148 トラブルに愛されるケント
「くそ!!そろそろやばいぞ!!」
「うるさい!!黙って援護するの!!」
ケントはその声に聞き覚えがあった。
特に後から聞こえたヒステリックな声は、出来れば会いたくない人物の物だった。
「うぉりゃぁ~~~~!!」
大柄な男性が炎を纏った大剣を勢いよく振り下ろす。
地面にぶつかった瞬間、大爆発と共に激しい炎が周囲を焼いていく。
鎧らしい鎧を付けず、上半身はタンクトップ姿であった。
がっちりとした体躯の男性は、葬ったモンスターに目もくれずにかっと笑って見せていた。
笑顔から見える白い歯が何とも言えない空気を醸し出していた。
「よそ見は禁止だ。」
「アブねぇ~だろ!!」
大柄な男がとっさにしゃがみ込むと、その頭上を掠めるように細身の剣が幾度も通り過ぎていく。
大柄の男の後ろにはまだ息が有ったモンスターが襲い掛かってきていたのである。
突き刺されたモンスターは瞬時に冷凍され、氷像と化していった。
「うむ。周囲に敵影は見られなんだ。戦闘終了でござる。」
「うわ出た、佐助さん……名前が一緒だからって何もなり切らなくても。」
戦闘区域の外からゆらりと空間が歪むと、二人の男性が姿を現した。
佐助と呼ばれた男性は黒いシノビ装束を思わせる出で立ちで、〝ござる〟などという時代錯誤の言葉を使うほどなり切っているのである。
もう一人の男性はその様子をどこか冷めた視線で見つめていた。
「お帰り、佐藤さん。敵影は無いのか?」
「うむ、視界に入った妖は拙者が処断したでござる。」
佐藤と呼ばれたもう一人の男性は、自分が答えようとしたことを先に佐助が答えた事に苛立ちを覚えていた。
「佐助さん……。そろそろ一辺しばき倒していいかい?」
「拙者に勝てると思うなど片腹痛いわ!!」
いきなりいがみ合い始めた二人を見つめる男女は、そのやり取りに唖然としていたのだった。
ケントはその女性に見つかることを恐れてその場を立ち去ろうとした時だった。
「待つでござるよ、そこの御仁。逃げる必要はないでござる。」
ケントは相手に聞こえないレベルで舌打ちをしていた。
まさかこの距離で索敵されるとはと。
完全に油断していた証拠である。
ケントは両手を上にあげて、降参のポーズをとりながらスキルを解除していく。
その姿を見た男女は驚きを隠せなかった。
目ざとくその様子を見ていた。
「中村さん!?」
「中村剣斗!?」
声を上げたのは、元パーティーメンバーの弓術士の遠藤 武志と『難攻不落の城壁』のメンバー、梁井 明日香であった。
そして不用意にも二人はケントを見るなり、大声でその名前を呼んでしまった。
あまりの声の大きさに、佐藤と佐助は睨みを利かせる。
その視線にびくりと体をな寝させて慌てて自分の口をふさぐ二人であった。
「およ?なんだ、二人はこいつと知り合いか?」
大柄の男は大剣を背負いなおしながら、ケントに近づいてくる。
そして、何か品定めをするかの視線を向けると、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「上条さん……。『難攻不落の城壁』になる前にメンバーだった方です。」
上条と呼ばれた大柄の男は何か引っかかりを覚えたようで、それ以上は何も話さなかった。
上条の後ろについてきていた、男性もまた手にしていた細身の剣を腰の鞘にしまいながら近づいてくる。
「上条。あまり敵を作らないでくれ。後始末をする身にもなってほしいものだ。」
「んあ?別にいいだろ?俺たち「氷炎の双牙」に勝てる探索者なんていやしねぇ~だろ?なぁ、鍵崎さんよ?」
二人のやり取りを見ていたケントは、その二人の態度を素直に称賛していた。
口先だけでは無く、きちんと実力でそれを証明しているのだから。
「で、その〝追放された〟人物がここにいるんだ?使えなかったから追い出したんだろ?まぁ、お前らの見極めが甘かったって事だろうが……おしえてくれねぇか?」
やはりいまだにその視線には警戒の色が見えていた。
見渡した限りカイリ達はいなさそうだと思ったケントは、さっさとこの場所を立ち去りたかった。
そのため、面倒ではあるがサクサクと事情説明をして、物資を渡して先に進もうと考えたのである。
「ほう?俺たちに救難要請が出ていると?」
「そう言う事です。で、物資を預かって来てるんでそれ持ってさっさと脱出してください。俺はこのまだこのダンジョンで人探ししますんで。」
ケントはことさら面倒くさそうに答えると、インベントリから人数分の支援物資を取り出し、おいていく。
人数分の物資を出し終えると、ケントは上条たちに現状の説明を行った。
正直面倒くさいと思いつつも依頼であるから仕方なしという態度がありありと滲み出ていた。
「と言うわけで、物資を持ってこのまま離脱してください。地上で救護班も待機してますから。」
ケントはそう告げるとその場から立ち去ろうとした。
「お待ちなさい!!どうしてあなたが……中村 剣斗がここにいるんです!!貴方はレベルが上がらないはずでしょう!?なのにどうして……!!」
明日香はヒステリックに騒ぎ立てていた。
ここがダンジョン内であることも忘れるくらいに取り乱していた。
「少し黙れや嬢ちゃん……」
上条から発せられた威圧の乗った静止の言葉。
明日香はビクリと体を震わせると、自分が取り乱していた騒ぎ立てていた事にようやく気がついたのだった。
あまりの威圧にヨロヨロと後ずさる明日香を、遠藤が心配そうに支えていた。
「すまねぇ〜な。あんたらに何があったかは詮索しねぇ〜よ。それよりもソロでココまで来れた事の方がよっぽど重要だ。どんな手品使ったんだ?」
訝しむ様子でケントの表情を伺う上条。
ケントはそのやり取りすら煩わしく感じていた。
『主〜。この先に階段見つけたよぉ~。』
ケントと上条が対峙している中、緊張感を一気に霧散させるような声が聞こえてきた。
上条たちはその声に驚き、声の主を探し緊張の色を強めていく。
ポヨンポヨンというオノマトペが似合いそうな球体が跳ねながら近づいてきた。
「戦闘態勢!!」
剣崎がはすぐに我を取り戻し、声を上げる。
その声に反応をしてケント以外のメンバーが、戦闘態勢に移行した。
剣崎たちから発せられたプレッシャーは、常人であれは居竦む程のものであった。
「おかえり。早かったね。他の二人は?」
『周りのモンスターを倒してくるって。』
姿を表したのはラーである。
剣崎たちのプレッシャーなどどこ吹く風。
全く気にした様子は見られなかった。
その様子にプライドを刺激されたのは上条だった。
自身が放った殺気に全く怯む様子すら見せなかった。
そしてケントもまた怯む様子はなかった。
上条は自身の強さに自負があった。
並び立つ剣崎を除けば、超えるものなどこの世界にいないとまで思っていたのだ。
「じゃあそういう事で。」
ケントはそんな上条の思いを知ってから知らずか……
6人に別れを告げると、今度こそこの場を去ろうとした。
「ちょっと待て!!なんでモンスターなんか連れてやがる!!」
上条はケントを睨みつけながら、自身の大剣をラーに向けた。
あからさまな敵対行動である。
「返答次第ではそのモンスター共々討伐対象だ。」
低く腹に響き様な声で話し出す上条に、辟易とした態度で大きくため息をついた。
ラーはこんな状況でもノンビリとケントがインベントリから取り出したおやつを食べていた。
「つまりあんたらは俺の敵ってことでいいんだよな?」
明日香は後日こう語っていた。
彼とパーティーを組まなくて正解だった。
私達の判断は間違っていなかったと。
顔を青ざめさせて震えながら……




