113 ゴブリンダンジョン第10層 ボス戦
「なんだこれ?ゴブ……リン……なのか?」
ケントは少し混乱していた。
確かに見た目の色や醜悪さは、間違いなくゴブリンだった。
しかし、その背に生えている羽に違和感を覚えていた。
子供の様に小さいくガリガリに細い体躯に不釣り合いなその羽は、おそらく10人中10人は“悪魔の羽”というであろうものだった。
「ケントさん……あれはゴブリンでもかなり珍しい個体です。確か……そう、“デモンズゴブリン”。研究班曰くゴブリン種なのかデーモン種なのか分からないそうです。」
多田野は少し前に研修で教えてもらったことを思い出していた。
ここ最近のダンジョンでの目撃例が増えており、見た目に反してなかなか強力な個体であると説明を受けていた。
しかし、目撃例が増えているだけで、まだそれほど出現が観測されていないモンスターでもあった。
そのため多田野も対峙するまではすっかりさっぱり忘れてしまっていたのだった。
「タケシ君。弱点とか耐性。特性なんかわかるかい?」
「すみません。まだ研究段階らしくて、そこまでは教えてもらっていません。」
多田野はそう言うと、少し申し訳なさそうにしていた。
しかし、戦闘間際とあって視線を落としたりはしていないようだ。
ケントもそれなら仕方ないと、戦闘態勢に移行していく。
ケント達と対峙しているデモンズゴブリンは、ただただじっと二人を見つめていた。
何かを叫ぶわけでもなく、ただただ見つめていたのだ。
ケントとしてはとても不快に感じられた。
理由は何となくわかっていた。
スキル【隠匿】が発動したからだ。
おそらく鑑定系のスキルを使ってきているのだと推測された。
ケントのスキル【隠匿】が発動したことにより、デモンズゴブリンの顔色が少し変わったように見えた。
何かを考えているのだろうか、しきりに頭をひねっていた。
その動きは独特の動きで、さらにひとを不快にさせていく。
「GYOUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
ひとしきり頭を振り終わると、デモンズゴブリンがものすごい爆音で叫び出した。
びりびりと振動する空気がその威力を物語っていた。
思わず二人は耳を塞ぎ、一瞬デモンズゴブリンから目を離してしまったのだ。
そう、戦闘中にもかかわらず……
ケントが慌てて目をデモンズゴブリンに目を向けると、低空飛行でこちらに突進してきていた。
その手にはどこからいつ出したかわからない、三又の槍状のモノが握られていた。
ほんの一瞬の出来事で対処の遅れたケントは、咄嗟に剣を振り下ろそうとするとも、デモンズゴブリンは急上昇でその斬撃を回避して見せた。
ケントはどうにか対処できたことに安堵した。
そう、何故か安堵したのだ……
デモンズゴブリンはその一瞬の気の緩みをまた突いてくるように、今度は上空から急降下で迫ってきた。
さすがのケントも剣で捌くのは難しいと判断し、咄嗟に左に転がりながら回避することしかできなかった。
多田野はと言うと、最初の攻防の後すぐさま後退していた。
自分ではあの速度の攻撃に対応が難しいと判断したからだ。
その判断が功を奏したようで、二撃目の攻撃に晒されることはなかった。
余裕をもってスキルを展開できた多田野は、その周囲に2対4門の砲身を出現させた。
今まで見たライフルタイプやガトリングタイプとは違う、2門の砲身をくっつけたような見た目をしていた。
「これでも食らえ!!」
多田野が選択した武器はショットガンタイプの砲身だった。
弾はバードショットと呼ばれる種類で、細かい粒上の弾丸を広範囲にばらまいてくタイプだ。
多田野の掛け声とともに8門の銃口から発射された弾丸は瞬く間に周辺を埋め尽くしていく。
一発一発の弾丸の威力は低いが、デモンズゴブリンはとても嫌がりながら距離を取り始めた。
多田野は逃がさんとばかりに、浮遊する砲身を操作していく。
ドパンドパンと鳴り響く銃声は、どこぞの西部劇を思わせる様子だ。
その隙のケントはスキルを発動させていた。
静かに、そっと……
そしてこの空間からケントの存在は完全に消え去っていたのだった。
デモンズゴブリンは、多田野に追われ逃げることに必死になりすぎた為かケントの存在を忘れ去ってしまっていたようだ。
空中を縦横無尽に飛び回り、多田野の銃撃を躱していく。
しかし、その体には無数の傷ができ始めていた。
バードショットには約200発前後の弾丸が内包されている。
それが一瞬でばら撒かれるのだから躱し切れるはずがないのだ。
多田野は徐々に高度を落とし、速度も失っていくデモンズゴブリンを容赦なく追い立てていく。
そして新たな砲身を2門作成した。
作り出したのは先程と同じショットガンタイプである。
しかしその中に込められた弾の種類を変えていたのだ。
作り出した弾はスラッグショット。
内包される弾丸は1発。
その威力たるや、大型のクマさえも倒し切れるほどだ。
しかも多田野がスキルで作り出した魔弾である。
威力はその比ではないのだ。
ドダンドダンドダン!!
バズン!!
ボン!!
多田野は失速していくデモンズゴブリンに容赦なく銃弾を浴びせ続ける。
中に混じるスラッグショットを食らうと、さすがのデモンズゴブリンも耐え切れず、吹き飛ばされることがしばしば起った。
しかし、多田野は違和感を感じていた。
失速し、死に体になっているにもかかわらず、デモンズゴブリンは焦る様子が見受けられないのだ。
むしろ、これさえも織り込み済みなのではないかとさえ思えるほどに。
そう考えた多田野はゾクリと悪寒を感じた。
次の瞬間……
ギン!!
多田野に一筋の斬撃が降りかかってきた。
そう、ケントの攻撃である。
「何するんですかケントさん!!」
慌てた多田野はケントに抗議の声を上げる。
いきなり背後から襲われたのだ、ケガをしてても不思議ではなかった。
しかし、そんな抗議をお構いなしに、ケントの攻撃が速度を増していく。
ギン!!ギン!!ガギン!!
多田野は、慌ててその場を飛び退いた。
そして、ひとつの違和感に行き着いた。
“誰がケントの攻撃を止めていたのか”と。
多田野は一瞬自分の目を疑った。
多田野の影から一本の槍が突き出ていたのだ。
ケントが何度も攻撃を仕掛けようとも、その槍が受け止めていたのだ。
それに気が付いた多田野は、浮遊させていた1門のショットガンを呼び寄せ、自分の影に一発のバードショットを打ち込んだ。
するとどうだ。
「gugyaAAAAA!!」
影から声にならない声が聞こえた来たのだ。
しかも先程まで縦横無尽に飛んでいたデモンズゴーレムが霧散して消えてしまったのだ。
そして多田野が行き着いた答え。
この影がデモンズゴブリンの本体だったのだと。
おそらく最初の叫びの際に目を離した隙を突かれ、影に潜まれてしまったのだと推測できた。
そして、自分がずっと攻撃していたものこそがデモンズゴブリンの影または幻影だったのだと。
つまりずっと無駄に攻撃をさせられていたのだ。
「腹立つ~~~!!」
ドダダダダダダダッ!!
多田野は怒りに任せて自分の影を撃ちまくった。
あまりの飽和攻撃にたまらずデモンズゴブリンは多田野の影から飛び出してきた。
その姿は先程までの姿と変わりはしなかったが、多田野の攻撃ですでにボロボロであった。
多田野は攻撃の手を緩めることはせずに、飽和攻撃を続けていった、
どのくらい打ち込んだのだろうか。
デモンズゴブリンは成す術無く、物言わぬ躯と化して地面に墜落していったのだった。




