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佐藤祐大


最初はこんなことになるなんて思ってもいなかった。

ひっそりとお金を持って帰るだけのつもりだった。

そもそもそれが間違いだったのは、あの瞬間までは気づきもしなかったけれども。


家主の男が帰って来て驚いて、つい持っていたサバイバルナイフで刺してしまった。

騒がれると面倒だと思って、喉も刺した。

俺の望み通り、男は声もあげずに倒れた。

死んで欲しいなんて思ってもいなかった。

ただ俺は、借金取りから解放されたかっただけなのに。


あの子は家には誰もいないと言っていた。

誰にも邪魔されずに金を取り出すことはできるはずだと言って、鍵の在りかを教えてくれた。

それなのに。


その後入ってきた男の娘は呆然としていた。

荒らされた部屋をあのガラス細工のような芸術的な瞳で捉えてから、俺を見てもただ呆然としていた。

小さくお父さんと呼ぶ鈴のようなきれいな声が俺の耳に入った瞬間、娘も殺さなくてはと思った。

だが、娘を傷つけることはできなかった。

娘の姿をちゃんと見て俺は我に帰った。

宝くじで3億円も当てたんだから少しぐらい貰ってもバチは当たらないよ。

そう言って唆してきた、あの子の、悪魔の囁きから俺は解放される。


女神のように美しく汚れのない娘。この世界にこんなに美しいものが存在しえるのだろうか。


この娘を傷つけたら俺はこれから先、救われることはない。

この娘が消えたら、俺はこの娘の中に残されることもない。

どうか永遠に俺を忘れないでほしい。

俺ごときが娘に触れることはこの世の罪悪だと分かってはいるが、記憶に留めてほしい。

そして、その瞳に刻んで欲しい。


俺は、自身の首を切り裂いた。

娘に笑いかけながら、首を切り裂いた。

俺の血が娘の頬に飛び散る。

鮮やかな赤。娘に飛び散った俺の血は、まるで聖水となったかと錯覚するほどに綺麗で美しく鮮やかだった。


娘はペタリと座り込んで、真っ直ぐに俺を見た。

力なくどうしてと尋ねる声がした。

俺は幸福な気持ちで満たされた。

娘が俺に、俺だけのために声を発して語りかけたのだ。

俺は娘のために死ぬのだ。

これ以上の幸福があるだろうか。

借金の苦しみから救われ、娘に俺を認識させ、もうこの世に未練などない。

俺の間違いはこのために犯され、そしてこの瞬間に救われた。

娘を手に入れようなど、そんな身の程知らずなことは願わない。


美しく汚れのない娘を俺は、この一瞬で愛してしまったのだから。


俺が娘のためにできる唯一の方法。救いを求めてはいるが、これは償いなんかじゃない。

娘への愛だ。愛情表現なのだ。

娘は俺が息絶えるまでずっと俺をその瞳でみつづけていた。


悪魔のあの子よりも先にこの娘に会いたかった。

そしたら、娘の父を殺すこともなく、娘のために死ねたのに。

いや、そしたら娘の記憶に留まることは出来なかったのだから、これは俺の運命だったのだろう。


娘の陶器のように白い肌にはくっきりと俺の血が塗られたままだ。

娘はきっと永遠に俺を忘れることはないだろう。


娘の笑い声がした。

いいや、泣き声だろうか。

アハハハハと聴こえるがどこか悲しそうに響いている。

それはきっと俺のために発しているのだろう。

これ程幸福なことはない。



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