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石猫の錬金術師は今日も憂鬱  作者: 牧野 りせ
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思春期のお約束ってやつ

明日以降の食事とするために捕まえた【トリデス】の素材を辞退したニオゥは寝支度をすべくハクロとダリヤについて馬車へと上がった。


 【トリデス】の解体に使う湯を少し分けてもらったので幌を完全に閉めて【光苔】の明かりを頼りに湯に布を浸し清拭する。


 背中には鉱石が生えていないのでニオゥは二人に背中を向けて手早くクロスバンドを外し、頭を拭くと予備のクロスバンドをつけて今度は体の前を拭く。布を広げて後ろを拭こうとしたときだった。


 「あ、ニオゥ背中拭いてあげる!」


 「ありがとう。」


 ハクロはニオゥの事情を話してあるし、何度も素材を取りに一緒に出かけたことがあるから何も今日が初めてではない。背中くらいならダリヤから前を見られることはないから大丈夫だろうと思い大人しく背中を丸めて布を差し出した。


 受け取ったハクロは一度布を湯に浸しジャブジャブゆすいで程よく絞るとうなじから腰まで丁寧に拭くものだから自然と体の力も抜ける。


 「いやぁ、相変わらずニオゥの短毛は滑りが良くて気持ちいいね!長毛種のオスが夏に毛を刈り上げたときみたいでずっと触っていたいわ〜。」


 「え〜私も触らせて〜!……すごい!これは病みつきになる〜項もきれいだよね!噛り付きたくなるわ〜!」


 「二人とも何言ってるんですか、早く拭かないと風邪ひくよ。」


 『は〜い!』


 揃って返ってきた声と同時に手が離れてニオゥは息をつく。本格的に触られてはかなわないと、さっさと楽な恰好へと着替える。さすがに野営なので何があってもいいように、まともな寝間着ではないが。


 「ハクロのそれなぁに?」


 「これ?ニオゥ印の保湿クリーム!これを使うと毛並みがつやつやになるの。」


 「え!?すごい!こんなに変わるの?!」


 「でしょでしょ!しかもこれは毛並みだけじゃなくて、こんなとこやあんなとこも柔らかくなって色素沈着が薄くなってピンク色になるのよ。」


 「え、ちょっと見せて見せて。」


 「いいよぉ~ちょっとまってね。」


 女子が寄ると会話ってこうなるんだな。とニオゥはちょっと遠い目になる。


 いくら幌馬車の中で閉鎖空間とはいえ遮音でも遮光でもない。間違いなく外にいる雄どもにこの会話は丸聞こえである。おそらくは光の逆光で何をやっているかわかるくらいのシルエットも見えているはずだ。


 それを理解していない二人は結構きわどい会話をしているんだがわかっているのかな?と。


 そんな心配をよそに座って向かい合わせに座った二人。ハクロは胡坐をかくと足裏の肉球を見せる。もちろんパンツどころかズボンも着用済み。一見すると何の問題もないわけで。


 そう、二人がキャッキャしてる要因はニオゥとハクロが仲良くなるきっかけになった保湿クリームである。水仕事をするハクロの肉球は固くひび割れて様々な薬を試した反動か色もくすんでいた。長年彼女の悩みだった肉球荒れ。それをきれいにしてくれたのはニオゥの保湿クリーム。以来ずっとご愛用の品である。今では柔らかくフニフニとピンク色の肉球様だ。


 果たしてこの実態を分かっているのは外に何人いるだろうか……。と耳をぴくぴくさせるのはいた仕方ないことだろう。


 


 ってなわけでお外の人たち。もとい血気盛んな若者たちはといいますと。


 こそこそと集まりながら凝視してる。


 先ほどまで【トリデス】の解体でせっせと手を動かしていたというのにその手は静止し皆一様に馬車をガン見している。逆光によって薄ぼんやりと浮かぶシルエットがやけに想像力を掻き立てる。


 「食べたくなるうなじ……。」


 「今柔らかくって言った。」


 「や、それより注目はピンクってやつだろう。」


 こそこそとささやかれる会話。若干前かがみになっているかいないか。誰かの喉からゴクリと音がしてよくわからない背徳感がかけ巡る。


 「まて、見せるって!?」


 「しゃがんでそんな恰好って。」


 「そんな足広げて!」


 「近い近い!女の子同士で何してるんですか。」


 「けしからん!けしからんぞ!」


 「……ハクホウ鼻拭いとけ。」


 「う……ほへぇん(ごめん)」


 鼻をつまんで首の後ろをとんとん、と叩きながらハクホウは手拭いを受け取った。


 「若いのぉ~。」


 カラカラと笑うホンハクは必要な素材を確認すると積み込みは明日と言わんばかりにもう一台の馬車に消えていく。


 「アホなことばっか言ってないでちゃんと見張りしろよ。」


 若者たちから老人認定されたモミジも呆れつつホンハクに続いて馬車に乗り込んでいった。


 一方のツユシロはメスたちの会話を正しく理解しているようで、動揺の隠せないオスどもを冷めた目で一瞥をくれただけですぐに鍋に向き合う。


 「でもぶっちゃけあの三人は有りなわけ?」


 つぶやいたのはホンハクの孫であるミットである。長毛のうねった毛が艷やかである。


 三人という単語にいち早く反応したツユシロから絶対零度の視線をもらって慌ててハクホウが訂正を入れる。


 「ま、ハクロさんはツユシロさんがいますからね。数に入れるべきではないでしょう。」


 一同頷きあう。まだ旅程が4日はあるのだ明日から飯抜きは勘弁願いたい。と誰もが思った。


 「ダリヤさんはどうですか?」


 「あ〜。かわいい……とは単純に思う。」


 「性格だってまぁ、悪くはない。」


 「働き者だし。」


 「発情期の匂いもまぁ、悪くはないな。」


 「体型だって過不足なく無難だし。」


 誰だ最後につぶやいた無礼者は!……は、おいておくとして。そこまで評価は悪くないとそれぞれ勝手な感想をもらしていたものの、その後全員がため息をつく。


 『でも喋ると馬鹿なんだよなぁ〜。』


 黙っていればかわいい。とはよく言ったもんで、大人びた外見に落ち着いた雰囲気と、くるくると働く姿は評判だがそれなのに口を開くと子供っぽい発言が玉に瑕なダリヤである。


 「じゃぁ、ニオゥさんは?」

 

 「まずあのサイズが狡くねぇ?」


 「わかる!小型種類独特というか、大人とわかっててもつい構いたくなるよな。」


 「歩幅が僕らより狭いから早足でトコトコ後ろを歩かれると、つい神器を持つ手に力が入ります。」


幼児のように小さな歩幅で一生懸命歩く姿に、木の根や石で転んでしまわないかハラハラするらしい。それなのに手を借そうとすれば大人な態度で丁寧に断られると、けなげでなんていい子なんだ!ってことらしい。ニオゥとしては何が発情期を誘発させるかわからないので、無駄な接触を避けたに過ぎないが。


 「初対面のせいか警戒されてる気がするが、それはそれで子猫が殺気立ってるみたいで撫でたくなるな。」


 「あ、タカスミもですか!僕はあんなに警戒されるとかえって、ぎゅ〜ってしたくなるの我慢するので大変でした!馬車でちょっとだけ話せたんですけど、子供と違うちゃんと大人のイイ匂いもしましたし。」


 「なにそれ!ずるっ!」


 「あの小さい手で薬草摘んでるのって癒やされるよな〜。」


 「子供じゃないってわかってますが、水を運んだりナイフ使ってるの見ると代わりたくなる。ジィさんに怒られたからやめたけど。」


 「それに見たか?俺達にはバリバリ警戒してるのに、ちょっと離れてハクロと喋ってるときはにこにこ笑ってめちゃ可愛かった。」


 「ツアーは初めてみたいだし、勝手がわからなくて緊張してるんのかもしれねぇなぁ。」


 「一見さんお断りの工房と聞いたことがあるので、人見知りって可能性もあるな。」


 「何度か月猫亭で見かけたけど、ツレがいたことねぇな。」


 『確かに……。』


 なんとなく黙り込んだ悩める青年共である。


 「つまり特定パートナーはいないんだよな。」


 「オスの匂い付けてるの、見たことないですね。」


 なんとなく互いにそれぞれを見つめるとコクコクと頷きあう。ここに何故か連帯感が生まれた。そして謎の自信が芽生えた。


 『イケるかもしれない!』


 そんなことはないが。

 

 なぜか硬い拳を握ってお互いの健闘を称えるような動き。ある者は拳を交わしある者は親指を立てある者はスキップをした。だから何故に?!


 そんな青年たちを見てツユシロはため息をこぼして外套を体に巻きつけると、メスたちの乗る馬車の車輪に凭れて目を閉じるのであった。


 素材と採りに来たはずの月猫ツアーズ。青年たちの胸の中には第二の目標ができていた。


 『あの警戒心を解いて仲良くなりたい!』


 なんて、あほな理由でやたらと接触図られるとはまだまだ知るよしのないニオゥである。


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