147 切り裂く者とトラウマ
【炎天の剣】。
カイリとカレンが生み出した合成魔法。
これはケントと共に探索していた際に偶然発見したものだった。
それを二人が時間をかけて磨き上げた、強力な攻撃手段の一つである。
「二人とも気を付けて、まだしんでないよぉ~。」
現状を観察していたアスカが二人に声をかける。
アスカは龍之介のフォローの為に【回復魔法】を飛ばす。
黄色く輝く光の玉が龍之介に着弾すると、たちまち衝撃による痺れがその身体から消え去っていった。
龍之介は警戒を解くことはせず、すぐさまミノタウロスへ向けて盾を構えなおす。
由紀乃は手持無沙汰になった金属人形をすぐさま吹き飛んだミノタウロス目掛けて嗾ける。
瀕死の重傷を負ったミノタウロスは、最後の力を振り絞りもうひと吼え行った。
びりびりと衝撃波のように広がる咆哮は途中でその発生を止めたのだ。
喉元には黒く光る刀が一振り。
刀が抜き去られると、激しく血が噴き出していった。
「うん、なかなかの連携だね。これなら何とかなるかな?どう思う?」
今まで姿を消していた歩は、疲れた様子もなく刀の血振りをしながらカイリ達に近づいてきた。
カイリ達は戦闘終了の合図とともに、流れ出た汗をぬぐっていた。
「歩さん……。」
カイリは歩の強さに驚きをあらわにした。
その手際の良さにほかの面々も何が起こったか理解しがたい状況だった。
「ん?どうしたの?って、あぁ~。もしかして獲物取られた的な?」
メンバーの視線を感じ何か考え込んでいた歩は、ポンと手を叩き何か納得した表情をしていた。
「いえ、歩さんの戦闘能力の高さに驚いていたところです。」
「なるほどね。あたし一人だと1匹ずつしか相手できないんだよね。だから皆がああやってヘイトを稼いでくれると倒しやすくなるの。なんていうか適材適所?的な?」
歩は自身のあごに人差し指を当てなかが、小首をかしげていた。
何処からどう見てもあざとい仕草だが、誰も突っ込みを入れようとはしなかった。
そんな事よりも歩の強さに意識を完全に持っていかれていたのだ。
「そんな感じで、あたしはこういった戦術をメインとしているから、あまり気にしないでほしいかなぁ~って。君たちがいるからこうやって余裕で倒せるんだしね?と言う訳で、出口までよろしくね?」
明るい口調でそう言うと、歩はサクサクと先頭を歩いていく。
それにつられるようにメンバー全員が歩き始める。
これから始まるであろう、長い長い脱出劇に思いを馳せながら……
『ふんぬっ!!』
タクマはクレイジーエイプの腕をひっつかみ、力任せにぶん投げていた。
クレイジーエイプは体長2m弱のサル型モンスターだ。
その毛は下手な皮鎧など比ではないほど硬質で、なまくら刀では太刀打ちできないほどだ。
そして発達したその腕でから繰り出される打撃は、喰らえば超重量のトラックにはねとばされたと錯覚してもおかしくないほどの衝撃となって探索者たちを襲ってくる。
そしてクレイジーエイプがクレイジーである所以は……
傷を負おうが骨が折れようが戦闘をやめようとしない点だ。
タクマに何度も投げ飛ばされても、魔剣でその体を切り刻まれても、何度も立ち上がってくるのだ。
そしてダメージを負えば負うほど、恍惚とした表情を浮かべながら殴りかかってくる。
つまり、そう言う性格なのである。
お陰で探索者からはどMザルなどという称号を得るまでに嫌がられていた。
『なんだこのサルは!!えぇい!!やめんか!!』
さしものタクマでさえ、辟易とした表情を浮かべながら相手取っていた。
しかも時間をかければかけるほど、サルの数が増してくるのだ。
学者の間ではダメージを負うとそう言ったフェロモンを出して、仲間に知らせているのでは?とまで言われている。
そのせいもあってか、タクマが相手にしているのは既に4匹に増えていた。
『主よ!!さすがにこれはきついぞ!!何とかしてくれんか?!』
「すまない……。こっちもこっちでやば目なんだ!!」
ケントもまたクレイジーエイプ3匹を相手取って戦闘を行っていた。
本来であれば瞬殺してもおかしくないのだが、今回は敢えてスキルをすべて切った状態で戦闘を行っていた。
この先万が一スキル使用不可の罠があった場合を考えて訓練した方がいいというラーからのアドバイスであった。
ラー曰く、ラーのいた世界では魔王がこういった罠を好んで使っていたとのことだった。
他にも無酸素部屋や、モンスターハウスなど、意地の悪い罠は無限にあるとケントたちに語っていた。
『ケントさん。さすがに厳しくなってきましたって。魔道具は使っていいですよね?』
今にも泣きそうなほど声が震えている多田野。
それもそのはず、すでに多田野に襲い掛かってきているクレイジーエイプは6匹にまで増えていた。
それをすべていなしているのだから、多田野もかなりの力量となっているようだった。
『主~。そろそろ飽きたから終わろう。』
このモンスターがあふれかえっている戦闘空間においてラーはいたってマイペースであった。
特に攻撃される様子もなく、クレイジーエイプもどうしていいか困っている様子だった。
本来クレイジーエイプの討伐方法は、一撃必殺。
または戦闘しないという事だ。
だが修行だとタクマがちょっかいを出したものだから、今現在のカオスな状況を生み出していた。
それからさらに戦闘時間がかかり、すでにクレイジーエイプの数は30匹近くまでに上っていた。
どれも恍惚とした表情を浮かべ、良く分からない声で鳴いていた。
その鳴き声もどこか嬉しそうに聞こえてくるのだから、ケントはほとほと嫌になってきていた。
「うん、よし。皆終わろう……」
ついにケントも我慢の限界を超え、スキルを開放した。
戦闘能力は一気に跳ね上がり、先ほどまで苦戦していたクレイジーエイプが徐々に切り刻まれていく。
斬り殺される仲間を見てますます歓喜の声を上げるクレイジーエイプ。
ここまで深い業である事を考えると、クレイジーエイプの親玉はもっとやばいんだろうなと、無駄に考えてしまったケントであった。
ほどなくして、30を超えていたクレイジーエイプの全てが地面に倒れこんでいた。
息している個体は無く、立っているのはケントたちだけであった。
『これはさすがにまずいな。精神的に疲れたぞ。』
タクマが珍しく肩で息をしていた。
しかしその身体には無数の赤い斑点が……
ケントがちらりとその体に視線を送ると、タクマはげんなりとした声で恨み節を垂れ流す。
ケントや多田野はイージスを。
ラーはラー自身が防御系のスライムであったがためにその被害に遭わずに済んだのである。
「どんまい……」
ケントはタクマにかけるべき言葉が見つからなかった。
それほどまでにクレイジーエイプの猛攻がすさまじかったのだった。
気を取り直したタクマと共に、ケントは先へと進んでいく。
現在は第53層。
あれから二日が経ってこの位置であるという事は、刻々とタイムリミットが迫っているという事だ。
しかも攻略に要する時間が長くなっている。
焦るケントをよそに、ラーはマイペースに歩を進めていくのだった。
ケントたちがさらに進行すると、ダンジョンの先から戦闘音が聞こえてきた。
爆発音を伴う戦闘音を聞き、ケントははやる気持ちを抑えその距離を詰めていく。
そこで目にしたものは……




