて展開もよくあるが、偶然出会った人間などそもそも信じられるはずがない。

 迷宮の中で仲間に背中を刺されて死んだとしても、生き残った奴が魔物に殺されたと言ってしまえばいくらでも言い逃れが出来てしまう。それが冒険者という仕事だ。仲間選びも慎重になる。

 仲間探しのような面倒事は冒険者ギルドにお願いするのが一番である。


 そこで僕は厳しい現実を思い知らされた。

 

「こんにちはカイルさん、残念ながらあなたとパーティーを組んでもいい、パーティーに入れてもいいという冒険者は見つかりませんでした。死霊術師にはどうしても動く死体(ゾンビ)のくさい、汚い、気持ち悪いというイメージが付き纏っていまして、仲間に誘いたいという方が現われないのです」

「そうですよね、気持ち悪いですよね……でも動く骸骨(スケルトン)なら、臭いもあまりしませんよ」

「確かに臭いは多少抑えられます。でも……不死の魔物はボヤーっと黒い靄が出ているじゃないですか、あれが死をイメージさせるといって嫌う冒険者が多いんです。死と隣り合わせの職業ですから、ゲン担ぎを大事にしている方も多くて、スケルトンはゾンビよりも弱いですし、後はカイルさんの職技能(クラス)も……――」


 その後もみっちり窓口のお姉さんから、僕が冒険者パーティーに入れない理由をたっくさん、心が数十回は折れるくらいの説明を受けた。説明というより後半はほぼダメだしだったしね。

 あまりの辛さに耐え兼ねて僕から話をそらしてしまったほどだ。

 状態異常に耐性がある腕輪(ブレスレット)を手に入れても、洗脳なんて怖い魔法が四六時中発動している家で生活する気にはなれず、新しい家を紹介してもらうことにした。

 それくらいの金ならある!(手切れ金)

 紹介してもらったのは工房(アトリエ)区画と呼ばれる、職人たちが多く暮らす場所に建つ小さな一軒家だ。

 気持ちばかりの庭もある。

 以前の持ち主だった方が木工職人兼冒険者で、迷宮探索中に死亡したこともあり格安で借りることが出来るという。

 所謂事故物件というやつだ。冒険者の多くは兎に角ゲン担ぎを大切にしている。


 どうして工房(アトリエ)区画の物件を選んだのか、それは仲間を見つけるためにも嫌な臭いのしない清潔な不死の魔物(アンデッド)の開発に挑戦するためだ。

 ネズミの死体で死霊術は実験済みである。予想通り『動く骸骨の創造(クリエイトスケルトン)』は成功したが、『動く死体の創造(クリエイトゾンビ)』は使えなかった。クラスが骨遣いだし予想通りだ。


 翌朝――お隣の家具工房の主人より手押し車を借りて、父から手切れ金のひとつとして譲り受けた『洗脳』魔法付きの別荘から、新しい家で使えそうな家具を運び出す。

 家具に変な魔法がかかっていないことは、魔力の有無を判定する魔力計を使い確認済みである。

 魔力を数値化することが出来る魔力計は高価で手が出なかったが、魔力の有無だけを判定する魔力計であれば比較的安価で手に入る。

 本来の用途は、迷宮で拾った武器や防具が魔法の道具(モノ)かどうかをその場で調べるためのものなのだが、今回は大いに役立った。


 家具を運んだ後は、肉屋に立ち寄り廃棄される骨がないか、あるなら貰うことができないか交渉をする。

 肉を多めに購入することで、骨は無料(おまけ)で付いてきた。

 大漁、大漁。手押し車の上の木の桶に山盛りになった動物の骨を見て僕はご満悦である。


 家に帰り金物屋で買った大鍋に水を注ぐ。

 肉屋で貰った骨と、町の近くに自生していた香草を入れて煮込んでいく。

 冒険者の町だからだろう、聖水としての効果は薄めだが町の中央には浄化の神リザエル様の神像が祀られた湧き水があり、誰でも汲み放題となっている。

 煮込んだ骨の水気がなくなるように生活魔法で乾燥させ、骨を聖水と匂い付けのミントが入った木の樽へと放り込む。

 

 後はつけ置き時間を色々変えて、魔法で動く骸骨(スケルトン)にして臭いや負のオーラ的な黒い靄が出ていないか確認するだけだ。

 失敗した時は聖水に浸しておけば骨に戻るので、煮詰め過ぎで骨が脆くなるまで何度でも試すことが出来る。

 僕の手に吊るされた、山ネズミのスケルトンが〝聖水に浸けないでぇー〟とバタバタ暴れるが〝ぽいっ〟である。


 こうして万人に愛される、清潔無臭なスケルトンの研究がはじまった。

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