偽物の家族
22.06.27修正済みです。
※少し重めの内容です。苦手な方はご注意ください。
僕――カイル・エリクセンは、ズームダウン王国にある死霊術師の名門エリクセン家の三男として生まれた。
死霊術師とは、死体を材料に不死の魔物を造り使役する魔法使いのことである。
「なーカイル、魔力量が多いだけで何の努力もしないやつが天才って言われるのは、どんな気分なんだ」
そう言いながら僕の肩を掴み爪を立てるのは、僕の二人の兄の一人で長男ダニーロ・エリクセンである。肩の痛みで思わず顔を顰める。
魔法使いの価値は、その身に宿る魔力量で決まる。
同じ魔法でも魔力量によってその威力は大きく左右される、それが理由で魔法使いの家系では魔力量が重要視されていた。
僕の魔力量は生まれつき桁外れだったそうだ。
それが原因で物心がつく頃には、二人の兄を差しおいて僕がエリクセン家の次期当主になるだろうと噂されるようになり、そのことが引き金となり兄たちは事あるごとに僕を目の敵にするようになった。暴力を振るわれることも日常茶飯事だ。
「何だよその反抗的な目は、お前本当にムカつくな、お前のせいで母様は俺たちと一緒に暮らせなくなったんだぞ」
次男のショルダン・エリクセンが、僕のお腹を思いっ切り蹴り飛ばす。
僕は数日前まで兄たちに叩かれることは当たり前のことで、弟は兄たちに殴られるために生まれてきたのだと勘違いしていた。
殴られることが、虐められることが愛情表現のひとつだと信じていたんだ。
それがオカシイことだと気付かせてくれたのが、この家に新しくやって来た使用人見習いの男だ。彼は僕に様々なことを教えてくれた。
彼は言った、例え親や兄弟であっても意味もなく人を殴ることは許されない行為なのだと、その瞬間僕の中にあった何かが弾けた。
そんな僕を見て使用人見習いは〝私は、声に魔力を籠めることが出来るんです。少しはカイル様のお役に立てたようですね〟と言い微笑んだ。
その日から僕は、兄や兄の行動を止めようとしない使用人たちを避けるようになっていった。
ただ、僕にそれを気付かせてくれた使用人見習いの男は、その日を境に僕の前から姿を消した。
ひとりでいることが多くなった。父の書斎から一冊の本を借りる。
僕の一番のお気に入りは絵が多めに入った冒険物語だ。
そこには、なににも縛られることのない自由な冒険者の主人公が描かれており、その本を読んだことで僕は冒険者という職業に強い憧れを抱くようになる。
心のどこかで僕はエリクセン家を出たかったのかもしれない、でもそれを考えると僕の頭は真っ白になってしまう。
父は、そんな僕の冒険者への憧れを聞くたびに〝冒険者だと……お前は死霊術師の名門エリクセン家の当主になる男だ。それだけを考えていればいい!〟と一喝した。
それを横で聞いていた兄たちから僕に向けられる視線は、真っ黒な憎悪に満ちていた。
どうして兄弟なのにこんなにも憎まれてしまうんだろう……考えるたびに心が痛くなる。
僕は殴られても蹴られても、兄たちを心の底から嫌いにはなれなかったのだ。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、年を追うごとに兄たちからの嫌がらせはエスカレートしていく……。
十二歳の誕生日――運命の日。
十二歳の誕生日は、職の神ルガエル様が自分に合った職技能を授けてくれる、人生でもっとも大切な日だ。
父と二人の兄も十二歳の誕生日にルガエル様から『死霊術師』の職技能を授かっている。
僕も当然のように『死霊術師』の職技能を授かるものだと思っていた。
父と兄と一緒に馬車に乗り、職の神ルガエル様を祀る神殿へと向かう。
馬車から降りようとする僕の背中を、長男のダニーロが〝おっと手が滑った〟そう言いながら大きく突き飛ばす。僕の体は馬車の外へと投げ出された。
「おいおいちょっと触れただけなのに大袈裟だな、本ばかり読んでいるからそんなひ弱に育つんだ。もっと体を鍛えた方がいいんじゃないのか」
「そう言ってやるなよダニーロ兄さん、カイルは毎日剣術の稽古も頑張っているんだぜ。ごめんごめん成果がまったく出ないから、この話はヒミツだったな」
地面に這いつくばる僕を見て二人の兄は笑っていた。
父も兄が僕が突き飛ばしたところを見ていたはずなのに、兄を叱ろうとはしない。
ただ一言。
「カイルさっさと起き上がりなさい。通行人の迷惑になる」
と、転んでいる僕には目もくれずに兄たちと一緒に先に神殿へと入っていった。
僕も遅れて神殿へと入る。
父はルガエル様に仕える身なりの良い神官との話に夢中だった。兄二人は神殿の中を物珍しそうに走り回る。
父も兄も僕が授かる職技能に興味が無いんだろう……どうせ死霊術師だ。そう思っているのかもしれない。
暫くして神官が僕の前に来た。〝カイル・エリクセンくんですね、こちらへどうぞ〟中央に立つ職の神ルガエル様の神像の前に案内される。
前日に父から教わった通りに腰を落とししゃがむと片膝を床につき、頭を下げ目を閉じながら神託が降りるのを待った。
神託が降りる。神の声が神殿にこだまする〝あなたの職技能は『骨遣い』です〟僕は固まった。
骨遣い……初めて聞く職技能だった。
職の神ルガエル様のお声は聖堂の中にいるすべての人の耳に届く。〝ザワザワ……〟聖堂の中がざわつきはじめる。
僕はゆっくりと顔を上げ父を見た。父はただ……驚きの表情のまま目を見開いていた。
続いて兄たちの方を見る。ダニーロと目が合った。
「ハハハハ……なんだよ骨遣いって、スケルトンしか使役できねーダメ死霊術師じゃねーか、魔法が限定されるとか二流職技能かよ、何が天才少年だ笑わせるぜ」
ダニーロの横にいるショルダンも腹を抱えて笑っていた。
「ダニーロ兄さん、そんなに笑ってやるなよかわいそうじゃないか……クククク、一番情けなくて泣きたいのはカイル本人なんだぜ。今までずっと天才だなんだと持ち上げられてきたのに、骨遣いって哀れすぎるよ」
僕の顔は羞恥のあまり真っ赤になった。顔を上げることが出来ない。
僕と父以外の聖堂にいるすべての人が僕を馬鹿にしているように思えた。神職者たちすら笑うのをこらえている。こらえきれずに口に手を当て笑う人々。
二流職技能――この世界で極稀に発現する不完全な職技能だ。
例えば、土魔法しか使えない魔法使いや今回の僕のようにスケルトンしか使役出来ない死霊術師、槍しか持てない戦士など。
そういった制限された力しか持たない職技能持ちのことを、この世界では無能と呼んだ。
特に血統を重んじる魔法使いの家系にとって二流職技能の人間を出すことは不名誉とされている。〝あれだけ金をかけたのにすべて無駄だったのか、私は育て方を誤ったのか……〟ざわつく神殿の中、やけに父の呟きだけがはっきりと聞こえた。
その日から僕は外出どころか、自分の部屋から出ることさえも禁じられてしまう。
食事も一人部屋で食べるようになった。
✿
十二年前、僕が生まれてすぐに母さんは病に伏せたという。
その後、母さんは僕らと離れて敷地内にある別邸で暮らすようになる。兄たちは年に何度か母さんに会っているそうだが、僕はまだ一度も直接会うことを許されていない。
父の話では僕に宿る魔力が強すぎるために、母さんの体によくない影響を及ぼしてしまうそうだ。
僕は母さんの姿を遠くから眺めるだけで、この十二年間会いたいのを必死に我慢し続けたてきた。
そんなある日、母さんがまたこの屋敷で暮らせるようにると使用人が話しているのを偶然耳にする。
当日、庭を横切り玄関へと向かう母さんの後ろ姿を見た僕は、居ても立ってもいられなくなった。
部屋から出てはならないという父の言い付けを破り部屋の外へ飛び出すと、無我夢中で駆けだしていた。
玄関の前では、お互いのぬくもりを確かめ合うように抱き合う父と母の姿があった。ダニーロとショルダン、二人の兄も楽しそうに笑っている。
家族の笑顔。僕もその輪の中に入りたい……両親にギュッと抱きしめてもらい、その一心で走った。
「おめでとう母さん、元気になったんだね」
僕を見た母の口元は歪み、汚物でも見るような目を僕へと向ける。
十二年間一度も会わなかったんだ僕が誰なのか分からないのもしれない。
「母さん、僕ですカイルです。あなたの息子のカイル・エリクセンです」
「息子……私の息子はダニーロとショルダンだけよ化け物の子の分際で汚らわしい。その口で私を母と呼ぶな」
鬼の形相で怒鳴る母。
「かあ……さん?」
僕の視線を遮るように父が体を入れる。
父も今までに見たことない顔で僕を睨んでいた。
「カイル……私は部屋から出るなと言ったはずだ」
「でも母さんが……」
「お前は、骨遣いなどという不名誉な職技能でエリクセン家の名を穢すだけでなく、私の言いつけひとつ守れんのか、この役立たずめ!ヨーゼフ、ヨーゼフを呼べ」
ヨーゼフは、エリクセン家の使用人たちをまとめる筆頭執事である。
「アシュリー様どうされましたか」
アシュリー・エリクセンそれが父の名前だ。
ズームダウン王国最強の死霊術師にして、死霊術師の名門エリクセン家の現当主である。
「ヨーゼフ、カイルを……この愚か者を屋敷からつまみだせ」
「父さん……どうして」
「言ったはずだ。お前はエリクセン家の名を穢しただけでなく、主人である私の言いつけを守らなかった。良かったじゃないか……お前だって家を出たかったんだろう。あれほど冒険者になりたいと騒いでいたもんな、せめてもの情けだ!贅沢をしなければ数年は暮らしていけるだけの金はくれてやる。カイル・エリクセンの名を使うことも許そう、だが今後一切エリクソン家との繋がりを口にすることは許さん」
「父さん、僕は……僕は家を出たくありません」
「黙れ!ヨーゼフコイツを連れていけ、カイルお前には金以外にもこれをくれてやる。迷宮島リーゼガントにある別荘の鍵だ。だから二度と私たち家族の前にその顔を見せるな、分かったな」
すべての思い出がガラスのように落ちて割れたような気がした。過去の景色が映像となって頭に浮かぶ、僕は一度も父に頭を撫でてもらったことも抱きしめてもらったこともなかった。不意にあの日僕の心を少しだけ解放してくれた使用人見習いの男の顔を思い出す。
……彼が最後に何か言ったような〝君の家族はまやかしかもしれないよ〟
「と……うさ……ん」
「お許しくださいカイル様」
瞼が重くなり、急に体に力が入らなくなる……あれ?急に眠気が……物凄く眠いや。
僕の意識はそこで途切れてしまった。