表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/23

プロローグ 誰の子

※元々後ろにあった話をプロローグとして一番前に移動しました。

22.6.27大きく書き直しています。

 死者の国――。

 霧の中には不死の魔物(アンデッド)たちの国がある。

 そこには死者たちの女王が住んでおり、女王とのお目通りが叶った死霊術師には大いなる力が授けられるという。

 御伽話の一節ような話ではあるが、この話を真実と妄信して死の谷に挑む術師は多い。

 小国ズームダウンにある死霊術師の名門エリクセン家当主、金髪碧眼の死霊術師アシュリー・エリクセンもそれを信じて挑戦する魔法使いの一人だ。


 目の前に広がるのは、死の谷と呼ばれる霧が晴れることのない深い渓谷。


「ヨーゼフ、この谷の下に死者たちの女王がいるのだな」

「ええ、間違いないでしょう。これはあくまで噂でございますが、この世界で生まれたすべてのアンデッドが、この死の谷に向かい日々歩みを進めているという話もございます」


 ヨーゼフは、アシュリーの父の代からエリクセン家に仕える執事であり、エリクセン家の使用人すべてをまとめる筆頭執事である。彼自身死霊術師では無いものの魔法使いでもある。


「すべてのアンデッドが目指す場所か、これだけ濃い死者の気配を感じるのは私もはじめてだ。この谷の調査に送った術師は誰ひとり戻って来なかった。優秀な弟子たちだったのだが……直接見る今だからこそ分かる、こここそが死者たちの王国であると、荷を降ろせ!」


 アシュリーの声が渓谷へと響いた。


 渓谷の手前、荷馬車に積まれた大きな木の樽と陶器で出来た骨壺が次々と運び出される。

 作業する人間たちは、全員が鼻から口元を隠すように布を何重にも巻いていた。

 蓋が外された樽が順次倒されていく。

 地面にぶち撒けられたのは、腐臭を放つ大量の人の死体だった。

 死の谷から漏れ出る魔力が原因なのか、腐った人の死体が生き返ったかのようにのたうち回る。


 骸骨の騎士が描かれた揃いのエリクセン家の紋章が刺繍された長衣(ローブ)を纏う術師の一団が、死体の前で一斉に呪文を詠唱(となえ)はじめた。

 魔法は完成する。地面に広がった死体たちが次々と起き上がる。

 『動く死体の創造(クリエイトゾンビ)』――死体から不死の怪物を造り出す魔法だ。

 ざっと見渡しただけでも動き出したゾンビの数は優に百を越えている。

 その他にも人そっくりの見た目をした半透明の魔物が宙に浮かぶ。骨壺の中に入っていたのは幽霊(ゴースト)だった。

 死霊術師の数はアシュリーを含め十名、エリクセン家に所属する死霊術師の精鋭たちだ。

 アシュリーは目の前に運ばれた棺の蓋を開けた。

 棺の中から一着の古びた長衣(ローブ)が宙に浮かぶ。

 下半身が無い上半身だけの黒い影の魔物。真っ赤な瞳だけが煌々と輝く幽霊(ゴースト)の上位種亡霊(ファントム)だ。


亡霊(ファントム)を使役するとは、流石ズームダウン最強の死霊術師アシュリー様でございます」

「世辞はいい」


 アシュリー配下の死霊術師の一人が(あるじ)を讃えた。


 今まで谷に送った家門の死霊術師たちは誰一人戻ってはこなかった。

 だからこそ、当主であるアシュリー・エリクセンが直々にこの地に足を運んだのだ。

 家を継ぐ資格がある二人の子が生まれたお陰で、アシュリーは決心出来た。

 アシュリーと弟子の死霊術師たちは、執事のヨーゼフと御者と幾人かの護衛を残し、アンデッドたちを引き連れて霧の渓谷へと消えて行った。


 下れば下るほど霧自体意志があるかのように、白い靄は体へと絡みついてくる。

 アシュリーたちをの周りをゾンビやゴーストが取り囲んだ。


 二時間近く歩いただろうか、それは突如として襲ってきた。

 無音の空間に急遽現れた無数の足音。霧は薄れ前方の視界が開ける。

 目の前に現れたのは数千を超える動く骸骨(スケルトン)の群れだ。その群れが大波のように押し寄せてくる。

 スケルトンは弱い……ゴーストに比べれば下位の魔物だ。

 それでも千を超えた魔物の群れは上位の魔物すら喰らい尽くす。

 スケルトンたちは次々とゾンビに襲い掛かり、物理的に四肢を引き千切り、頭蓋骨を踏み潰し前進する。

 これに対して死霊術師たちは、スケルトンへの『使役術式の上書き(リ・ワード)』魔法にて対抗する。

 『使役術式の上書き(リ・ワード)』は、術師より魔力量の少ないアンデッド限定の契約魔法だ。

 最初(はじめ)の契約から五年以上経過しているアンデッド、もしくは自然発生した(あるじ)を持たないアンデッドを魔法によって、こちらの手駒にすることが出来る。


 アシュリーの亡霊(ファントム)も、自然発生した魔物を『使役術式の上書き(リ・ワード)』で縛り服従させた魔物だった。

 ファントムは詠唱する、周辺にいるスケルトンが突如火の海に呑み込まれた。それでも途切れることなくスケルトンの数は増えていく。アシュリーたちはそれでも前進を続けた。


 死者たちの女王にはこんな言い伝えも残されている。

 女王にさえ会うことが出来れば、死の谷での身の安全が保証される。

 それだけを信じて進んだ。

 そんなアシュリーの希望を踏みにじるように、スケルトンは際限なく湧き続ける。

 ついにアシュリーもスケルトンの波の中に呑み込まれてしまった。


「ん……ここは……どこだ」


 アシュリーは生きていた。

 そこは薄暗く風ひとつないかび臭い場所だった。

 体を起こし周囲を見回した、アシュリー周りには沢山の墓標が並んでいる。

 石の壁に包まれた広大な空間に置かれた万を超える墓標。

 墓場なのに、中央にはこの場に似つかわしくない黒瑪瑙石(オニキス)の王座が置かれ、玉座の上にはこの世の者とは思えない美しい女性が座っていた。

 人間離れした整い過ぎた顔立ちと、その身を包む濃い死の香り。

 真っ白な肌と銀の髪、白いドレスを纏っているからか最初の印象は『白』だった。

 全身が白いからこそ黄金色の瞳が際立って見える。表情には一切の感情を感じない。


 アシュリーは立ち上がると、服に付いた土を急いで払い落とし何かに取り憑かれたように女性へとゆっくりと近づいた。その距離五メートル前後、王様にでも謁見するようにその場で跪き頭を下げる。


「初めてお目にかかります。私はズームダウン王国に所属する死霊術師で名をアシュリー・エリクセンと申します。この度は死者たちの女王様に謁見する機会をいただき誠にありがとうございます」

「ふむ面を上げよ、そちはこの渓谷に何しに来たのじゃ」

「我が願いを叶えるため女王様に会いに来ました」

「ん?そちは何か勘違いしておらぬか、そちは此処で何も成し遂げてはいないのだぞ、願いは叶わん」

「なら、どうして女王様が私の前にいるのです」

「ああー、それは単なる気まぐれじゃよ。あまりに誰も訪ねて来ぬのでな、わらわの気まぐれでそちを招き入れてみたのじゃ。ま……一応聞いてやろうか、そちは何を望むのじゃ」

「死者たちの女王様との契約を望みます」

「そちは間抜けか?そちの国は一度滅びた方がいいのかもしれんのうー。で、もう一度聞く何を望むわらわは冗談が嫌いじゃ」


 表情は変わらないのにアシュリーの背筋は寒くなる。女王から漂う殺気が全身を切り裂いた。

 必死に口を開ける。言葉を吐き出そうと口を開ける。


「力を……力が欲しいです。それとひとつ質問がございます。私がもう一度あなたのもとへ辿り着いた暁には、改めて願いを聞いてはいただけないでしょうか?」

「もう一度か……そちではムリじゃと思うぞ、死ぬだけだ。一人だけわらわのもとに己が力だけで辿り着くことが出来た死霊術師がいてな、そやつは首無し騎士(デュラハン)を百ほど連れてようやくこの場所に来ることが出来たのじゃ。一度目よりも二度目の方が此処の難易度は上がる。もし本当に辿り着きたかったら首無し騎士(デュラハン)を千匹は用意するがよい、それが無理なら二度と来るな二度目に慈悲はない」


 アシュリーは、デュラハン千匹という数を聞き言葉を失った。


「まっ何かの縁じゃ、そなたの求めるモノとは少々異なるかもしれぬが力をくれてやろう」


 暫くすると赤子の鳴き声が聞こえてきた。一度も目を離していないのに死者たちの女王は、金髪碧眼の赤子を抱いていた。不思議とその赤子がアシュリー自身に見えた。


「そちにはこれをくれてやろう」

「その赤子は……何でしょうか……」

「フフフ、信じるも信じぬもそち次第じゃがのう、わらわとそちの子供じゃ。上手く育てることが出来たならそちがわらわに会うために使った金貨に見合う者になるじゃろう。もちろん上手くいかぬこともある。ひとつ忠告じゃ、この子が十二の誕生日を迎えるまではけして手放してはならぬ。そこから先は好きにするがよい。そうさのうもし捨てるなら数年暮らしていける金くらいは渡してやれ。それならわらわ()干渉はせぬ、せいぜい子育てを頑張るのじゃぞ」


 次の瞬間アシュリーは、泣く赤子を胸に抱いたまま一人ヨーゼフたちの待つ谷の入口に戻っていた。


「だ……旦那様、よくぞ御無事で、そ、その腕の中の赤子は一体……」

「ヨーゼフか、これは私と死者たちの女王の子供だそうだ。詳しいことは馬車の中で話す。この赤子は危険なモノである可能性が高い。至急屋敷に戻り洗脳魔法の準備をしてくれ。そう簡単に解けるものではないが、屋敷にも常時発動型の洗脳用魔道具を設置する」


こうして、屋敷へと連れ帰った赤子は、エリクセン家の三男としてカイル・エリクセンの名が付けられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ