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石猫の錬金術師は今日も憂鬱  作者: 牧野 りせ
2/7

ようこそ月猫狩りものツアーへ

 

 遠くで鳥の声が聞こえた気がした。


 まだ朝日も登らないから室内は暗い。いつもより早い目覚めにベッドから起き出してぐっと伸びをする。


 「2人で行く予定だったのになんでこんな事になったのか。っていうか人を避けるためにこんな森の中に住んでるのになぁ。」


 そんなぼやきをしつつも約束は約束。ちょっとした憂鬱感をいだきつつも出かける準備に余念はない。


 顔を洗って短毛のつるんとした丸顔にお手製の保湿液を塗りこんで右眉の少し上に生えた鉱石を隠すようにカーキのクロスバンドを動かないように装着すると仕上げとばかりにバイカラートパーズの飾り石をつける。


 尻尾にもカバーを忘れない。これは旅装だからではなく普段からつけているもので尻尾から大小6ヶ所も生えている石を隠すためのものである。


 宝石猫の中でも石が生えてくる位置は多くて3ヶ所と言われるものだがニオゥは恐ろしい事に11ヶ所もある。宝石猫は心臓に近いほど鉱石の純度が高いと言われているが、よく見られるのは角のように額から生えてくるもの、その次は手足の甲と尻尾である。


 それなのにニオゥは尻尾と両手の甲、額の他に右胸とへその位置にもある。その事自体は生活に支障もないしむしろ宝石猫としては異性からモテる基準ともなるので胸を張っていいことである。


 しかしそれ故にニオゥは幼い頃に誘拐された。目の前に過ぎたる価値あるものがあれば目が眩むのもまた性というものである。


 当時まだ3才に満たなかったニオゥは母の元に出入りしていた行商人によって連れ去られ住み慣れた街から遠く離れた農村のハズレで発見されたのは10日後で、発見されたときには衰弱し、手足と首、尻尾に繋がれた鎖で肌は傷つき石が生えていたであろう場所は砕かれ抉られ血まみれだった。


 発見が数日遅れていれば死は免れなかった。


 しかし犯人は捕まらなかった。


 なぜなら捜索に当たっていた騎士が発見した時には村人すべてと近隣山中の山賊が何者かに惨殺されていて身元すら照合できぬほどのひどい状況で『もはやどれが犯人の死体なのかわからなかった』ために犯人死亡で事件が終幕したのだ。


 建国以来、五指に入るほどの凶悪事件は世間に晒されることなくひっそりと片付けられた。


 そしてその唯一の当事者であるニオゥは当時の記憶がすっぽりなくなってしまったのである。たった一つ残ったのは他人への恐怖でそれからしばらくは母親以外誰も近づくことができないほどだった。


 それからというものなんとか身近な人とは交流できるようになった。


 が、植え付けられた恐怖心は拭われることなく独り立ちを迎え、父と相談して今の状態に落ち着いた。独立すれば周囲から求められるのは新しい家族の形成であるが、自分に子供なんてできてしまえば我が子にも同じ思いをさせてしまうのではないかという恐怖にニオゥは成人してからずっと薬を自分で作り発情期を押さえ込んでいる。


 だからこそニオゥは服装にとても気を使っている。夏の時期でも肌を晒すことはない。


 今日も入念に慣れた身支度を済ませると採取用の装備といつもより多めの採集袋と旅道具を携えて約束の西門にたどり着けば2台の幌馬車と集まる人々に目を見開いた。


 「まさかこれみんな採集に行く人?」


 ため息が出るのは仕方がない。


 「あ〜憂鬱だ。」


 こぼれた言葉は風に乗って消えてしまう。


 馬車のそばに見慣れたウェイトレスを見つけて駆け寄ればまだ夜明け前だといのに元気な声で挨拶される。


 「おはようニオゥ!」


 「おはようハクロ。遅れちゃったかな?」


 「そんなことないよ!時間ピッタリ!荷物はこっちの馬車にのせて!軽く顔合わせしたら出発ね!」


 「顔合わせ?なんで?」


 「ちょっとメンバーが増えたからね。」


 まだ増えたのか。とは口に出せなかった。人は苦手でも空気は読めるニオゥである。


 「は〜い!集まってぇ〜軽く打ち合わせするよぉ〜!」


 元気なウェイトレスの声に自然と人の輪が集まって、なんとか足を踏みとどめたものの、もう帰りたいと密かに思ってしまったのは致し方ないことだった。


 自然と円陣を組むような形になり集まった面々をながめてハクロが口火を切った。


 「今回の目標は鉱石トカゲで、狩りの主導権者は錬金術師ニオゥ、私ハクロと装飾屋モミジです。」


 主導権とは一体何だろうとは思ったニオゥであるが、こうも多い人の中で話の腰を折るのははばかられる。と、そのままに共に紹介されたモミジとともに軽く会釈をする。


 「道中いくつかの採集、狩場に立ち寄りますが大型魔物以外の取り分は個々に任せますが、滞在時間は主導者に決定権があります。また目標の分配は主導者優先。以上が守れない人は現段階で離脱してください。ーーーいないようなので簡単にメンバー紹介します。親交は道中で行ってくださいね〜。」


 明朗な説明にニオゥもなるほど、とその立場を理解した。そういうとハクロは左側に手を向ける。


 「こちらから。月猫亭ツユシロ、調理と食料確保と合わせて第一馬車の担当。木工屋ダリヤとシキは第二馬車と動中の道作り担当。薬屋のホンハクとその孫で骨角屋のアサマとミット。皮剥屋のホースイとムツ。鉱石屋のタカスミとハクホウ。線引屋のマンサク、おまけで装飾屋の息子でクレハ、以上15名で行動します旅程は5日。道中は主導者とホンじぃ以外は交代で護衛も兼ねてもらうのでそのつもりで。それから無用のトラブルは控えるように。以上!では出発!」


 吟遊詩人もびっくりの早口に名を呼ばれた人たちはペコリと会釈だけすると合図とともに持ち場に戻る。騎士団もびっくりのまとまりである。


 ほぼ初対面のメンツに戸惑いつつも、ハクロに呼ばれて第一場者に乗ることになったニオゥは思ったより車高のある馬車に戸惑っていると先に乗り込んでいた薬屋のクロマツが手を差し伸べてくれた。


 「すいません。」 


 「なぁに、もって生まれたもんは仕方ないさ。ま、わしとしては嬉しい出会いだがね。」


 人好きのするタレ目でそう言われればなんと言いようもなくて「ありがとうございます」とつぶやいただけだった。


 「お嬢さんは月猫ツアーは初めてかい?」


 「は?え?ツアー?」


 「はは、その様子なら初めてかの。月猫亭の連中が素材を狩りに行くときは周辺の職人たちが便乗するんじゃ。連中は料理にできる部位以外は興味がないからのぉ。目標の魔物によってメンツは変わったりもするがだいたいいつもこれぐらい集まる。食べれる以外の部位は気前よくくれるからの、自分らで苦労して狩ったり依頼や護衛を雇うより安上がりなもんで月猫が動くと商店街がまるごとついていくもんだから職人たちの間じゃ月猫ツアーなんて冗談を言うやつもおるんじゃよ。」


 まさかのツアー。しかも昨日の夜言い出してこの準備の良さ。手なれた感じが半端ない。


 まさかの弾丸狩りものツアーである。


 同じ先行馬車には御者にツユシロが乗りニオゥ、ハクロ、ホンハク、モミジが乗り込みその横を鉱石屋で黒葡萄猫のタカスミと緑葡萄猫のハクホウが護衛をしつつ歩くようだ。


 身軽で足の早い猫人は馬と大して変わらない速度で歩けるので基本歩くものが多い。馬車を使うのは余程荷物が多いときだけなのである。


 幌付き馬車のゆれはいつもより早く起きたニオゥには程良い揺り籠でだんだんと登った日差しのぬるみも相まってまどろむ。


 「ふふ、ニオゥ気にせず寝ちゃいなよ。」


 「ん〜。ハクロは何してるの?」


 重たくなった瞼をどうにか持ち上げるとハクロはホンハクと並んで座り何かをゴリゴリとすりつぶしている。


 「移動中は暇だからね。胡椒と岩塩を引いとこうと思って。」


 「手伝おうか?」


 「すり鉢がこれしかないから気持ちだけもらっとくわ。狩場までまだ距離があるから少し寝なさいな。ついたら起こすわ。」


 「ん、ありがと。」


 ふわりと毛布をかけられたらもうだめだった。ニオゥは木箱とハクロの間に体を丸めて夢の世界に旅立った。




 次に目が覚めたのは昼前で休憩場所についた時だった。己の警戒心のなさに呆れつつも毛布をたたんで採集袋とナイフを持って荷台から飛び降りた。


 馬車道からちょっと逸れたところに馬車を寄せ荷物番のために骨角屋と木工屋を残して茂みをかき分ける。


 「ここでは何取るの?」


 護衛をしながら後ろを歩くハクロに問われてニオゥは植生分布地図を広げる。


 「えっと……。【ぬめり茸】を石鹸に試してみようと思ってる。あとは他のもの作るのに【かえりた草】と【もどりた草】と【たちた草】かな。」


 「じゃぁ、私も離れないように気をつけながら探すね。」


 ガサガサと茂みを分け入ってほしかった素材の群生地をいくつか見つけてはナイフで取って採集用の麻袋に入れていく。馬車に乗せれるからといつもより多めに取ってしまったのはご愛嬌である。


 袋いっぱいになるとハクロに手伝ってもらいながら袋を馬車に積み込みに行くと、すでにツユシロがしとめたロックバードが解体され煮込まれている。その横で皮剥屋が羽を集めて色ごとに選別して袋に入れてるし、骨角屋が骨と爪をたらいに張った水で洗っているし、背中を向けたクロマツも何かゴソゴソと仕舞い込んでいる。


 「まさかの捨てるところなし……。」


 事前に聞いてはいたがこれだけの職種が集まれば無駄にする部分はないのだという。


 そりゃツアーになるはずだよ。


 木工屋が薪を集めるついでに香木探しを始めたので手伝おうとダリヤの近づくと本人いわく。


「薪は燃やして害のあるものと、ないものの見極めがいるから気持ちだけもらうね。」


 とのことだったので、ホンハクに頼まれた水くみに行くことにした。


 少し離れたところに王都まで続く川が流れていてそこで水くみのついでに【すべり草】と【だした貝】を見つけたのでしっかり採集してみた。ついでに川で洗って木に吊して水気を切っている間にバケツに水を汲んで下処理まで済んだ。


 馬車まで戻るとてっきり昼の料理に使う水なのかと思ったら、先程まで乗っていた馬車の後ろに盥が置いてあって、そこに入れるように言われる。


 勝手がわからないニオゥはホンハクに言われたとおり盥に流し込んだものの意図がわからない。何のための水だろうかと思っているうちに昼食に呼ばれたので行ってみるとロックバードのトマト煮込みとパンが渡された。昼にしてはどっしりしてるなとも思ったが朝が早かったのでみな空腹だったのは同じようで余すことなくきれいに平らげていたし、その美味しさにニオゥも大満足で、食後の片付けを分担してやったら馬車は再び走り出した。


 「嬢ちゃんは何を取ってきたんだい?」


 ホンハクに問われたので取ってきたものを説明するとふむふむと頷くと先程水を入れた盥をさす。


 「今鉱石屋の坊主が使ってるから終わったら使うといい。」

 

 そこでニオゥは先ほど汲んだ水の使い道を理解して目を見開いた。


 「鉱石屋さんは何を洗ってるんですか?」


 「はは、気になるなら見せてもらうといい。あいつは穏やかだから教えてくれるよ。」


 そう言われてしまえば見に行かないわけにいかない。この狭い荷台でクロマツの声が聞こえていないはずはないのだ。ここで身を引いてはこれからの5日間微妙な空気になるのは目に見えている。


 ゴトゴト揺れる荷台の後ろに移動し、しゃがんだ背中に声を掛ける。


 「あの……。」


 名前なんだっけ、とは流石に聞けず戸惑っていると柔和な笑みで振り向かれた。昨日月猫亭でも見たが特に会話もしたわけではないので距離の詰め方がわからない。


 「はじめまして、鉱石屋のハクホウといいます。」


 「あ、はじめましてニオゥです。えっと、それ何してるんですか?」


 盥のそばまで寄って覗き込めば水底にきらきらと光を反射する何かがあるのはわかるが、それが何なのか検討もつかない。


 「これはさっきの場所で拾ったんだ。黒曜石っていってね。」


 パシャリと水ごと引き上げると手の中を見せてくれる。そこには黒曜石の小さな粒がいくつも乗っている。


 「これを洗って大きさを選別してから持って帰るんだ。普段はこんなに拾えないし下処理も工房でするんだけど、ツアーだとこうしてした処理も済ませられるから楽ちんだよね。」


 鉱石屋といえば鉱脈掘りと研磨作業しか知らなかったニオゥはその作業を凝視してしまう。


 「こんな小さな黒曜石が需要あるんですか?」


 「ああ、これは穴を開けてビーズにするんだよ。ご婦人のドレスにしたり小物に使ったり。大きさによってはアクセサリーの添えにすることもあるかな。」


 「へぇ、知らなかった。」


 宝飾品にこれまで興味のなかったニオゥには思いもよらない活用法である。


 「1000粒使ったドレスは願いを叶えるってジンクスがあって若いお嬢さん方に意外と人気なんだよ。」


 そんな迷信で売上が変わるとは目からウロコである。


 あの場所は何度か訪れたことのあるニオゥもまさか足元の砂にまでは注目していなかったのであそこに黒曜石の粒があるなんて知らなかったし、ニオゥの植生地図にはそんなこと乗っていない。


 聞けば鉱石分布地図なるものがあるそうだ。まだまだ知らないことが多いのだなとニオゥは遠くを見つめた。



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