116 第20層 ジェネラルゴブリン
それからというもの、多田野の無双も相まって、破竹の勢いで攻略階数はどんどん増えていく。
現れるモンスターは相も変わらずハイゴブリンだが、その統制が徐々に強化されたいった。
いわゆるパーティー戦術を使うようになってきたのだ。
ディフェンダーが防御に徹し、徹底的に攻撃を遮断してくる。
その隙を縫って前衛アタッカーが攻撃を仕掛けて来る。
それによって崩れた相手を後衛アタッカーが高威力攻撃で削りにかかる。
傷ついた仲間をヒーラーが随時回復し、戦線を押し戻してくる。
ケントはその戦いっぷりを見て思っていた。
あまりにも人間臭いと。
それすなわち、コントロールしている人間が存在しているのだと。
十中八九総理大臣……【魔王】であろうと。
ケントとしてはおそらくすべてのダンジョンのデータをフィードバックしていると考えていた。
そうでなければ、このような戦闘戦術を〝モンスターが確立した〟ことになってしまう。
つまりは人間にとって代わる存在であるということになるのだ。
ケントは自分の考えを振り払うかのように、頭を大きく横に振った。
多田野はケントの考えが読めないので、あえて何も言わなかった。
「それにしてもケントさん。なかなか倒しにくくなってきましたね。こっちの動きを読んでいるかのように、ディフェンダーが詰めてきてやりづらいです。」
「それは俺も思ってるよ。あまりにも上手すぎる。さすがに上位のダンジョンだけあるよな。」
むしろこの二人がおかしいのだと、突っ込みを入れたくなる探索者は大勢いるだろう。
今ケント達が潜っているダンジョンは、既にソロやデュオで対応するようなダンジョンではないのだ。
フルメンバー6名で徐々に進行していくのが正しい戦術だ。
しかし、ケントはそれをあまり気にした様子はなかった。
むしろ、ソロで潜りたいとさえ思っている。
理由はスキル【レベルドレイン】の仕様だ。
敵の生命力を吸収して自分の経験値にしてしまう、極悪非道なスキルだ。
ただその代償として、経験値が自分にしか入らなくなってしまう。
多田野と共に探索するとこは、ケントにとってメリットと言い難い場合があるのだ。
そんな非常識を絵に書いた二人は、口では苦戦しているように言っているが、わりとサクサク攻略を進めていく。
もしも同じクラスの探索者が二人と見たら、間違いなくこういうだろう。
「チートじゃないか!!」と。
そして二人は、ついに第20層のボス部屋へと到着したのだ。
さすがの二人も、ボス戦とあっては緊張を隠しきれないでいた。
ケントも内心、不安を抱えていた。
これはゲームではなく、リアルだからだ。
懸けるのは自分の命。
報酬はドロップアイテムと経験値。
それが安いのか高いのか……。
二人は顔を見合わせると、覚悟を決めたように頷き合った。
そして、ギギギギギと軋む音を響かせながらボス部屋の扉を開けていく。
ボス部屋の広さは第10層のボス部屋よりも若干広いスペースが確保されていた。
中央には魔方陣のようなものが描かれており、何やら怪しさ満点であった。
その魔方陣があまりにも怪しすぎた為、中に入るのを一瞬躊躇いそうになってしまった。
警戒度を上げつつ、ジリジリとその歩を進めていく。
ギィ~~~……
バタァ~ン……
二人の身体が中に入ったのを確認したかのように、ボス部屋の扉が勢いよくしまったのだ。
これで逃げも隠れも出来なくなった。
あまりの緊張で二人の額からは、汗が滴り落ちていく。
しばらく警戒していると、その魔方陣が徐々に揺らめき始めた。
ユラリユラリと黒い靄が円を描くように集まり始める。
それを見ていた二人の警戒度が、一気に跳ね上がっていく。
手にした武器を握る力が否応なしに強くなる。
ユラリ……ユラリ……
それはまるで何かが生まれ出でることを待ち望んでいるかのように、立ち昇っていく。
そして、次に訪れたのは強烈な風だった。
その風は魔方陣に吸い寄せられるように渦を巻き、靄の竜巻を形成していく。
その靄の竜巻は中の何かを覆い隠すように、いつまでも渦巻いていた。
時折その中から、赤黒く光る何かが見え隠れする。
ケントは驚愕した。
それはモンスターの目だったからだ。
その力強いまなざしは、ケントを睨み付けている。
そして黒い靄の竜巻がおさまる頃、中から1匹のモンスターが姿を現した。
今までのゴブリンとは一線を画す立ち姿だった。
見るからに筋肉の鎧で覆われたような立ち姿は、威厳さえ感じさせる。
装備する鎧や武器も、今までのゴブリンとは比ではないくらいの存在感を醸し出していた。
背丈もおそらく2m近くはあろう体躯は、まさに武人といっても過言ではなかった。
「ジェネラルゴブリン……」
多田野は事前に読んだ、報告書の写真を思い出していた。
丸っきり同じでは無いにしろ、似た姿形だった。
報告にあった特徴とも一致しており、ほぼ間違いないだろうと確信していた。
「あぁ、間違いない。ジェネラルだ……」
ケントの声も若干引きつっていた。
【生物鑑定】により情報を得たケントは、そのスキルに困惑していた。
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統率:群れ全体の指揮を掌握し、眷族の戦闘力を著しく上昇させる。
眷族召喚:眷族(ゴブリン種)を任意に召喚出来る。ただし、同時召喚数に制限在り。
鼓舞:眷族を鼓舞することで、戦闘力を一時的に上昇させる。
身代わり:自分の致命傷を眷族に肩代わりさせる。
——————
ケントから情報を得た多田野は驚愕する。
自分が知っている情報よりも、さらに凶悪だったからだ。
特にスキル【身代わり】は聞いておらず、スキル【眷族召喚】と合わせて考えれば、致命傷が致命傷たたりえないのだから。
「さすがにこれはまずいですね……」
多田野は背に流れる嫌な汗を感じていた。
じわりじわりと伝わるプレッシャーに押し潰されそうだった。
ケントもまたどう戦うべきか決めかねていた。
おそらくジェネラルだけだったら問題なく戦えた。
しかし、スキル【眷族召喚】で1匹でも残した場合はジェネラルを倒せないということになってしまうからだ。
なので、勝負はおそらく一瞬。
眷族を倒し切り、次の眷族が召喚されるまでのほんのわずかな隙間時間でしか倒すことが出来ないのだ。
ジェネラルまでの距離、おおよそ100m……
「まずはどんな眷族が召喚されるかお手並み拝見といきましょうか……ね!!」
ケントはそう言うと、一足飛びでジェネラルに向かっていく。
多田野はそれを援護するかのように、フライトサブウェポン【ライフル】の2門と【10連装ミサイルランチャー】1門を稼働させる。
多田野自身もその発動に合わせて、一気に距離を詰めていく。
【10連装ミサイルランチャー】から放たれたミサイル群は一気に加速して、ジェネラルに襲い掛かった。
ミサイル自体の攻撃力はさほど高くはなかった。
真骨頂は爆発である。
多田野が作っていた魔道具【魔石爆弾】の応用で、接触した瞬間に爆発するのである。
そのことを知らないジェネラルは、「何かかが飛んできたな?」としか思っていなかったようだ。
ドドドゴォ~ン!!
10発のミサイルがジェネラルに接触した瞬間、次々と爆発の連鎖を始めた。
その衝撃はなかなかのもので、走り出していた二人にも若干の影響が出てしまうほどだ。
モクモクと土煙が立ち上る中、二人はさらに距離を詰める。
距離約50m……
多田野は、さらに追い打ちとばかりに2門の【ライフル】から弾丸を射出。
貫くように、先ほどまでジェネラルが立っていたであろう場所へと打ち込んだ。
キン……
土煙の中から、とても澄んだ金属音が聞こえて来た。
さすがの二人も訝しがりながら接近をやめようとはしなかった。
あと20m……
戦闘領域に二人が入ると、物凄く嫌な予感が脳裏をよぎった。
〝これ以上近づいてはいけない〟
二人はその予感に従って、急減速をかけて静止し、一気に後退したのだ。
残り10m……
二人が後退した一拍後。先ほど停止した場所から1mほど先の地面にずるりと切れ目が出来たのだった。
そして土煙が晴れた先には、ニヤリと片方の口角を上げて醜く微笑んでいるジェネラルが、無傷のまま立っていたのだった。
その手にはむき身のまがまがしい剣を携えて……




