132 欺瞞
「言わないとダメですか?」
ケントは出来る事なら隠したいと思っていた。
面倒事は勘弁してほしいというのが本音だ。
しかし、加賀谷も自衛隊員としてというよりは【神の権能】の保有者として聞かざる得ないという状況だった。
「むろん秘密は約束しよう。」
「なるほど……わかりました。」
ケントはピクリと一瞬訝しがる表情を浮かべると、観念したのか、おもむろに席を立った。
「スキル【召喚】」
ケントの言葉と共に2つの影が姿を顕わした。
むろん多田野とタクマだ。
タクマはそのままではいられないようで、直ぐに座り込んだ。
それでも天幕のぎりぎりの高さだったので、外から見える影が異常事態が発生していると、外部に伝えているも同然だった。
「隊長!!いかがなさいましたか!?」
外から加賀谷の部下が声をかける。
その声は焦りを帯びており、今すぐにでも入ってこようとしているのが良く分かった。
「待て!!大丈夫だ!!そのまま警備を続けてくれ!!」
加賀谷も焦ったように部下に指示を出していた。
さすがの加賀谷もタクマには驚きを隠せなかったようだ。
その頬には汗が垂れていたのだから。
『加賀谷一等陸尉……このような姿で申し訳ありません。』
姿を現した多田野はすぐに加賀谷の元へ行き、びしっとした敬礼を決めていた。
ケントはその姿を見て、そこには申し訳なさと、恐れが混在しているように思えていた。
「待ちたまえ。君は既にこの世界にいない存在だ。つまり私と君には上下関係は存在していない。そこまでかしこまる必要はないよ。」
『はっ!!』
長年しみ込んだものはすぐさま抜けるはずもなく、多田野は気を付けの姿勢のまま微動だにしなかったのだった。
それを見た加賀谷は少し困ったような表情を見せるも、今は何を言っても無駄だと悟り、自衛官風に返していた。
「直れ!!では多田野三等陸曹、現状報告を。」
『はっ!!先程まで我々は通称【ゴブリンダンジョン】に潜入。全階層攻略を完了。最終ボス部屋を攻略後、最下層ダンジョンコアルームを制圧。【ゴブリンダンジョン】の踏破を完了しました!!』
「うむ、ご苦労!!」
『はっ!!』
そんな二人のやり取りを見ていたケントは、多田野が本当に自衛隊だったんだなと思い返していた。
多田野と相対していた加賀谷や、ケントに補足説明を求めた。
ただ攻略してきたと言う訳ではないというのは現状を考えればすぐわかることだからだ。
「で、この状況になったことを教えてくれないか。」
「なんて言っていいんでしょうか……。第30層ボスがタクマで、タクマと相対した時にタケシ君が暴走。力に飲まれたって言った方がいいんでしょうか、ほぼ自滅した感じです。死にゆく命を俺が回収したというところでしょうか。タクマは……自分から進んでそうなりましたね。」
ケントの話を聞いていた加賀谷は、話の途中から頭を抱えていた。
内容が伝わらなかったわけではない。
その内容が理解できなかった。
そんな感じだ。
「すまないケント君。今そこにいる大男がボスだったという事で良いのか?」
「そうですね。そしてこの存在こそが、おそらく政府が隠したい存在そのものでもあります。いや、政府ではないですね。内閣……総理大臣がですが。」
加賀谷は既に総理大臣自体が【魔王】であることを知っている。
日本人の中でもわずかにしか知られていない事実。
「こっから先は簡単に説明しますね。命を落とした二人を俺のスキルで魂をいじって【召喚獣】にしました。そして【スキルクリエイター】でスキルを作って今に至るって事です。」
ケントからは細かい説明は面倒だというのがありありと伝わってきた。
加賀谷としても詳しく聞きたくないという気持ちでいっぱいだった。
しかし、タクマの存在については聞かなくてはならない立場にいる加賀谷は、気持ちを奮い起こしタクマについて質問を重ねた。
「今後ろにいる第30層階層主……タクマと言ったか。なぜそれが【召喚獣】になったんだ?そもそも、私には意味が分からんのだが……」
ケントはそれはそうだろうと感じていた。
なぜならば大事な部分は一切話していないからだ。
これについてはタクマと事前にすり合わせを行い、敢えて話す必要はないだろうという結論に達したのだ。
『ふむ、それについては吾から話そうぞ。簡単だ。ダンジョン内が退屈だったからの。稀にしか来ない人間種と遊ぶよりも外に出たいと思うのが当然ではないかの?』
タクマの言い分はもっともだと加賀谷は感じてしまった。
感じてしまったからこそこれ以上聞くことが出来なくなってしまったんのだ。
恐らくこれ以上聞いても情報は出てこないと感じた加賀谷は、標的を多田野へ切り替えようとした……が、それは叶わなかった。
既に多田野はケントの中に戻ってしまっていたのだ。
加賀谷は聞く相手も失い、これ以上は無駄だと悟ったのだった。
「わかった……これ以上は詮索はしない。しかしだ、私たちは君の味方だ。これだけは覚えておいてくれ。」
「わかってますよ。それと加賀谷さん……。俺はあなたを信用しない。理由は言いませんが、もっとレベルを上げるべきです。では俺はこれで失礼しますね。」
ケントは一方的に話を打ち切ると、その場を後にしたのだった。
天幕に残された加賀谷や、自身のミスに気が付き苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていた。
ケントがなぜ加賀谷を切ったのか……
それはケントが加賀谷を鑑定したからに他ならない。
レベルが上がる前であれば加賀谷のスキル【欺瞞】が機能しており、ケントはその情報を信用していた。
つまり、一ノ瀬の仲間内だと言いう事を。
しかし蓋を開けてみた場合は違っていた。
一ノ瀬の敵側……つまりは【魔王】側の人間だったのだ。
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基本情報
氏名 :加賀谷 邦武
年齢 :ーーー
職業 :陸上自衛隊 東部方面隊 一等陸尉 【魔王軍 諜報部】
称号 :話術士
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当初見た時の職業は、自衛隊のみだった。
しかし、今回鑑定して見えたのが【魔王軍 諜報部】。
これを信用しろと言われて、ハイそうですかと信用するほどケントはお花畑ではなかった。
「さて、これからどうなる事やら……。自衛隊内もかなりごたごたしてそうだよな。大丈夫かな一ノ瀬さん。」
そんなことを独り言ちるケント。
一人天幕を出たケントは、その足で多田野の車に向かった。
しかしそこには車は無く、止まっていた形跡すらなかった。
恐らくだが、多田野が消滅したおかげで、そこにかかわったこと全てが遡及効果で改ざんされている可能性が高かった。
駐車場で一人項垂れるケントは、諦めて歩いて戻ることにしたのだった。
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「くそ!!せっかくの情報が!!おい誰か!!」
「はっ!!」
荒れに荒れる加賀谷。
今回も難しくない任務だと考えていた。
ケントから得た情報を情報部に伝える事を任務としていた。
そしてそこから得た情報は、今後の【魔王軍】の行動指針ともなる予定だったのだ。
既に【魔王】は【神の権能】の保有者の当りをつけていた。
そしてそれとなく保有者には監視をつけているのだ。
カイリたちにそういった者が付かなかったのはひとえに一ノ瀬のおかげだ。
一ノ瀬が先んじて自分の信頼のおける部下をカイリたちにつける事によって、【魔王】からの妨害を阻止した形だ。
「富士駐屯地へ連絡。ひなが巣立った。」
「復唱します!!ひなが巣立った!!」
「よし!!」
指示を受けた自衛官は、一目散に通信室へ急いだ。
上司より受けた指示を実行するために。
「そういえば彼に名乗り忘れていたな……私は【慈悲】であると……。さて、私も行動に移ろうではないか。」
先程まで浮かべていた焦りは消えており、今は涼やかな表情を浮かべる加賀谷。
それは加賀谷の表情だったのか、それとも……




