119 暗殺者多田野!!
「そうだ、魔石はいいとしてアイテムの確認をしましょうよ。」
多田野は一度魔石をインベントリに仕舞い、ドロップアイテムを取り出した。
1つはネックレス。
もう一つは靴のようだった。
「とりあえず鑑定してみてから考えるか。」
ケントはすぐにスキル【鑑定】を発動させた。
——————
軽減のネックレス:SPの消費量が半分に軽減される。
アサシンレッグ:装備者の足音を完全に消し去る。使い慣れると壁や天井などに張り付くことも可能。
——————
「この二つは当たりだね。」
そう言うとケントは、二つとも多田野に投げ渡した。
多田野は慌てて受け取ると、受け取りそこない態勢を崩しそうになってしまった。
「あ、あぶなかった~。」
それでもうまく受け取て見せるのが多田野だ。
額に流れてもいない汗をぬぐうしぐさが、余裕をうかがわせた。
「それはタケシ君が使って。今のままだとSPとかかなりやばいでしょ?」
多田野も自覚している通り、多田野の戦闘スタイルはとても燃費が悪かった。
そこにこのネックレスがあれば大分戦術の幅が広げることができる。
そしてアサシンレッグ……
これには多田野が一瞬抵抗を見せた。
今現在、多田野はシャドーマントを装備している。
ただでさえガンカタに黒いマント……中二病と言われても問題ない状況だ。
しかしそこにまたしても黒いブーツ。
性能は折り紙付きで断る理由がない。
多田野の精神状況を考慮しなければとの注釈が付くが。
数分の葛藤を経て、多田野はようやく観念したようにアサシンレッグを装着した。
ものの見事にバランスの取れた中二病スタイルである。
ケントは笑いを堪える様に後ろを向いてしまっていた。
その後ろ姿は細かく揺れており、声を必死で殺しているのがバレバレである。
多田野もそれに気が付いており、何とも言えない空気が漂ってしまった。
ギギギギギ
しばらくケントが笑いを我慢していると、後方からボス部屋の開く音が聞こえて来た。
「おっと、先越されたか……」
そこには探索者パーティーの6名が姿を現していた。
ボス部屋のリポップはおおよそ1日。
つまりこれから24時間近くは無人の安全地帯となるのだ。
「悪いけど、ここで休ませてもらってもいいかい?」
「構わないよ。俺たちはあっちの端を使うから。」
リーダーらしき人物が、丁寧に伺いを立てて来た。
おそらく常識はある人間なんだろうと、多田野は推測していた。
ケントはそのリーダーの事が気になっていたが、今は休む事を優先したいがために、端に移動する旨を伝えてその場を後にした。
入り口から見て左右に分かれた二組は各々の野営の準備を始めた。
「ケントさん、どうしたんですか?」
多田野がケントの様子がおかしいことに気が付き、声をかけて来た。
互いのテントは既に設営を終えており、食事の準備に取り掛かっていた時の事だ。
「いや、気のせいだと良いんだけど……。あのリーダーあまり良い空気を纏っていないなって……。なんて言ったら良いか……そう、ブラック企業の上司みたいな?」
「すみません、俺自衛隊しか知らないんで分からないです。」
「だよね。」
苦笑いしながら頭を下げて多田野に対し、ケントも別に気にしていないと声をかけていた。
しばらく食事の準備をしながらゆっくりしていると、向こうから誰かがやってくるのが見えた。
「どうしました。」
まだ距離的には30m近く離れた位置で、警戒しながらケントが誰何を行った。
その人物は女性で、おそらく30代……まで行かないくらいの細身と言えば良いのか、やつれていると言えば良いのか、そんな感じの人物が姿を現したのだ。
「すみません。出来ればでいいので食料を分けてもらえませんか?」
突然の依頼に面食らったケントは何と答えて良いか分からなかった。
ここに潜ってくるということは、それなりに準備をしてきているはずだ。
それなのに食料の無心に来るとは、意味が分からなかったのだ。
「申し訳ない、こちらも自分たちの分で手いっぱいでね……」
もちろん嘘である。
ケントのインベントリには10人くらいなら1週間は野営出来る量の食料は備蓄してある。
これはスタンピート時の教訓として備蓄しているものだ。
そして断りの言葉を発しようとした時、さらに驚きの光景を目にしてしまった。
徐々に女性が近づくと、その身に纏っていた上半身の衣服をはだけ始めたのだ。
慌てたケントは立ち上がり、女性に毛布を掛けた。
すると女性は突如大声を上げたのだ。
「キャ~~~~~!!助けて!!」
何が何だか分からないケントは唖然としてしまった。
この女はいったい何がしたんだと……
すると、反対側に居た残りの5人はニヤニヤしながらこちらに近付いてくる。
全身武装の状態で。
そこでケントは悟った。
こいつら美人局って言うか追いはぎだなと。
「おい!!よくもうちのメンバーを慰み者にしてくれたな!!」
リーダーらしき男は、演技がかった口調で怒鳴り出した。
それを見ていたケントは、既に冷めきっていた。
顔は能面の様に表情は無く、目も笑っていない。
その絶対零度のごとく冷めきった目を見た女性は、ガクガクと震え出していた。
絶対に手を出してはいけない人物に手を出したと理解した瞬間だった。
しかしリーダーらしき人物は女性の演技だろうと思い込み、なおも恫喝を続けていく。
残りの4人もすでに武器を手にしており、ケントを害する事だけに気を向けているようだった。
ただ、ケントだけは理解していた。
ただ一人姿を消した人物がいることを。
そしてその人物がすでに5人をロックオンしていることを。
「お前たちに宣告しておこう。今すぐ武器をしまって元の場所に戻れ。そうすれば見なかったことにしておく。5を数えるだけ待ってやるから、決断は迅速に。」
ケントは右手を前に出すと、数を指折り数え始める。
「5……」
男5人はケントが気でも狂ったかと思い大笑いしていた。
しかし女性は違った。
地を這うようにその場を這いずって離れようとしていた。
ケントに恐怖を覚えた余りに腰が抜けてしまい、まともに歩けないのだ。
「4……」
「おいてめぇ~!!なめてんじゃねぇぞ!!」
リーダーらしき男はケントに対して剣を構える。
ここまで来るだけの事はあって、それなりに質の良い装備をしていた。
しかし手入れが行き届いているかと言われれば、明らかに手抜きだ。
「3……」
なおも止めないケントのカウントダウン。
リーダーらしき男以外の男たちも苛立ち始めた。
ケントは数を数えながら男たちの無能さを考えていた。
さっさと斬り付けるなりすればいいものをと……
「2……」
這いずっていた女性は、安全圏だと思われた位置まで移動を完了していた。
そして、再度ケント達に目を向けて初めて自分の考えが正しかったことを理解したのだ。
男たちの後ろにさっきまでケントと一緒に居たはずの多田野がいたからだ。
「1……」
男たちは一斉にケントに向かって攻撃を仕掛けて来た。
しかしその攻撃はケントに届くことは無かった。
「0……」
カチャリ
男たちの額には銃口が突きつけられていたのだ。
むろん女性の額にも。
その瞬間、男たちの動きが止まった。
額に感じるヒンヤリとした金属らしき感触……
そして6人は理解した。
自分たちはいったい〝何〟に手を出したのかと。
絶対に手を出してはいけない二人だと言う事を。
パシュン!!
6門の銃口から一斉に容赦なく弾丸が射出された。
この辺は多田野だからと言う事だろうか。
まったくもって躊躇いは見られなかった。
一拍置いてドサリと地面に崩れ落ちる6人。
その死体に向けた多田野の目は、何も感じていないように思えるほど無機質なものだった。
「さすがだね。」
ボス部屋には多田野に対するケントの賞賛の声だけが響き渡っていた。




