000ー1 前日譚 オンライン会議
時は遡り、自称神が現れる1日前。
一人の男性が執務室からオンライン会議を行っていた。
モニターには14人の人物が映し出されていた。
人種・国籍もバラバラで、共通しているのは皆疲れ切った様子だ。
「いよいよ明日ですな。」
初老と思しき男性が、硬直した空気を溶かすように語り始めた。
「何を言うね。私たち、奴に掌握されてる。これ、由々しき事態。」
「そうね。我が国としてもこれが冗談であることを祈るだけだわ。」
ふてぶてしい態度で怒りを顕わにする男性と、半分あきらめの表情を浮かべる女性。
この集まりでも意見はまとまっていないようだった。
「この世界に神などいなかった。つまりはそういうことだろ?」
「あなたの言う神とはキリストの事でしょ?それは彼によって完全に否定されたではありませんか。」
「それを言ったらどこの宗教の神も同じでしょう?」
そう、彼らの言う通り、神が神たる由縁はその奇跡にある。
しかし、それらがすべて与えられた力によりなし得たものだとしたら。
それすなわち、その力を与えたものが神であるということ。
「仕方ありません。私たちは理解させられたのです。あれからすでに1年が経とうとしているのですね。」
「えぇ、どれだけこのことがウソであることを願ったことか。」
力なくうなだれる女性は涙を流しているようだった。
「我らは試されておるのだ。あの自称神【プロメテウス】によって。新たなる火【スキル】によってな。」
「ならば我々は明日の世界の改変後、何を成すかを考え、導いていくしかあるまい。」
「確かに。」
集まった15人全員の認識は一致していた。
ただ、その中でも各々の思惑を張り巡らせながら。
「では報告に移りましょう。」
議長と思われる男性は話を進めていく。
「まずは、【プロメテウス】よりもたらされた【魔石】について。これのエネルギー利用開発はある程度進んでいます。国連の研究機関で行った検査結果は実に良好でした。資料は事前にお配りしたものを見てください。」
「まつね。この資料が正確だとどうやって証明する?君がウソをついてないとどうやって証明する?」
「やめないか。今更それをしてどうする?我々は相互監視のために【プロメテウス】により【審議眼】を授かっている。資料を見ればそれがどうかわかるであろう?」
「そうですわね。この資料を基にこれからは各国がしのぎを削ることになるのですから。いちいち文句を付けても仕方がないわね。」
「ふむ。そうね。でも勝つのはこの私ね。負けないね。」
「この資料によれば、【魔石】からの【魔素・魔力】の抽出に成功したってことだね?つまりは【プロメテウス】の情報通りと……。あの魔道具【簡易魔導機関】による回転エネルギーの取り出し。今の地球ではその回転エネルギーを電力に変換する必要があるからね。」
全員が資料に目を落とした。
資料には【魔石】からの【魔素・魔力】の抽出と、魔道具【簡易魔導機関】の再現について記載されていた。
さらに【プロメテウス】からもたらされた情報の検証結果も併せて記載されていた。
「やはり、あやつの言うことは間違いなかったということか。」
「そのようね。【魔素】とは新たな気体。黒い靄のようなもの。これがこれから起こるすべての現象の元凶になるとは……。さすがに信じがたいですわね。」
「確かにな……。【魔力】に至っては純粋なエネルギー体だというではないか。」
「そうですね。【魔石】とは【魔素】が【魔力】によって圧縮・凝固された物質である……。証明されてしまいましたね。」
現在行われている【魔石】の研究は、あくまでも『【魔力】を取り出して活用できるか否か』であった。
その先の『どれだけ取り出して、どう活用するか。』については各国の努力次第なのである。
ただ、すでに各国はその開発をスタートさせていた。
そう、【魔石】から【魔力】が取り出せる前提で進めているのである。
理由は簡単だ。
開発の遅れが経済バランスを左右してしまうからだ。
「ほかに何か議題はありますかな?それでは、次回の対策会議は次週でよいですね?」
「反対意見はないということで、この会議を終了とします。」
男性の宣言とともにすべてのモニターの映像が切れた。
男性は椅子に深く背を預けると深いため息をついていた。
「これから先、ダンジョンの攻略競争になるな。これに遅れればそれはすなわち敗者になる。どうしたものか。」
「総理。アメリカ大統領ジョージ・ライデン様より通話会議の申し入れです。」
「つないでくれ。」
モニターの一つに初老の男性が映し出された。
バックにはアメリカ合衆国の国旗が映っていた。
「やぁ、ミスターキシワダ。先ほど振りか。」
「ミスターライデン。どうかされたかな?」
「いやね、こちらが駐留しているアメリカ軍基地。そこに兵士が大量に残っている。それはわかるね?それでだ、明日のダンジョン発生の際に、どうだろう。手を取り合わないか?」
「と言いますと?」
「なに、簡単な話だ。我が国の兵もダンジョンに入れてほしいのだよ。」
「つまり日本の資源に手を出すと?」
「いやいや、そうではないよ?そうではないんだよ。それでは略奪じゃないか。」
「そう言ってるのと何が違うか説明してもらえますかな?」
「そういきり立たないでもらえるか、ミスターキシワダ。何も君の国のダンジョンに入るわけじゃない。アメリカ軍基地にできたダンジョンについての話をしているのだよ。あそこは我が国の法で運営されている場所だ。すなわち、我が国ということ。そこで何をするかはこちらが決めることだ。一応君にも話を通すのが筋だと思ってね。こうして話をしているわけだよ。」
キシワダは机の下で拳を握りしめていた。
その手には血がにじんでいた。
ライデンが言っていることはアメリカ軍基地のダンジョンには手を出すな。
そういうことだ。
そして、それを拒否することも今の取り決めではできないことなのだ。
「わかりました。ご報告感謝する。」
「なに、日本とアメリカの仲じゃないか。これくらいはお安い御用だ。何か困りごとがあれば相談してくれたまえ。ではまた。」
「………。」
そう言うと、先ほどまで映し出されたモニターは真っ暗になってしまった。
「くそが!!!!」
ドガン!!
キシワダはおのれの拳を高く振り上げると、机に向かって振り下ろした。
机にはヒビが入り、壊れそうになっていた。
自分の拳を見つめ、そして深いため息を吐いて気持ちを落ち着けようとしていた。
「私は……、すでに人ではなくなってしまったのだな……。」
「先生……。」
近くに控えていた男性が、キシワダを心配して近づいてきた。
「すまんな、取り乱した。あぁ、申し訳ない。机が壊れてしまったようだ。新しくしてもらえるかな。」
「直ちに手配いたします。先生は少しお休みください。明日からまた忙しくなります。」
「そうさせてもらおう。」
キシワダは幾分落ち着いたのか、自室へ戻り休息を取りに行った。
残された男性は壊れた机を見て、驚いていた。
机は原型をとどめているのがやっとの様子だったからだ。
どれだけの力で叩けばこうなるのか……
もしこれが人へ向けられたらどうなるのか……
考えただけでも恐ろしくなってしまった。
「スキルの恩恵…。私には呪いにしか見えませんよ、先生……」
その男性のつぶやきが、きっとすべてを物語っているのかもしれない。
そして、時はさらにさかのぼること1年。
全てが始まった始まりの日の話である。




