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石猫の錬金術師は今日も憂鬱  作者: 牧野 りせ
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地形は簡単に変わる

 「目的地到着~!」


 もうじき日が暮れようというのにひときわ威勢のいい声を上げたのはダリヤだった。勢いをつけて第一馬車から降りるとすぐさま取って返して同じく飛び降りようとしていたニオゥの両脇にさっと手を入れる。


 「ニオゥ、降りにくいでしょ?」


 「や、降りれるよ。子供じゃないんだから。」


 「まぁまぁ、いいじゃん!」


 一日目の夜一緒に寝て以来ダリヤも小さなニオゥに庇護欲を感じたらしい。「私の妹みたいなものだから」と発言して以来やたらとニオゥを世話をしようとする。


 ニオゥとしてはきっとハクロ限定に販売している保湿クリームの購入権を得たいのだろうと下心は見え見えなのだが口を開けばちょっとずれて残念な見た目は大人頭脳は子供のダリヤを拒めずにいる次第である。


 これまでそういった手合いがいなかったわけじゃない。しかしそれは月猫亭にいる一時であったり(食事中なのでガン無視)店にやってきたり(予約のないやつは居留守対応)なので相手にしなければいいだけなのである。


 そうとわかっていても、ずれてて的外れながらもどうにか懸命に向き合おうとするダリヤを邪険にできないのは共に過ごす時間が増えたせいか、単にほだされつつあるのか。それでも友人という存在が少ないニオゥはその行動にちょっとした心地よさを覚えていた。


 (妹がいたらこんな感じなのかな?)


 互いに妹と思っている残念関係である。


 なんだかなぁ、と思いつつもダリヤのやりたいようにさせている。そんな様子を忸怩たる思いで見つめているのは雄猫若者衆である。


 採取や食事の用意など何かにつけて構いにいこうとするのに全部ダリヤに持っていかれる。そもそも警戒心むき出しのニオゥ自身も何かあると寄っていくのは同性の二人か安全圏が確定しているツユシロとモミジ、または素材の採取傾向が似ているホンハクで、段々とホンハクも孫を面倒見るようにニオゥを気にかけているのでおいそれホイホイと近づけずにいるわけである。


 今もこうして降りるのを手伝おうとしたのに行き場のない両手をワキワキさせているのは一人や二人ではなかったことにニオゥは気づかない。


 そんな賑やかご一行は本来目的としていた宝石トカゲの狩場近くまで森を切り開いて馬車道を広げながらキャンプ予定地に到着した。


 ニオゥが驚いたのはダリヤも神器持ちであったこと。


 秋猫特有の着物の袖を優雅な所作で裁きながらブンブン振り回すのはこれまた見事な大斧である。一閃にして前方5mまで難なく切っていく。


 聞けばできるだけ根元を切っているから手加減しているらしく、魔物相手ならもっと威力を出すという。


 そんなダリヤの切り倒していった木を木材屋のシキが佐々貨集めては運んでいく。残された切り株や根を若い衆が掘り返しては大荷馬車に積んでいたと思われるレンガを鉱石屋が並べていく。


 ほどなくすると立派なレンガ道ができていく。何をしたらいいかわからないニオゥはひとまず馬車からレンガを運ぶ作業を線引屋のマンサクと手伝っていた。


 手早く並べられるレンガを突き刺せないようにせっせか動いていたニオゥだが、ふと線引屋が何かを懐から出して書いてるのに気づく。


 「これが気になるかい?」


 「あ、すみませんじろじろ見ちゃって。」


 「なになに、それもまた新鮮でいいよね。これは新しくできた馬車道を地図に書き込んでいるんだ。」


 言いながら見せてくれたのは確かに地図で、森の中で馬車一台がぎりぎりの細道から急に線が二本足されている。


 「これが今作ってる道ですか?」


 「そうだよ。こっちの元々あった道は旅人や冒険者が通ってるうちに踏み鳴らされて少しずつ広がって今の形になったやつなんだ。」


 毛皮に覆われた手が森の中の道をたどって足された二本の線で止まる。


 「で、この二本の線が今作ってる道なんだ。」


 唐突につながった道は元の道幅よりも立派である。


 「こうやって地形を変えたら記録を取って、街に帰ってから役所にとでけるんだ。そうすると次に作られる新しい地図に乗せてもらえるし、周知徹底することで利用者が増えて素材が流通しやすくなったり、不慣れな人の迷子を防げるんだ。」


 「なるほど。」


 「ほかにも植生や魔物の生息域が変更されることがあるから大体このツアーになると呼ばれるんだ。」


 「呼ばれる……。」


 「そ、この面々は秋猫ばかりで構成されるせいかとったり作ったりは好きだけど書類を作るのは苦手なようでね。月猫亭のツアーが10人以上集まると線引屋を同行させるって暗黙のルールがあるんだよ。」


 聞けば月猫亭各地でやらかしまくってるそうで、取ったり狩ったりしてるうちに魔物が移動したり、そのせいで植生に変化があったり道増やしたりと好き勝手放置した結果行方不明者が多発。などということもあり一族の長が王宮にまで呼ばれる事態となったとか。


 しかし、ツアーが行われると経済も動くので処分とまでいかず、折衷案ということでそうなったんだとか。


 (キングも大変だぁ。)


 厳密には後始末に翻弄される文官であるが。そんなことは知らぬニオゥである。


 俺たちの前に道はない。俺たちの後ろに道ができる。


 冒険記譚も真っ青を地で行くツアーズである。


 何もそんなにこだわって道を作らなくてもと思うが、石の加工を行う鉱石屋としてはわざわざ道を作るのに美しくない道は許せない。とのことらしい。


 おまけにこういったものはなぜそこに道を引いたのか、だれが作ったのかなど記録に残り申請すればその記録がだれでも閲覧可能になるのでプライドある職人は手が抜けないらしい。


 そうやって行程の半日を擁してできた道はとても立派な馬車道で所見なら都市につながる道ではと錯覚させることだろう。


 そんな立派な道をダリヤに抱えられながらニオゥは遠い出来事のように眺める。気づけば竈のある立派な広い野営地ができている。テントがいくつも張れそうな広場といっても過言ではない。そのうちハンモック下げだすのではと思うニオゥである。


 ダリヤはようやく満足したのかニオゥを下ろすと切り倒した木材を加工しているシキの方へと歩いていった。なんでも切った木で常設のテーブルとベンチをいくつか作るらしい。

 

 ハンモックなんて甘かった。小屋作るんじゃなかろうか。と認識を改めるニオゥをよそにハクロが新設された竈の周辺に調理器具を運ぶので慌てて手伝う。


 静かな野営地を振り向けば人数が足りないような……。


 「若い衆なら川に水汲みついでに水浴びに行ったぞ。」


 きょろきょろと周囲を見渡すニオゥの後ろからツユシロが声をかける。


 「そうなんだ。」


 「ニオゥ、ご飯終わったら私たちもいこうよ!昨日は拭くだっけだったけどこの時期はまだ川入れるし。」


 「わかった。石鹸持ってきてるよ。」


 「やった!ニオゥの石鹸もお気に入りなんだぁ~。」


 ハクロの隣に並べば根菜とナイフを渡されるので、コクンと頷いて皮をむいていく。


 まだ昨日の【トリデス】が残っているらしいのでそれを今夜は食べるといっていた。明日からは狩った宝石トカゲの料理になるらしいので鳥肉好きのニオゥとしては今夜は多めに食べたい所存である。


 そんなニオゥを自らの孫以上にかわいがろうとしているホンハクが自身の皿の肉をちょっと分けたことにはにかんだニオゥの顔をもう一度見たいがためにあちこちから肉を押し付けられ腹がはちきれんばかりになるとはだれが想像できよう。


 食後宣言通りメス三人で河原まで出るとダリヤが川べりに荷物を投げてばちゃばちゃとしぶきをあげながら突入していった。服のまま。


 脱いだところでどうせ洗う予定だったから同じ濡れるのだが、それにしても豪胆すぎないかと思いつつもニオゥは岩陰に入って服を脱ぐと川べりに置いて、鞄から体洗い用と衣類用の石鹸、着替えとタオルを出してクロスバンドと尻尾カバーはつけたまま川に入っていく。


 案の定というべきか、水を吸収して重くなり身動きが取れなくなったダリヤを服を脱いでから川に入ったハクロが四苦八苦しながら脱ぐのを手伝っている。


 今のうちにとクロスバンドを外して頭まで潜る。川の流れに負けないように手近な意思をつかんで頭を上げると石鹸を頭に擦り付けてワッシャワッシャと泡立てる。もこもこになったところで耳の内側を丁寧にも見込んで額から生えている宝石を優しく肉球で磨くとまた頭まで沈んで水中で頭を振る。


 短毛種のいいところは洗いと乾燥が早い事だろう。自ら頭を出すと頭だけ拭いて新しいクロスバンドを付けて同じように尻尾、体と洗い終わったころにようやくダリヤの服が脱げたらしくハクロが石鹸を借りに来たので渡すと今度は服を洗い始める。


 三人とも二日分の衣類を洗ったものだからそこそこの時間がかかって、野営地に戻るころには体が冷えていた。ハクロとダリヤはツアーに慣れたものだったのでそうでもなかったが、濡れた洗濯物をバケツに抱えくしゃみをするニオゥを見つけたツユシロが慌てて温かい【レモンカモネ】のハーブティを出してくれた。


 温かいお茶を飲みながら川へ出る道の途中にも【レモンカモネ】を見たのでもしかしたら準備しててくれたのかもしれないと、感謝しながら明日は狩りを待っている間に沢山取っておこうと決意したニオゥをである。


 お茶と焚火で温もったところで洗濯物を干すために程よい木でも探そうとバケツを抱えればハクロに呼ばれる。


 「ニオゥこっち!ここに干すといいよ。」


 馬車の陰になっていて気付かなかったが二本の支柱に三段のロープが張られている。


 「いつの間に洗濯物干し場までできてる……。」


 一体ここに何泊するつもりでこんなに大きな拠点、そうそれはまさに拠点というのに正しい。今もまだどこかでトンテンカンと何かを作っている音がする。


 「ほとばしりすぎじゃないかな職人魂。」


 後でにここを利用する人は快適なことに間違いない。むしろ野党などが居すわらないかが心配なほどである。


 どうやら今夜は採取には動かずこのまま拠点の発展に力を入れるようだ。


 錬金術師のニオゥは錬金窯がなければ仕事ができないし、他の職業を手伝えるほどの技術もないし下手に手を出しても邪魔になるだろうとこまごました雑用だったりゴミを奥に捨てに行ったりとしているうちに夜も更けてきたのでひとまず就寝と相成った。




 明けて翌日、朝食がてら宝石トカゲの狩猟段取りを話し始めるのかと思ったがそんな様子もない。


 「この後どうしたらいいかな?」


 朝食の片づけをするハクロに問いかけてみるが、キョトンとした顔で見つめ返される。


 「あ、そうかニオゥは狩り魔物の狩りは初めてだっけ?宝石トカゲは洞窟の中に群れで生活してるんだけど、その中に突入すると囲まれて危険だから【ツドイギ】の枝葉を燻してそれにつられて出てきた宝石トカゲを狩るんだよ。」


 「それって、必ずほしい色のトカゲが出てくるかは……運かなぁ。」


 「運かぁ。」


 拠点から少し奥に行ったところに宝石トカゲの洞窟があるらしい。その出入り口で魔物が好む木の葉を燃やしてその煙に寄ってきた魔物を片っ端から狩るらしい。


 今回ニオゥは爪さえ手に入れば背中の宝石の色は関係ないのでひとまず無事に狩れれば問題ない。しかしモミジはそうもいかない。チェスの駒を作るべく今回は赤系と青系の宝石トカゲが必要らしい。


 一般的によく見るのが赤、その次は緑と黄色。青はちょっと珍しい。


 正しく運任せの狩りである。


 「そんじゃ、狩りは若い衆に任せて儂は【ツドイギ】の追加で燃やす分でも探してこようかの。」


 「あ、それなら私もお供します。」


 「ニオゥがいくなら護衛の私もいくよ~。」


 「じゃぁ、ニオゥちゃんとハクロちゃんが取りに行ってる間に私はどんどん首を落としておくよ!」


 「首……。」


 首を落とすなんてそんなにこやかに常用する言葉だったろうか。いや、そんなはずない。と首を振る。


 「出たぞぉ~赤だ!」


 「あ、首は私が落とす~!」


 有言実行と言わんばかりに飛び出していったダリヤだったがなぜか皮剝屋に首根っこ押さえられている。

 

 「首なんて落としたら一番いいとこの皮が分断されるだろうが!」


 「ちゃんと腹側と背皮の中間から刃を入れてください。」


 「ひっくり返すなよ!宝石欠けるからなぁ!」


 「目つぶしすると翁から鉄拳食らうぞ!顔はよけろ~!」


 そうこうしてるうちにわ~わ~と狩りが始まる。


 なんでもそれどれほしい部位が違うので素材を傷つけないように狩るため冒険者がやるようにほいほいと狩れないらしい。


 そのあたりも秋猫特有の美学ってやつなんだろうな、と一人頷くニオゥであった。


 そうやって宝石トカゲをおびき出しては狩りをして解体してはおびき出しての繰り返しで気が付けば拠点を張って二日。


 そう。二日がたった。しかし肝心の青系の宝石トカゲが出てこない。トカゲの方もバカではないようで外に出たら狩られると危機感があるのかなかなか出てこなくなってきた。


 「馬車もそろそろ乗せれなくなるし次で仕舞だな。」


 今夜ここで一晩過ごしてから明日の朝撤収だな。と鍋をかき混ぜながら呟くツユシロを見上げながらニオゥはコクコク頷く。


 取れた素材は解体したり粉にしたり粒にしたりと色々コンパクトにしてはみたものの、どう考えてももう馬車に詰めそうにないし、いくら八足の馬魔物といえど重量的にも無理だろう。


 若干あきらめ気味の空気も漂う中その空気は引き裂かれることとなる。


 「だたぞぉ~!青!特大級!」


 「ここにきて特大級かぁ……。」


 「そんじゃ最後の人仕事と行くか。」


 「せっかく出てきた青だからなぁ~割るなよぉ~。」


 ぞろぞろと奥へ進む男たちに混ざってニオゥも解体を手伝えるように袋や樽を運ぶ。途中で足らなくなった木箱や樽は木工屋の二人がサクサク作ってくれた。


 「割ったやつ罰金なぁ~。」


 などというにぎやかな声にに続く笑い声。


 ズシンと響く重たい音に宝石トカゲの討伐が完了したということか分かるぐらいにニオゥは子の狩りに慣れてしまった。


 そう慣れてしまった。だから油断して気づきもしなかった。横から迫る別の生き物の存在に。


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