143 会談の再開
「大方お話は伺っています。加賀谷さんの誘いを断ったそうで……」
部屋に入るなり遮音傍聴の魔道具を稼働させた一ノ瀬は、本題に入った。
その表情には焦りの様なものも見え隠れしていた。
「そうですね。【鑑定】で【魔王】軍であることが分かりましたから。そちらに着くつもりは有りませんよ。」
「それを聞いて安心しました。」
一ノ瀬は心底安心した表情を浮かべた。
しかし焦りの色はいまだ色濃く出ていた。
ソファーに深く腰を下ろしていた一ノ瀬は、深いため息のあとにケントに現状の説明を始めた。
そしてその説明の中には〝Aランクパーティーランダム転移事件〟ももちろん含まれていた。
「それは本当ですか?」
「はい、カイリさんたちに付けていた私の部下から聞いたので間違いないかと……」
ガン!!
突如部屋に響き渡る机を叩く音。
ケントは自制が効かなくなったのか、一ノ瀬に見せた事の無い怒りの表情がありありと見える。
握られた拳からは赤い血が流れ、痛みすら忘れるほどの怒りがケントを支配していた。
「落ち着いてください。」
「すみません。」
一ノ瀬がケントの精神をスキルで落ち着かせると、我に返ったケントは一ノ瀬に謝罪の言葉を述べた。
「取り敢えず、慎重派は押さえましたのでダンジョンには問題無く入れます。許可証を発行しますので自由に入ってください。止めたとて行ってしまうのでしょう?」
「すみません。」
一ノ瀬の計らいにケントは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
一ノ瀬としてもケントに死なれては困るが、手綱が付いていない事もまた困ってしまう。
ならば協力関係で手綱を握った方がまだましだという打算も含まれていた。
しかし一番の理由は物資の提供だった。
正直なところ、ほとんどの物資を慎重派に持ち出されてしまい攻略に支障をきたしていたからだ。
「そうだ一ノ瀬さん。おそらく聞いているとは思いますが、俺の仲間を紹介します。【召喚・多田野】【召喚・タクマ】【召喚・ラー】。」
ケントがスキルを発動すると、部屋の中に巨大なモンスターと、自衛官と、スライムが姿を現した。
「もしや、君は……。たしか神宮寺准尉の部下の多田野三曹だったかな?これはどういう事なんだ?その前にモンスターが2匹……」
一ノ瀬は目の前の事態が飲み込めなかった。
突如目の前に部屋に入りきらない為か体を縮こまらせた一つ目のモンスターと、スライムと思しきモンスター。
挙句に自分の部下の部下が合わられたのだから、致し方ない。
ケントはタクマとラーを紹介した。
経緯や現状も含めて。
そしてタクマからもたらされた情報に一ノ瀬は天を仰ぐこととなった。
「私の嫌な予感もばかには出来ませんね……。」
そう言うと、一ノ瀬はスマホを取り出すとどこかに連絡を取り始めた。
しばらく電話を続けると、何か指示があったのかすぐに行動に移したのだった。
「すまない中村さん。私と一緒に来ていただけませんか?合わせたい人がいます。」
「わかりました。タクマたちはどうします?」
「その場所で再召喚をお願いします。」
ケントはタクマたちに事情を説明すると全員【送還】し、部屋を後にしたのだった。
基地内をしばらく歩くと、体育館と思しき建物に到着した。
恐らくタクマに気を使ってくれたのだとケントは感じていた。
コンコンコン
「一ノ瀬一等陸尉入ります!!」
「入れ!!」
中から威厳を伴う、渋めの声が聞こえてきた。
その声に若干の緊張をしている一ノ瀬だった。
『ケントさん……この先にいる人はおそらく大物です。』
多田野は声の主が誰だかわかったようで、多田野からも緊張感が伝わってきていた。
二人が仲に入ると、数名の自衛官が体育館中央の椅子に腰を下ろしていた。
一人は恰幅が良く何か胡散臭さを身にまとった、本当に自衛官なのか不思議に難じてしまう男性。
もう一人は細身で、片手にはバインダーを持ち何かを見定めようとする鋭い視線をケントへ投げかけていた。
最後の一人。
その男性は出会っただけでただ物ではないと感じさせるオーラを身にまとっていた。
その体躯は大地にどしりと鎮座する岩のようで、何事にも動じないという雰囲気を醸し出していた。
「よく来てくれました。私はこの基地の事務方を担当している、南川と申します。」
そう言ってケントへ手を差し伸べてきたのは、細身の男性だった。
ケントは既に【鑑定】を終え、彼が敵では無い事を確認していた。
そのため躊躇いなくその手を握り返していた。
「ふん、何を媚び諂うものか。こやつとて一介の探索者なんだろ?だったら普通に扱うべきじゃないのかね?」
椅子にふんぞり返った恰幅の良い男性が、嫌味を含めながらケントにではなく、南川へ話を振っていた。
あくまでもケントの存在を邪魔にしか思っていない、そんな態度だった。
「向田一佐、我々は彼から多大な援助を受けています。敬意を払うのは当然の事です。」
「ふん。」
南川からの苦言に耳を傾けることなくそっぽを向く向田。
ケントは向田と仲良くするつもりはなかった。
それはやはり【鑑定】結果が原因だった。
彼が【魔王】軍のスパイであることが一目瞭然だったからだ。
それにしてもケントは不思議に思わざるを得なかった。
なぜこうもスパイが紛れ込めたのかと。
【鑑定】すればすぐにわかってしまう。
なのに今ここにスパイがいる。
そのことが疑問でならなかった。
ケントはそっと一ノ瀬にそのことを伝えると、一ノ瀬も驚きを隠せなかった。
「どうかしたかね?」
最後に発現したのは見るからに立場のある人間だと分かる男性だった。
「申し訳ありません、佐々木陸将補!!」
一ノ瀬は緊張の為か若干上ずった声で返答をしていた。
そしてケントからの情報を伝えるか否か迷っていたのだ。
「あ、すいません。この人外してもらえますか?」
ケントはめんどくさいとばかりに、直ぐに本題に入った。
それは向田を指さして邪魔だと言わんばかりだった。
「貴様!!何を言い出すか!!だからこいつらは信用できないと言っているんだ!!」
ケントの態度に激高した向田は、椅子から立ち上がると携帯していた魔道具を取り出した。
それは多田野が愛用しているオルトロスのように完成されたものではなく、三流品とでも思えるような拳銃型の魔道具だった。
「何をしているんです、向田一佐!!」
南川が慌てて声をかけるも、向田はその引き金を引こうとトリガーに指をかけ狙いを定める。
しかしケントはどこ吹く風。
驚く様子も、慌てる様子も全くなかったのだった。
その態度にさらに怒りを募らせ、ついにそのトリガーを引いてしまったのだ。
キン
金属音が鳴ると、ケントの周りを魔道具が浮遊していた。
イージスを既に起動していたのだ。
床には向田が撃ったであろう金属弾が転がっていた。
「一ノ瀬さん、これはどういうことですか?問答無用で殺しに来るのが自衛隊のやり方ですか?」
ケントは一言一言に殺気を載せて、一ノ瀬に問いかける。
その殺気を当てられた向田は、今にも腰が砕けそうになるも、何とか耐えていたことは自衛官としての教示だったのかもしれな。
「やめんか!!」
突如響き渡る、覇気を乗せた声。
ケントを除く全員が一瞬にして反応してしまっていた。
「申し訳ない。私の部下が失礼した。向田一佐、君は席を外しなさい。」
「しかし!!」
向田は食い下がるも、自分の意見が通らないとみるや否や苦虫を噛み殺したかのような顔で、その場を去っていったのだった。
「改めて部下の行為を謝罪したい。」
「謝罪を受け入れます。」
ケントはわざと挑発していたので、佐々木の謝罪は別に必要としていなかった。
しかし佐々木は分かっていても律儀に謝意を表明した。
これによってお互いの目的は達せられたと言っても過言では無かった。
ケントは向田の排除。
佐々木はケントからの信頼。
それが互いにわかっていてのある意味三文芝居でもあったのだ。
「南川君。魔道具の起動を。」
「はっ!!」
南川は用意していた遮音傍聴の魔道具を起動させる。
それは部屋用ではなく広い空間を覆うように形成される大型の物であった。
「これで邪魔は入らないだろう。一ノ瀬君もらくにしてくれ。南川もだ。」
佐々木の言葉を聞いた一ノ瀬や南川は先程までの自衛隊然とした態度を、直ぐに崩してしまう。
「陸将補、さすがにあの三文芝居は無いですよ。」
「そうです、もう少し演技を覚えてください。」
二人からの非難に佐々木は憮然とした態度を示していた。
そのやり取りからケントはこのメンバーがかなり親密な関係にある事を感じていた。
南川が用意した椅子に全員で腰かけると、すぐさま本題に入ることになった。
一ノ瀬から依頼を受けたケントは、またも【召喚】を発動させる。
今度は天井が高かったので、タクマは身をかがめる必要は特になかった。
そしてやはり自衛官の多田野の登場に二人は驚きを隠せずにいた。
タクマとラーの事情を含め、これまでのいきさつを説明していく。
その中には一ノ瀬も佐々木も南川も聞かされていない情報がいくつも存在していた。
そして三人はまたも頭を抱える事となったのだった。




