第二ベースキャンプ
新迷宮出発日、前日――。
ポルックにリュリュにミレーは当然のようにカイルの家に泊まりにきた。
三人はこうして週に一、二度カイルの家に遊びに来る。
もちろん遊びだけではなく、ポルックは魔法の特訓、ミレーは薬の調合、リュリュは……ミレーの付き添いとみんな一応目的は持っている。
カイルにとっても動く骸骨作りの手伝いもしてくれるので、助かっていることも多い。
今回は、前回と違い食糧や雑貨等必要なものは自分たちで準備する必要があった。
現地でも朝食と夕食は出る予定だが、新しく出来た迷宮のため人手が追いついておらず、出来ることは自分たちで準備してほしいとエルメラさんから言われていた。
大まかに持参する物の数量を決めて、僕とポルック、リュリュとミレーの二人ずつに別れて買出しに出掛ける。
『皇帝鷲』の剥製を手土産に貴族に取り入ろう動いていたジョナス・シュミットは、副ギルドマスターからただの職員へと降格した。
ギルド内での求心力も落ちているということで心配する必要はないだろうが、皇帝鷲の骨が貴族が欲しがる物であることには変わりはない、僕は今回の依頼を受ける代わりに、冒険者ギルドに皇帝鷲の骨を預かってもらう約束を取り付けた。
もちろん冒険者ギルドの倉庫から、皇帝鷲の骨が盗まれる可能性も考慮して、万が一盗難にあった場合には、更に上位の魔物の全身の骨を貰えるように交渉も忘れない。
新迷宮出発、当日――。
西門前にある広場には僕らの馬車を合わせて四台の幌馬車が止まっている。
迷宮の調査に新たに合流する増員の冒険者と冒険者ギルド職員が、忙しく出発の準備に追われていた。
迷宮調査の専門家だろうか?学者らしい服装の一団もいる。
迷宮までは馬車を使い二日程度、僕らの馬車も彼らに合わせて新迷宮へと向かう。
馬車を牽くのはロバくんたちではなく、新しく作った馬のスケルトンたちだ。
スケルトンが牽く馬車は目を惹くのだろう、荷の積み込み中もチラチラこちらを眺めてくる視線が多数。
その中から、ひときわ背の高い男が僕らの馬車へと歩いてくる。
体が大きくはじめは熊人族と人間の混血かと思ったのだが、見た限りでは純粋な人間である。
男は御者台に座る僕の前で立ち止まった。
近くで見ると更に大きい……二メートル近くあるだろうか、血筋に熊人族の血が混じっていると言われても驚かないくらいに立派な体格だ。
「お前が骨遣いのカイルか」
「そうですが……あなたは?」
「俺様はパフム、お前と同じ新人十選に選ばれた冒険者だ。俺様はお前とは違い中級冒険者だけどなガハハハハー」
自慢だろうか……声がデカくてウルサくて暑苦しい。喋らなかったからだろう、パフムは僕が怯えていると勘違いしたようだ。
「どうした?お前小さくて細っこいもんな。もしかして俺様を見てビビったのか」
「いえ……ただあなたがあまりにも大きいので少し驚いただけです」
「驚いたか……そうか、そうだよな驚くよな。俺様は最強の冒険者になる男だからな。いまはお互い新人十選なんて言われているが、今回の迷宮攻略で格の違いを見せつけてやるぜ」
パフムと名乗った大男は、挑発交じりにそう言うと作業に戻っていった。大きいと言われるのが嬉しいんだろうか〝――驚いただけです〟と僕が言った直後、パフムの口元が少し吊り上がったように見えた。
荷物を積み込み終えるとすぐに出発した。僕らの馬車が一番後ろだ。
途中何度か魔物も出てきたがパフムが先頭に立ち倒していた。真っ先に倒しては僕を見て〝これが格の違いだぜ!〟と毎回ドヤ顔で吠える……別に害がないからいいんだけど本当に暑苦しい。
パフムの頑張りもあり僕らは一度も武器を抜くことなく、新迷宮の入口に設営されたベースキャンプへと到着した。
早速、馬車から荷を下ろし、他の冒険者やギルド職員と一緒に運んできた物資の振り分けをする。
冒険者の中には、この手の地味な作業を嫌う者も多いが、僕はこういう黙々と動き続ける仕事が好きだ。
俺様口調だったパフムも愚痴をこぼさず、誰よりも大きな荷物を運んでいた〝どうだ!俺様の方が大きな荷物を運んでやったぞ〟と毎回自慢してくるのは暑苦しいのだが、文句ひとつ言わずにまじめに働くし、根は良い奴なんだと思う。
ただ人一倍負けず嫌いな生格が、冒険者新聞の新人十選に載った僕に対して、ライバル意識を持ち空回りして暑苦しくなる。
翌朝、他の冒険者たちが魔物の掃除を終えるのを待ってから、ボート輸送用の大きな荷馬車を繋ぎ迷宮へと進んだ。
一度にボート二台を運ぶため、いつもの二頭立てでは足りず、馬とロバくんの混合四頭立てにした。
馬車というのは、馬の数が多くなるほど足並みが揃わなくなり、糞の問題も起こるのだが、スケルトンの馬やロバであれば、その辺りの心配もない。
歩幅が違い過ぎると難しいかもしれないが、個々に命令を与えることでロバと馬の混合牽きなんてことも可能になる。
それこそ十頭立てにすれば、一度に数十人の人間を運ぶことも可能だろう。
僕らの他にも、冒険者パーティー二つと冒険者経験のあるギルド職員四名が、護衛として同行してくれた。
お陰で僕らは一切戦うこともなく、地下三階にある地底湖へ着くことができた。
目の前に広がる大きさな地底湖に思わず歓声が上がる、すぐさま地底湖前で待機していたギルド職員から〝叫びたくなる気持ちも分かるが、後でじっくり見る時間はやるからまずはボートを運んでくれ〟と怒られてしまった。
その後も、何度も繰り返しボートを運び。そのまま、地底湖前に第二ベースキャンプの設営をはじめる。
設営が終わりボート運送用の荷馬車を返しに地上へ、もう一度地下三階へと戻ったのだが、出来たばかりの第二ベースキャンプで、冒険者同士が言い争いをしていた。
密閉された地下空間のせいもあり音が響きかなりウルサイ。
面倒事に関わりたくないと自分たちのテントに引っ込むが、防水布一枚で音がどうこうなるわけもなく。外の音は丸聞こえである。
ボートが到着したことですぐにでも地底湖の調査を始めるべきだと叫ぶ冒険者と、数日中に合流する予定となっている海人族の到着を待ってから調査すべきだという冒険者が対立しているのだ。
海人族――人種のひとつで、肌の色は青か緑、手足の指の間には水かきが付いており、他の人種に比べて首が長く首の横にはサメに似た細長い鰓穴がある、水中で生活が出来る数少ない人種だ。
両者は一歩も譲らず、対立はエスカレートしていく。
前者は、僕らが到着する前からこの新迷宮の調査を担当していた冒険者が多いようで、地下一階と二階には、ゴブリンの変異種とオオトカゲと大カエルしかおらず、中級を中心とした冒険者には物足りないと感じていたようだ。
テントの中にはポルック、リュリュ、ミレーの三人もいるのだが、三人は止めなくていいのかと目で僕に訴えかけてくる。
この三人は僕を保護者か何かと勘違いしていないだろうか、一番年下なのに……年下だよね?
あえて視線を無視したが、対立がエスカレートする度に三人の視線は強くなり、僕の心に容赦なく突き刺さる。
僕はため息をつくように、大きく息を吐くとテントの外に出た。