楽して強くなる
冒険者同士が二つの派閥に分かれ睨み合う。
うん……やっぱり戻ろう。テントの中に戻ろうとしたが、テントの入口からポルック、リュリュ、ミレーがトーテムポールのごとく顔を出し入口を塞いだ。
三人から注がれる期待の眼差し、逃げることを諦めてもう一度大きく息を吐き覚悟を決める。
冒険者たちのもとに進んだ。
「あの……少しいいでしょうか?」
そう言いながら手を挙げ両者の間へ〝なんだこのガキは〟〝ひっこんでろ〟と今度は僕に向かい怒鳴り声が飛ぶ。
『大鷲』と『風鷲』のスケルトン十体も出せば、『風弾』で目の前のウルサイ冒険者たちを殺れるんじゃないかと一瞬殺意が頭を過ぎる。
「今回の新迷宮の調査に選ばれた皆さんは、迷宮島リーゼガントの中でも評価の高い優秀な冒険者だと僕は聞いています。万が一みなさんが命を落とせば、この島にとって大きな損失になると思いませんか」
僕はあえて視線をパフムに向けた……よしっ目が合った。
「当たり前だ!俺様たちは迷宮島リーゼガントの未来を担う冒険者だからな、こんなところで命を落とすようなことになれば、迷宮島リーゼガントどころか世界にとっての大損害間違いなしだぜ」
世界は言い過ぎだと思うけど……冒険者たちも〝優秀だってよ〟〝そりゃー俺らは選ばれた冒険者だからよ、死んだらまずいよな〟と満更でもない様子。
「地底湖にどんな魔物がいるのか、ここからでは何も分かりません。ボートに乗っているところを襲われて水中に引き摺り込まれてしまえば、どんなに強いみなさんでも苦戦は必至です……聞き忘れていたことがありました、この中に遠見筒お持ちの方はいらっしゃいますか」
遠見筒――複数のレンズや鏡を筒の中で重ねることで、遠くの物を大きく見ることが出来る道具の総称だ。特に魔道具を組み合わせたものは肉眼と変わらない見え方をする。
僕の質問にギルド職員がパラパラと手を挙げる。冒険者も数人手を挙げた。
「ありがとうございます。提案なんですが僕の動く骸骨をボートに乗せて、囮として地底湖を進んでもらうというのはどうでしょう?明かりを持たせればスケルトンが魔物に襲われるところを遠見筒で見ることも出来ますし、試す価値はあると思います」
この提案に冒険者よりも先に、ギルド職員が喰いついた。
冒険者の数が減って一番困るのは、迷宮攻略のために冒険者に仕事を割り振る冒険者ギルドだ。
冒険者が死なない方法があるのなら喜んで乗るだろう。
言い争いをしていた冒険者たちも、ギルド職員が望むのなら一度くらい試してもいいかと前向きな反応を見せる。
ここにいる冒険者の多くは、地下一、二階に出現する魔物見て、地下三階も大した魔物が出現しないだろうと安易に考えていた。だからといって未知の階層に不安がないわけではない。
冒険者ギルドが冒険者を無駄に死なせたくないのと同じように、僕としても『白骨』の無駄遣いはしたくない。
悩んだ末、迷宮で冒険者が倒した魔物からスケルトンを作ることにした。
冒険者が倒したゴブリンを解体し、肉と骨とで分けていく。
殺したてのゴブリンだ。血の匂いはするが腐臭はなく、あるのはゴブリン特有の臭みのある肉の香りだけ。
『動く骸骨の創造』で二体のゴブリンスケルトンが立ち上がった。
骨が集まり、一体の魔物の形へ組み上がる行程を見るのは初めてなんだろう、冒険者やギルド職員はその光景を息を殺して見つめていた。
ボートを一艘地底湖へ降ろし、櫂を漕ぐスケルトンとランタンを持つスケルトンが順番に乗り込んでいく。
僕の合図と共にスケルトンは湖の奥へと漕ぎ出した。
遠見筒を持つギルド職員や冒険者はそれを手に、じっとスケルトンの動向に注視する。
湖の半ばほどに到達しても何の変化もなく〝一、二階と同じで、やはりここにも危険な魔物はいないんじゃないか〟〝この地形は厄介だが、魔物の質を見る限り初級や見習い中心でも十分攻略出来そうだな〟そんな安堵の声が聞こえはじめた。
誰もが安心していた。
変化が訪れる。湖の水面が大きく波打ち巨大な魚が飛び跳ねた。
魚は口を大きく開けると、スケルトンをボートごと丸呑みにする。
距離が離れているため正確な大きさは測れないが、魔物の体は優に十メートルを超えていたように見えた。
迷宮の主ならまだ分かるが、湖の中にもしあんなのがうじゅうじゃいるならこの迷宮の難易度は大きく跳ね上がる。
誰もが息を呑んだ。パーティー毎に話し合いでもするのか、無言のまま冒険者たちは自分たちのテントへと消えていった。
地底湖のある新迷宮――。
この迷宮は不思議な形をしている。
地下一、二階は、もっとも多く発見されている薄暗い洞窟が枝分かれして迷路上に伸びているダンジョン型迷宮なのだが、地下三階に到達するとその性質は大きく変わる。
一見、屋外型かと見間違えてしまうほど広い部屋に、巨大な地底湖がひとつ。地底湖の波打ち際には無数の大きな岩が転がり、歩くことができる湖畔は数キロにも及ぶ。
僕らは四体のコボルトスケルトン『白骨』に荷物を持たせて、湖畔を歩いた。
「あの場をおさめちゃうなんて、流石はカイルっすね」
「リュリュはホント調子がいいな。まーいいんだけど……三人の期待には応えたよ、今度は僕のやりたいことに手を貸してもらうからね」
ポルック、リュリュ、ミレーの三人は、僕が何でも出来ると勘違いしているふしがある。
問題はこの誤解をどうやって解いていくかだ。
「でカイル、俺たちは何を手伝えばいいんだ」
「これさ」
僕は三本の木の棒を繋げて一本の長い棒を組み立ててみせる。釣り竿だ。
「もしかして、あのでかい魔物を釣りあげる気なのか!」
ポルックが興奮気味に聞いてくる。
「まさか、あれは僕らじゃ倒せないよ。単なる魚釣りさ、餌は沢山あるしね」
僕は木の桶に入った血塗れのゴブリン肉のぶつ切りを、手に持った大きな木のスプーンですくい上げた。
水の中で臭いが出るように、血を多めに絡めたのが気持ち悪かったのかポルック、リュリュ、ミレーの三人は分かりやすいくらい顔を顰める。
顔を顰める三人に、無言で棍棒を渡す。
「魚が連れたら僕と一緒に棍棒で叩き殺すんだ」
「いやいやいや、魚なんて地上に上がれば自由に動けないんだしカイル一人でも倒せるだろう」
「ポルックのいう通りですよ。私たちが一緒に叩く意味ないじゃないですか」
「ミレー知らないのか、冒険者は魔物を倒せば倒すほど強くなると言われているんだぞ。迷宮にいる生き物は全部魔物なんだ。相手が魚の魔物なら地上にさえ上げてしまえば、そこいらにいる獣より弱い、僕らは釣れた魚を叩くだけで強くなれるってわけさ」
「「「おーーーー」」」
三人は同時に叫んだ。
別の迷宮島だが、釣った魚を叩いているだけで強くなれる釣り迷宮なるものがあり、そこは人気があり過ぎて、予約してから迷宮に挑戦するまで半年待ちが当たり前なんだという。
そうはいっても、そんな方法で強くなれるのはせいぜい中級までだ。
だけど僕らにはそれが必要だった。便利な運搬能力を買われ初級冒険者の実力しかないのに、無理矢理中級に押し上げられようとしている。
見合わない称号はいずれ身を滅ぼす。ここで少しでも力をつけないと。
他の冒険者から見えないよう岩陰に座り釣り糸を垂らす。
発見されたばかりの迷宮で地底湖で釣りを試みる冒険者はいなかったのだろう、入れ食いである。
三つ目の歯が鋭い大きな魚が次々と釣れる。
僕らは陸に上がった魚を棍棒でひたすら叩き続けた。




