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湖上千花



隣を歩く少女から醸し出された花の香りが僕の鼻を優しく撫でる。甘く包み込むような香りだ。そんな彼女の小さな手は、本当は幻で実在していないのではないかと錯覚するほどに白く美しくて、僕は彼女の存在を確かめるかのように、右手で彼女の手を握りしめた。温かな体温を感じて胸を撫で下ろす。

そんな僕の真上をひらりとひとひらの花びらが舞い降りた。薄いピンク色の花びらを僕は左手で掴もうと手を伸ばす。花びらは僕の手をひらりとよけてゆっくりと地面へと落ちた。


「まるで私たちのようだね。」


彼女がそう僕に悲しく呟いた。




◆◆◆◆


カーテンから漏れ出た日差しの眩しさで目が覚めた。天気も良く気持ちのいい日差しで最高な目覚めのはずなのに、僕は最悪な気分だった。


「朝が来てしまった…。」


そう言葉にしてしまうともっと最悪な気分になった。どんな夢を見ていたのか忘れてしまったが、良い夢を見ていた気がする。出来ることならこのまま夢の中で一生を過ごしてしまいたかったが、それを叶えることは出来ずに現実へと引き戻された。

いつも通り制服に着替えて学校に行く支度をする。今日が試験の日だとかマラソン大会だとかそんな特別な日ではなくて、普通の登校日。何か嫌なことが待ち受けている予感もない。それでも僕は朝を迎えたくなかった。今日という日を迎えたくなかった。

変わり映えのない日を過ごす日常が嫌でたまらない。具体的な要望はないけれど何か面白いことがないだろうかと何かを渇望している。

ただ、つまらない日常を繰り返しながら年を取ることが嫌なのだ。

朝ごはんを食べて家を出る。両親はもう仕事に行ってしまっているのだから、このまま学校に行かずに家でだらだら過ごしても別に咎められることもない。だが、家でだらだら過ごすことは、学校に行くことよりもつまらなく無意味な事だと容易に想像はつく。僕は重い足取りで登校した。

学校に近づくにつれて同年代達の楽しそうな声が響く。キャッキャと騒ぐ声が何故か虚しく聞こえる。


みんな楽しそうにしているけれども本当はつまらないんじゃないか?楽しそうなふりをしているだけなのではないか?


そう問いかけたくても問いかけることは出来ない。場を白けさせるだけだし、何より僕には問いかけるための相手がいないのだから。


僕は空気だ。


この空気とは居ても居なくても変わらない存在という意味ではない。僕は確かに居ても居なくても変わらない存在ではあるが、僕によって教室に空席ができたら違和感が生じる。

あれ、あそこの席の人、今日は休みなのかな?と一瞬だが僕の存在が認識されるから、それは居ても居なくても変わらない存在である空気としての役割を果たせてはいない。空気とは一瞬たりとも認識されてはならないのだ。認識された瞬間、それは空気ではない!!

僕の言う空気としての役割を果たすために僕は、空席を作らないためにも居なくてはいけない。そもそも居て当たり前なのだ。居て当たり前で認識されないのだから空気なのだ。

と、考えて改めて自分のめんどくさい性格に苦笑した。


あー…何か面白いことないかな。


宇宙人侵略とかゾンビウイルスによってゾンビ化するとかそんなことは望まないから、せめて学校が壊れるぐらいの非日常があれば少しはマシになるのに…。

そんな僕の願い空しく、何も変わらない1日が過ぎ去った。

授業を終えてから帰宅すると、家の鍵が開いていた。まだ仕事に行っているはずの姉の葉鶴(はづる)がいる。


「お帰り。相変わらず、早い帰宅だこと。」


葉鶴はいつも余計なことを言う。部活もやってなくて友達もいない僕が、学校と家以外どこに行くというのか。


「姉さんもお早い帰宅だね。」


僕の言葉に姉は新聞を渡してきた。今朝の新聞だ。開いてあるページは、地域欄だ。


「隣町の強盗殺人事件、これ本家の方よ。」


「被害者?加害者?どっちが?」


「読めば分かるでしょ。」


葉鶴に言われるがまま、記事を読む。


ー昨日、フリーカメラマンの星恩寺(せいおんじ) 静馬(しずま)さん(38)が自宅で胸部と喉から血を流して死亡しているのが発見された。警察は地方の大学に通う、佐藤祐大(さとうゆうだい)容疑者(21)を星恩寺さんのアパート玄関にて首から血を流して意識不明で発見したが、間もなく死亡を確認したため、被疑者死亡で書類送検した。


軽く読んでから、僕はため息をついた。星恩寺静馬という名は初めて聞いた。

僕の求めていた非日常ではあるが、会ったこともない他人だから別に何とも思わない。


「この事件が原因で、姉さんは会社を早退してきたの?」


「まぁね。式は明日やるそうよ。ちゃんと葬儀社からセレモニーレディっていうの?司会とか葬儀を取り仕切る人のこと。名前はわからないけど、それをちゃんと呼ぶそうだしね。」


「本家で行うの?そりゃぁ、本家でやるなら分家の人間も駆り出されるけど、この人名前も聞いたことないし、どうせ当主様の遠縁でしょ?そんな大がかりな式にすること?」


「遠縁?そんなはずないじゃん。静馬さんは当主様の実弟よ。ほぼ絶縁状態だったけどね。」


初耳だ。絶縁状態だったなら尚更必要ないのではと聞こうとすると葉鶴が続ける。


「静馬さんの子供たちだけじゃ、葬式を執り行うことも無理だし、何より身内を失った子供を引き取らないとだしね。」


「子供いるの?話が見えないんだけど。」


「女の子と男の子が2人。静馬さんの1番上の子供は、星恩寺グループの会長の唯一の孫よ。下の子は後妻との子供だから違うけどね。」


なるほど。

これはほっときたくてもほっとくことは出来ないな。星恩寺グループの会長とは当主様より大物だ。星恩寺家は元々、政界に力が多少はある家だったのだが、いつの間にか病院、不動産、出版、芸能プロダクションと手広く事業を行うようになり、今ではその利益で成り立っている。その星恩寺家が行う事業のトップに君臨するのが、今年75歳を迎える会長である。

20年以上前に前会長がなくなり、その後を前会長の奥さんが継いで事業を拡大してグループを大きくしたと聞いたことがある。元々は病院と不動産だけだったのを出版や芸能プロダクションを立ち上げて今では星恩寺グループの売り上げのほとんどがこの事業だそうだ。

そういった経緯からか、当主様よりも力があるため、星恩寺家の人間なら当主様を含めて頭の上がらない存在だ。

僕は鞄を置きに自身の部屋へと向かった。



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