迎撃と大きな獣
22.06.27修正しています。
すべての魔物が人に敵意を抱くわけではない。
スライムはペットとしても人気だしゴミの処理にも役立っている。山ネズミと呼ばれる体長四十センチほどのネズミは、性格が大人しく繁殖もしやすいため食肉目的で養殖されている。
ネズミといっても家ネズミのような長い尻尾はなく、病気を撒き散らすような困った存在でもない。比較的安価に手に入る肉として大蛙同様庶民にも人気のある食材である。
僕が一番多く持っているのも山ネズミの骨だ。
骨を煮込む際に使う香草の組み合わせの多くは、山ネズミの骨を使い試している。同じ種類の骨から作った動く骸骨にはそれぞれ番号を振っているのだが、番号ごとに香草の組み合わせや聖水に浸す時間などを変えている。
嫌な臭いのしないスケルトンの研究ははじまったばかりだ。そう簡単に満足いく組み合わせが見つかるはずもない。樹液を使った骨の強化にも新しく手を伸ばしたし、スケルトン研究の未来は明るい。
野営は物資の盗難を警戒してテントを使わず馬車の荷台で交代で眠ることにした。万が一全員寝てしまっても対応できるようにと睡眠いらずの山ネズミのスケルトンたちを見張りに置く。
不死の魔物には生物時代の聴覚や嗅覚は残っていない、それでも彼らには生者を感じる特別な力がある。虫よりも大きな生き物が近付いた時には起こしてほしいと休む前に指示を出した。
旅はいたって良好だ。二日目の夜には『風の丘の迷宮』も、もう目と鼻の先の距離まで来た。
この二日間で出会った魔物は敵意のないスライムと、武器を持たない四匹のゴブリンのみ、自分たちだけでも十分対処出来る魔物である。
三日目恐れていたことが起こる。
現在僕らの馬車は狼の群れに追われている。出来ればこのまま逃げ切りたいのだが、狼たちの全速力に比べればスケルトンであるロバくんたちのスピードは遅く、勝っているのは疲れ知らずの持久力だけ、どう考えてもこのまま逃がしてはくれそうもない。明らかに狼たちは僕らで遊んでいた。
見通しのいい平原で馬車を止め武器を抜く。ロバくんが一体でも倒されてしまえば荷馬車の移動速度は極端に落ちる。単純に狼を倒すだけでなく、ロバくんを守りながら僕らは戦わなくてはならない。
赤毛の狼が全部で八匹……対してこっちは四人。魔法職である僕とミレーは狼一匹を相手にするのもキツイだろう。
急いでスケルトンが入った木箱の蓋を開けた。山ネズミのスケルトンを五体、そのうち三体をロバくんたちの護衛に、二体は僕と一緒に狼退治のお手伝いだ。更に二箱を開ける、二体の灰色猪のスケルトンが現われた。一体はロバくんの護衛にもう一体はミレーのお手伝いだ。
続いて『動く骸骨の創造』を使い、肉を取り除いておいたゴブリンの死体から四体のスケルトンを作る。コボルト迷宮で拾った棍棒と小盾を持たせて狼に向かわせた。
魔力量だけなら僕は人間離れしている自負がある。素材さえあれば百体だろうが二百体だろうがスケルトンを作り続けることだって出来るはずだ。
僕も小盾で攻撃を逸らしながら棍棒を狼の頭や足を狙って振り下ろす。コボルト迷宮の一番の収穫が小盾だろう、これのお陰で僕たちの戦いの幅は広がった。
スケルトンはスライムやゴーレム同様核を持つ魔物だ。スケルトンの核は頭蓋骨にあることが多く、頭蓋骨を潰されると動きが止まる。僕の近くにいた山ネズミ二体とゴブリン一体が頭蓋骨を割られ力尽きた。
狼も二匹が死に残り六匹――戦局は僕らが有利だ。
すべての狼を倒す頃にはかなりの時間が経っていた、疲れ切っていた僕たちはヘトヘトになりその場に腰を下ろす。
そんな僕らを嘲笑うように、それが姿を見せた。
いままで戦っていた狼よりも一回り以上体の大きな体の大狼が出現したのだ。
「なんだよ……あれ」
ポルックが短剣と小盾を構え立ち上がる。リュリュも槍を杖代わりに立った。
「ミレーちゃん今こそあれの出番っすよ」
「うん、私とって来る」
リュリュの声に反応してミレーが荷馬車へと向かい一直線に走り出す。
「カイル、ポルック、ミレーちゃんがとっておきを準備するまであたしたちで時間を稼ぐっすよ」
時間稼ぎのために突撃させたゴブリンのスケルトンと灰色猪のスケルトンは、頭蓋骨を踏み砕かれ骨へと戻る。なんとか時間を稼ごうと大狼の前に立ってはみたが、前足一振りを盾で防いだはずなのに、僕の体は軽々と吹き飛ばされてしまった。
『動く死体の創造』が使えれば死んだ狼の死体を材料に動く死体が作れるのだが、全体の二割以上肉が残っている死体では『動く骸骨の創造』は失敗してしまう。
「リュリュちゃん見つけたよ」
「やったっす。カイル、ポルック、あのデカイ狼の相手を任せるっすよ」
リュリュはミレーのもとに走る。
「ポルック絶対生き残るぞ」「当然だ」
全身が痛い、ひたすら大狼の突進を避ける。バランスを崩し両手両足を地面について飛び跳ねた時には少しだけ蛙の気分を味わった。
準備が整ったのだろう、リュリュが二本の槍をそれぞれの手に持ち大狼の体に突進する〝うりゃあああああ〟大狼の尻に二本の槍が突き刺さった。
それでも大狼は倒れず僕に向けてもう一度攻撃しようとする。しかし、その場で急に大狼は蹲り暫く痙攣を繰り返したかと思うとあっけなく死んでしまった。
「流石はミレーちゃんっす」「リュリュちゃんこそカッコよかったよ」
リュリュとミレーはハイタッチを交わした。
「何が起きたの?」
僕とポルックは何が起きたのかさっぱりだ。
「死針樹と呼ばれる木の樹液から作った毒を使ったんです。数時間は効果が消えないので大狼の死体には近付かないでくださいね」
街道から近い場所にある草原だけに、毒を帯びた魔物の死体を放置することも出来ないだろう。結局この日は、この場所でそのまま野営をすることを決めた。
手持ちのスケルトンもロバ二体を除けば、木箱に入っている山ネズミ三体だけだ。
次の魔物との遭遇を見越して、大狼以外の狼の死体を解体して骨にする。
「捕まえて来たぞ」
草原の中に穴を掘り狼の肉を入れると、ポルックが捕まえてきたグリーンスライムをその穴に放り込んだ。
どこが痛いのか分からないくらい全身が痛い。今回の任務を受ける際、ミレーの薬代が報酬とは別に支払われるよう冒険者ギルドに話を通しておいた。ミレーから受け取った回復ポーションを躊躇うことなく勢いよく一気に喉に流し込む。
「ぷはーまずいけど生き返る」
解体した狼だが、赤毛の珍しい狼だったこともあり毛皮は持ち帰ることにした。
体力の限界だった……山ネズミのスケルトン三体と『動く骸骨の創造』で作った二体の狼のスケルトンを見張りに置き、ミレーが作った虫除けのお香を焚くと夕食もとらずに荷馬車の中に倒れこむ。
余程疲れていたんだろう倒れると同時に記憶が途切れた。
翌朝、大狼の死体の周りには沢山の虫や小動物、蝙蝠の死体が落ちていた。恐らく毒が抜ける前に大狼の死体を味見した生き物たちなんだろう。
死体に群がっている虫は生きているが、念のためスライムを大狼の死体の上に置き様子を見る。スライムが逃げないところを見ると毒はもう抜けているんだろう。
大狼の周囲に落ちていた死骸と、毒を使った槍を穴へと埋める。
念のため全身に防水効果のあるジャイアントトードの皮で作った作業着とゴーグル、一定時間毒耐性を上げる苦い薬も飲み、大狼を解体する。
肉は周囲に落ちていた死骸同様土に埋め、毛皮も念のため布を二重にして包む。残った骨も死体に群がる死肉喰らいの甲虫と一緒に木の樽にいれた。
大狼に出くわすなんて……運が悪いのか、本当にひどい目にあった。
四日目――『風の丘の迷宮』のキャンプ地に到着した。