155 【プロメテウス】の思惑
カツカツと早歩きを続ける谷浦の後を追いかけるカイリ達。
何処へ向かっているかも分からず、不安だけが募っていく。
「こっちへ。」
さらに招かれるように一つの扉をくぐる。
そこには魔方陣がびっしりと敷き詰められており、何か儀式の部屋である事は容易に想像できた。
「これは転移魔方陣。地上への一方通行だ。」
谷浦の説明に驚きを隠せない6人。
なぜそんなものがあるのか疑問がわいてくる。
「おっと、俺に聞かれても困るからね?俺はあくまでも案内人。地上に戻ったらお偉いさんに聞いて。俺も助けられた口だから。」
谷浦は頬をかきながら困ったような表情を浮かべていた。
それを見たカイリ達はこれ以上聞いても仕方がないと考え、魔方陣へと足を無身入れる。
徐々に光を増していく魔方陣。
谷浦も中に入ると、光が一層強くなり、目が開けていられなくなったのだった。
光が収まり、目が慣れるとそこは【富士の樹海ダンジョン】の入り口であった。
予定通り地上への帰還が果たされたのだった。
「ただいまなな姉ちゃん。」
「おかえり。皆も無事で何よりよ。」
出迎えてくれたのは谷浦の姉、虹花であった。
カイリは無事地上に出れたことに安堵し、虹花に抱き着いた。
そして思いっきり生きていることを実感したのだった。
「お戻りいただけたようで安心しました。」
そんなカイリたちに声をかけたのは内閣情報局局長の瀬戸であった。
カイリ達は一瞬にして戦闘態勢に移行した。
その行動に慌てたのが谷浦姉弟であった。
「ちょっと待って!!皆武器をしまって!!」
「谷浦さん!!止めないで!!」
カイリは今にも飛び掛かりそうな勢いで武器を構える。
その警戒の様子に苦笑いを浮かべながら瀬戸は話をつづけた。
「まずは誤解なきようにお伝えします。私は総理側の人間ではありません。そして脱出の手引きをしたのは私たちの仲間です。谷浦さんには事前に待機してもらい、私たちの仲間がうまくあなた方を誘導したと言う訳です。」
カイリはやっと違和感の正体に気が付いた。
どうして偶然にも谷浦に会う事が出来たのかという事だ。
「まさかあなた方が独自で動くとは思わず焦りました。カイリさんのいた部屋にもあの転移部屋に続く隠し通路が用意してあったのです。時間を見て脱出させようと思ったのですが……」
理由は簡単だ。
歩が暴走しただけであった。
このままここにいても埒が明かないと考えた歩が、スキルを駆使して團姉弟を救出。
そのままカレン・アスカとも合流。
最後はカイリだったという状況だ。
それを聞いた歩は、なにかバツの悪そうな表情を浮かべていた。
おとなしく待っていれば問題無く脱出できたのだ。
居心地が悪くなるのも当然であった。
「いったい何が起こっているんですか?あの場所はいったい……」
カイリは答えを探して瀬戸へと問いかける。
瀬戸はその問いかけに気が付き、カイリに近づいていく。
「あの場所はダンジョンの第100層。最深部です。そして岸和田内閣総理大臣……【魔王】の住まう場所です。ですので、あのような転移魔方陣が設置されているのです。」
「ではあの揺れは……」
さらに続けて質問をぶつけるカイリ。
そして告げられる瀬戸からの言葉に、カイリは言葉を失った。
自分が最も会いたい人物がまだあの奥にいるという事を知ったからである。
「私いかなきゃ!!」
「待つんだカイリちゃん!!」
ダンジョンの入り口に向かって走り始めるカイリ。
それを慌てて止めにかかる谷浦。
しかしカイリを一番最初に止めたのは瀬戸であった。
「え?」
「困りますよ……。あなたは贄なのですから。」
改めて神と名乗った【プロメテウス】は両手を高く掲げると一冊の本が姿を現した。
それは表装を豪華に彩られた、とてもきれいな本であった。
ゆっくりと【プロメテウス】の手の内に収まると、ひとりでに開きパラパラとめくられていった。
「素晴らしい!!あなたが綴った物語は実に素晴らしい!!これこそまさに英雄譚ではないですか!!これはこれは……何とも言えない……。実に素晴らしい!!」
【プロメテウス】の語る言葉が理解できないのか、ケントは訝しがりながら【プロメテウス】を睨み付ける。
「あなたには攻略の報酬をプレゼントします。一つは神へと至る道。もう一つはなんでも願いをかなえるというものです。素晴らしいでしょう?あなたも我らの友となるのです!!」
恍惚の表情を浮かべトリップを始める【プロメテウス】。
神とはいかに素晴らしく貴い存在であるかと滔々と語り始めた。
それは聞くに堪えないものでもあった。
曰く、すべての命は神の為にある。
曰く、世界は神の箱庭である。
曰く、神とは絶対である。
しかしケントは違和感を覚える。
岸和田が出合い頭に放ったひとこと……
『早速だが……。我らが為にその体を譲ってはくれないだろうか?』
つまり、【魔王】はケントの身体を欲していた。
神の依り代とするために。
では、今存在する【プロメテウス】の為なのだろうか?
しかし、【プロメテウス】は受肉していた。
ならば〝誰のための依り代〟なのだろうかと。
「おや?まだ決めかねていますか?おかしいですねぇ~~?これほど素晴らしい事なのに。あなたはただ私に願うだけでいいのですよ?ただただ神とならんことを。」
「その先にあるのは俺の消滅なんだろ?」
ケントの言葉に一瞬反応を示す【プロメテウス】。
ケントはその反応を見逃さなかった。
「つまり俺自身の存在は邪魔。欲しいのは俺の身体。お前の為じゃない。じゃあ誰の為。それはお前を操っている黒幕の為。違うか?」
……
…………
………………
沈黙がその場を支配していく。
先程まで薄ら笑いを浮かべていた【プロメテウス】の表情が崩れていく。
あたかもかぶっていた仮面が崩れ去る様に。
「なるほどなるほど……。あなたは本当に邪魔な存在だ。ならば次の手を打ちましょう。」
【プロメテウス】はそう言うと先程の本をパラリパラリとめくり始めた。
とある場所でその手を止めると、何かを書き足し始めた。
するとどうだろうか……
本は光始め、その光を徐々に強めていく。
直視するにはまぶしすぎたため、ケントはその本から目をそらす。
次第に弱まる光。
【プロメテウス】は手にした本を改めて読み返していた。
「これはこれで面白そうですね。我ながら素晴らしい。」
「何を言ってる……」
【プロメテウス】の行動が読めない事に苛立ちを隠せないケント。
その言葉の端々に殺気がこもり始める。
「あなたの物語を書き換えたまでですよ。せっかくのハッピーエンド。ただで終わらせてはもったいないでしょう?ならば更なる試練を与えるまでですよ?ほらごらんなさい。」
【プロメテウス】が指さすと、そこには何かの映像が浮かび上がる。
そしてそれを目にしたケントは更なる怒りを募らせていく。
そこに映し出された映像には、純白のドレスを身に纏いその胸を剣で貫かれたカイリの姿があったのだ。
そしてそれを行っていたのが瀬戸であった。
「どういうことだ!!」
怒りのあまり声を荒げるケント。
その態度に興味を抱く【プロメテウス】。
「簡単なことです。あなたの大事な者の死を物語に追加しただけです。あなたにとってはバッドエンドでしょうが……。世界にとっては些細なことです。あなたが攻略したことで、世界は人間の手に戻りました。そう、アナタだけがバッドエンドなのです。我ながら素晴らしい出来です!!」
そう語ると【プロメテウス】はニタニタと笑い始めた。
ケントは悟る。
この物語は初めからそうなることを仕組まれたものだと。
この世界は初めからそうなることを仕組まれたのもだと。
「この危機を脱する方法は一つですよ?あなたが神になるのです。そうすればあなたの願う世界に作り替える事が出来るのですからね。さぁ……、選択の時ですよ!!」
突きつけられた選択にケントは答えを出せずにいた……




