144 パーティー編成
「ここは……」
カイリが目を覚ますと、目の前に広がるのは小部屋の様な場所だった。
辺りを見回すと、恐らくダンジョンであろうことは想像できた。
掘りだしたような岩壁とその先には一つの扉。
さらに良く見回すと、数人の姿を確認できた。
暗さに目が慣れてきたのか、その人数も確認できた。
この部屋にいるのは6人。
しかし、そのシルエットには見覚えが無い者もいたのだった。
「いったぁ~い。いったい何なのよ!!」
カイリの視界には身体を起こすなり何かに当たり散らしている人物も目についた。
「姉さん無事か?」
「大丈夫よ。」
その近くにはおそらく兄弟と思しき人物も確認できた。
カイリ達パーティーメンバーでは無い事が確定した瞬間だった。
「カイリちゃん?」
カイリの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
カイリは一瞬どきりと心臓が飛び跳ねる思いだった。
恐る恐る振り返ると、そこにはカレンとアスカの姿があったのだ。
安心したことで一瞬気を抜きそうになるカイリ。
しかしここがダンジョンであることを思い出し、気を引き締めなおした。
「アスカちゃん、カレンちゃん無事でよかった。谷浦さんたちは?」
「見てない……」
カイリからの質問に申し訳なさそうに答えたカレン。
アスカも首を横に振っていたので、見つからなかったようだ。
カイリは意識がはっきりしてきたおかげで、カレンたちと会えた事への安心感と、ここが何処か分からない不安感で押しつぶされそうになってきていた。
そして不意に声が漏れた。
「ケントさん……助けて……」
本人は意識していたわけでは無かった。
しかしそれが偽らざる願いであった。
あの日のように。
あのホブゴブリンの集落の時のように……
しかし、思わぬところから声がかけられた。
「すみません。今ケントさんと言いましたか?」
「あ、え、えっと。」
突然の声掛けに驚きを隠せないカイリ。
その前には二人の男女が立っていた。
年の候は谷浦姉弟より若干若い感じがしていた。
カイリはあまりピンときていなかったが、明かりに照らされた二人の顔を見てカレンが声を上げる。
「もしかして『難攻不落』の團姉弟ですか?!」
「はい、私たちの事で間違いないかと。あなた方は?」
由紀乃はカレンからの質問に答えると、カレンたちの素性を確認していく。
「赤羽根 花怜です。魔法職で風属性の+-を使います。」
「鈴木 海莉といいます。火属性とっち属性の+持ちです。最近地殻魔法を習得したところです。」
「街田 明日架ですぅ~。よろしくお願いします~。回復職ですよぉ~。」
相手が先輩冒険者であることを考えて自分たちから名のったカイリ。
「私はAランクパーティー『難攻不落』の團 由貴乃よ。魔法職ですが、スキル【マリオネット】を使って前衛もこなします。こっちが弟の龍之介。前衛盾役よ。」
由紀乃が自己紹介の後、龍之介を紹介した。
龍之介は由貴乃からの紹介に応え、軽く会釈を行った。
しかし警戒をやめているわけでは無く、周囲にその探索の気配を張り巡らせていた。
すると、先ほど起き上がると同時に、何かに怒りをぶつけていた人物がカイリたちの前に姿を現した。
身長がそれなりに高く、おそらく170cmは超えているとカイリは感じていた。
カイリからすれば見上げる身長差だ。
「ごめんね話し中。確か團さんでしたよね?テレビとかでよく見かける。こうして話すのは初めてですね……。って話し方堅っ苦しいね。ごめん崩させてもらうよ。あたしは歩。多田野 歩。こんな時だから情報交換したいんだけどいいかな?」
短い髪の後頭部をガシガシとかきながら話しかけてきた。
がさつさを思わせる行動だったが、その姿はまるでそうは思えない。
きちんと整えられた髪の毛。
装備品の手入れも行き届いている。
カイリも歩を警戒する理由が存在しなかった。
「えぇ、こちらとしてもありがたいわ。仲間とはぐれてしまってどうしたらいいのか困っていたのよ。」
「じゃあ、決まりだね。あなたたちもいいかな?」
代表して答えた由貴乃。
歩は念のためなのか、カイリたちにも了承を得るために問いかけてきた。
「はい、私としても助かります。私たちも仲間とはぐれてしまったので。」
「そう、みんな一緒なんだね。了解。じゃあ、あたしからの情報提供ね。」
歩はそう言うと、自分の知り得る情報を開示し始めた。
ここは【富士の樹海ダンジョン】で間違いない事。
恐らくランダム転移のトラップを誰かが発動させてしまった事。
はぐれた仲間がこのダンジョンにいるか分からない事。
探索系のスキルを発動させたが、この部屋の外にはモンスターがうじゃうじゃいる事。
ここが安全地帯に設定されている可能性が高い事。
端末系の電波は完全に届かない事。
最後の言葉に慌てた面々は各自の端末を起動させる。
普通であればつながるはずの救援信号も全く機能していなかった。
孤立無援状態になってしまったのだ。
自分たちが持ち寄った情報を整理したカイリたち面々は、臨時のパーティーを組むことにした。
前衛を龍之介が。
中衛を由紀乃が。
後衛をカイリとカレン。
最後衛にアスカ。
遊撃には歩が付くことになる。
歩には斥候として警戒を頼むこととなった。
歩としては普段と変わりがないので問題無いと胸を張って答えていた。
そう言えばと、由紀乃は彼女たちに話を聞くことにした。
聞く話聞く話、どこかで聞いたことのあるような内容。
そして、〝ケント〟という名前。
由紀乃がその答えにたどり着くのは難しくはなかった。
「カイリさん。もしかしてですが、〝中村 剣斗〟という30代男性に聞き覚えがありませんか?」
「え?どうしてその名前を?」
突如として湧いてきた今会いたい人の名前。
その問いにカイリは疑問を抱くこととなった。
カイリ自身が呟いたのは〝ケントさん〟という名前のみ。
なのになぜ苗字まで分かったのかと……
「まったくもって頭の痛い話だ……」
深く椅子に腰掛けた佐々木は額に手をやり、体育館の高い天井を見上げていた。
一ノ瀬や南川も同じような表情を浮かべている。
それほどまでにタクマからもたらされた情報は衝撃的だったのだ。
〝モンスター〟と呼ばれている【生物】は、全て別世界から連れてこられた別次元の住人であるという事実。
そしてそれを行っている自称神の目的は……
〝自称神の主神の依り代〟の選定。
つまり、今この世界はその苗床に過ぎないという事だった。
そして一番その最前線を行っているのが、実はケントだという事実。
ケントはタクマに促されるように自身のステータスを3人に開示した。
そこには確かに人を辞めた痕跡が記されていた。
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基本情報
氏名 :中村 剣斗
年齢 :36歳
職業 :探索者B
称号 :神へと至るもの
種族 :亜神
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「中村さん……。」
一ノ瀬はそのステータスを見てショックを受けていた。
ついこの前まで自分の指導下にあった青年が、渦中の人物に変わっていたのだから、驚かない方が不思議だ。
「一ノ瀬君。これはどう判断したらよいのだろうな。おそらく彼がこの【富士の樹海ダンジョン】を踏破した場合、〝神〟へ至る可能性が高いだろうね。」
「おそらく……」
一ノ瀬も佐々木の考えに賛成のようだった。
だからこそ反対の意見が出てこなかったのだ。
重苦しい沈黙の時間が続いていく。
『何を悩むのだ?我が主は既に神への階段を上り始めておる。主等が悩んだとてもう後戻りは出来んであろう?ならば悩むだけ無駄ではないのか?』
一番の爆弾をぶん投げたタクマは、何事も無かったかのように発言をしていた。
はたから見ていた多田野は、タクマに白い視線を浴びせるもタクマはどこ吹く風とばかりに気にした様子はなかった。
「まあ、俺が【富士の樹海ダンジョン】に入るのは今さらですよ?中でカイリたちが待ってますから。」
ケントの考えは変わることは無かった。
今もダンジョンに取り残されたカイリを今すぐにでも救援に向かいたい気持ちでいっぱいだったのだ。
「よし分かった。条件付きながら特例でダンジョン探索許可を出そう。その代わりと言っては何だが、くれぐれも無茶だけはしないでほしい。」
佐々木の切なる願いをケントは聞き流し、気持ちは既にカイリたちの探索に向かっていた。
今一度一ノ瀬は頭を抱えたのだった。




