130 裏切られてもなお……
『何とも不憫な男よな。』
タクマの言葉にケントは確信した。
タクマもまた【神の権能】の所持者であると。
「覚えているんだね?」
『気づいたか……』
「そりゃね。」
短い二人のやり取り。
しかし答え合わせには十分すぎるものだった。
「で、タクマはどっちの見方?」
『吾か……。吾は己の試練を超えられればそれでよい。ただそれだけだ。』
「なんともまぁ、根っからの武人だな。」
この戦いが始まるまでの間、一緒にいた仲間がいない。
多田野と行動を共にしていた時に、いつかはこうなるだろうと覚悟はしていた。
だからこそケントは口酸っぱく多田野に忠告を与えていた。
〝力に飲み込まれるな〟と……
だが、最後までその言葉は多田野には届かなかった。
それがケントの後悔となっていた。
『だが二つ疑問が残る。なぜ、お主は死ななんだ?なぜ、あ奴を取り込んだ?』
ケントはその二つの質問に答えるか否か迷っていた。
嘘を言っても問題は無かった。
しかし、嘘を言う必要も無かった。
「そうだな……。一つは装備品のおかげ。もう一つはスキルの進化ってところだな。」
『そうか。』
あれほどまでに饒舌に語り合っていた先程とは打って変わって、多くの言葉を語らなかった。
そしてケントが死から生還した理由。
それはもう一つのセット効果【残存】のおかげだ。
本来であれば、パーティーの全滅を回避する為の効果にしか過ぎなかった。
しかしケントは自身のスキルによってそれを書き換えていた。
使用されたスキルはスキル【スキルカスタマイズ】。
スキルの内容を自在に書き換えることが出来るスキルである。
これもまたケントに与えられた【神の権能】……【情報改編】の力によるものだ。
ケントが本質を理解してからの力の使い方はかなり変化していた。
【残存】の内容を【情報改編】し、十日で一つ【残魂】……つまり命のストックを出来るようにしたのだ。
最初は一日で一つを希望していたが、それはコスト上かなわなかった。
ギリギリ妥協点が十日だったのだ。
そしてもう一つのスキルにも変化が訪れた。
それが【レベルドレイン】。
スキル【スキルカスタマイズ】と【スキルコンバート】が信頼を起点としていたのに対し、【レベルドレイン】は裏切りを起点としていたのだった。
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レベルドレイン:対象の任意のレベルを抜き取ることができる。※対象のレベルが0になった場合、対象は消滅。吸収効率100%。対象の生命情報を吸収し自身のものと統合することが出来る。また、取捨選択は任意。SP:200。
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スキルが進化したことによりレベルがなくなり、その者の全てを吸収出来るようになったのだ。
そして失われようとしていた多田野の生命情報をもらい受けたというわけだった。
ケントは自身がすでに人ではないと確信していた。
人として生きてはいけないだろうと。
自分自身こそが〝怪物〟ではないのだろうかと。
『なるほどなるほど。これは面白い……。そうかそうか。そういう事か……』
「どうした?」
何か思い当たることでもあったのか、タクマはしきりに何かをつぶやいていた。
それはケントに聞き取れる言葉ではなく、全く理解できなかった。
「で、どうするんだ?俺としてはタクマを倒して先に進みたいんだけど。」
『……ケントよ。吾を取り込め。』
突然の申し出にケントは混乱していた。
今まさにどうやって倒そうか考えていたのだから。
ケントのスキル群には多田野のスキルも再編されている。
お陰で多田野が使っていたスキル【魔銃作成】やスキル【魔弾作成】も使えいるようになっている。
魔道具に至っても同様だ。
だからこそどうして倒すか迷ってしまっていたのだ。
『そう混乱するでない。ただ、興味が湧いたのだ。お主がこの先で何をなすのか。それにな、今のお主に勝てる道筋が全く見えん。ならば楽に逝くのもまた一つだろうて。』
ケントは何とも言えない気分になっていた。
今までかつて、こんなに潔い負けを見たことが無かったからだ。
世界が改変され殺伐としてからというもの、誰しもが生に執着するようになっていた。
何が何でも生き延びる。
ただそれだけで人類はここまでやってきたのだ。
そんな中でのタクマの言葉に、己の耳を疑うのは致し方ない事だろう。
「良いのか?」
『一思いにやってくれ。』
ケントはタクマの思いを受け取り、スキルを発動する。
そしてあとに残されたのはボス部屋の静寂だけだった。
それからケントはさらに先に進んでいた。
タクマとの一戦の後に降り立ったフロアは、今までの様な草原や洞窟ではなかった。
禍々しい空気を纏った薄暗い墓地だったのだ。
それから先全てアンデットで構成されていた。
ただし、すべてゴブリン系の……
何処まで行ってもゴブリンのダンジョンだった。
第40層にはリッチが陣取っていた。
しかしこれもまたゴブリン種であり、大幅に強化されたケントにとっては大した旨味の有る戦いとはならなかった。
上空に浮く煉獄。
周囲を守るイージス。
そして縦横無尽に駆け回るオルトロス。
さらには激しい衝突音と共に巻き上がる土煙。
その土煙が消えるころにはボスベアに大きな窪みが出来ていた。
『いや~、さすがにやりすぎたな。』
『ほんとなんでこんなことになったんだか……』
晴れる土煙の中から、二人の人物が姿を現した。
一人は体長4mを超える大男。
その手にはバロンからドロップした魔法剣【烈火】もどきが握られていた。
筋骨隆々なその男は腰鎧をつけてはいるが、上半身裸でニカリと笑った口元は楽しそうに歪んでいた。
もう一人の手にはオルトロスが握られており、周囲にはイージスが飛び回っていた。
その人物が合図をすると、宙に浮いていた煉獄はその人物の手に収まり消えていった。
「お疲れ様二人とも。なかなかの連携だったね?」
ケントは現れた二人に声をかける。
その言葉に二人は顔を見合わせると、フンとでも言いそうに顔を背けあった。
それを見たケントは、またも苦笑いを浮かべていた。
『ケントよ。吾はいいとして、なぜこ奴も【召喚】したのだ?』
『あぁ~~~!!それはこっちのセリフだっつうの!!ケントさん、こんな単細胞はすぐに消してください!!』
「タクマもタケシ君も仲良くしようよ。二人ともなかなか息が合ってたぞ?」
そう、今ケントの目の前にいる人物は【レベルドレイン】で吸収されたはずの多田野とタクマであった。
ケントは二人を吸収してから考えていた。
【スキルクリエイター】で何とかならなかと。
二人の魂は今自分の中にある。
ならば呼び出すことはできないのだろうかと。
そして創り上げたのが【召喚】であった。
必要なレベルは100。
多田野とタクマを吸収したケントは、既にレベルが400に到達していた。
そのため全く惜しいとは思わなかったのだ。
そして【召喚】はスキルレベル10毎に1体の召喚獣を呼び出せるというものだった。
そこでケントは【神の権能】の【情報改編】をもとに、自身の中にある多田野とタクマの魂の情報を少しだけ書き換えたのだ。
そして生みだされたのが召喚獣【多田野武】と【タクマ・モリサキ】である。
さすがにここまでくると、ケントも「ご都合主義が過ぎるよな」と思ってはいたが、それでも出来たのだからありがたく使わせてもらったと言う訳だった。
それからケントたちは【ゴブリンダンジョン】を潜り続けた。
どのくらいの日数が経過したのだろうか。
4か月が過ぎたところから数えるのをやめてしまった。
そしてついに至る。
第50層……
タクマの話ではここが最後の階層になるそうだ。
ケントは気合を入れなおし、その大きな扉を押し開けた。
そして目にしたものは……
「あれ?いない?!」
そう、ボスがいないのだ。
しかも奥へと続く扉が開けっ放しになっていた。
そしてケントは気が付いた……
ここはアンデットの巣窟。
一番強い生身のゴブリン系モンスター……
すなわちタクマであると。
タクマはその存在が事実上存在しない。
つまりダンジョンとしても、アンデットを造りようが無かったのだった。
ぽつんと開かれた最奥への扉は、何かもの悲しささえ感じさせたのだった。




