111 【イレギュラーダンジョン】
5分ほど休んだ二人は、おもむろに立ち上がり出発の準備を始めた。
「どちらにしろここに入らない事にはどこにも行けなさそうだし、問題無いよね?」
「はい、行ってみるしかなさそうですね。ケントさん……次は俺もちゃんと戦います!!」
多田野は先程の戦闘でほとんど役に立てなかったと思い込んでいた。
ケントとしてはあれだけの弾幕を張れるのだから、そこまで自己評価を低くする必要はないのでは?と思っていたが、伝えたところで納得しないだろうなと考えていた。
そして二人はまた新しいゲートをくぐるのだった。
2人の視界が一瞬ゆがむと、そこはダンジョンの出入り口だった。
二人は困惑の色を隠せないでいた。
周囲を確認するが、確かにダンジョンの入り口だったのだ。
すると、受付の自衛官が二人の姿を見つけ慌てて駆け寄ってきたのだ。
「お二人ともご無事で何よりです!!」
何故受付担当者が慌てているのか、2人には見当がつかなかった。
そこで二人は担当者に何があったのか事情を聞くことにした。
「お二人が中に入られてから、ダンジョンの入り口が閉鎖されてしまったんですよ。定期時間になったので、制圧担当の部隊が中に入ろうとしたところ、何か見えない壁のようなモノが出来上がったんです。それで異常事態が発生していると判断して情報収集を行っておりました。」
担当者の話を聞く限り、どうやら二人はダンジョンの異常事態に巻き込まれていたらしい。
状況を聞いたケントは驚きのあまり一瞬言葉を失った。
そして、聞いた情報を元に整理すると、疑問点が浮かんできたのだ。
「ちょっと待ってください。そういえばここのダンジョンの構造ってどうなってるんですか?俺たちが中に入ったら、魔方陣が二つ並んでたんですが……」
「え?なんですかそれ?中は普通の洞窟迷宮型のダンジョンで、第20層まではCランクでも余裕で討伐可能なレベルのはずです。」
まさしく異常事態だったということを二人は理解したのだ。
自分たちが入った時点で異常事態が発生し、それに飲み込まれた二人は、通常ではないダンジョンへ送られたのだと推測できる。
この齎された情報により、ケントは入って早々のモンスターの異常な強さに納得ができた。
さすがに第1層で即フロアボスなんて普通はあり得ないからだ。
受付担当と二人が話し込んでいると、ダンジョンから戻った制圧部隊の代表者が受付担当の元へとやってきた。
「異常は解消されました。今はいつも通りに中に入ることが可能です。第1層だけですが、確認作業を行い問題ありませんでした。」
「ご苦労。では、上部にはそのように連絡を入れる。部隊班全員装備を通常に戻し、再度制圧作業に移る様に。」
「はっ!!」
話を横目で聞いていた二人は、少しだけ安心した表情を浮かべていた。
これでまともな攻略が進められると。
報告を完了させた自衛官は足早に戻っていった。
ケントは念のため受付担当者に現状確認を行った。
「すみません。そうすると、もう中に入っていいってことですか?」
「そうですね。入場は可能です。ただ、あなた方には何点か確認したいことがあるので、こちらに来ていただけますか。」
ケント達は先を急ぎたいと考えていたが、さすがにそうは言えそうもない空気だった為、諦め半分で受付担当に指示に従うことにした。
受付担当者は別のモノに受付窓口を変わってもらい、また別のテントへ案内してくれた。
テントの中は約8畳くらいの広さで、いくつかの机が並んでいた。
中では2人の自衛官が作業をしており、一人は通信担当者の様でひっきりなしに無線で交信をしていた。
もう一人は女性自衛官で、書類と格闘しているのが見て取れた。
ケントとしては肉体労働以外でも大変なんだなと、良く分からない感想が頭に浮かんでいた。
中に通されると、折り畳みテーブルとパイプ椅子で出来た簡単な応接セットが準備されていた。
さすがにソファーなどは置いていないようだった。
勧められるがままに二人はパイプ椅子に腰かけ、話を聞くことにした。
「すみませんね。呼び立ててしまって。あなたがケントさんでよろしいのですよね?一ノ瀬から話は伺っています。あ、君たち、ちょっとこみ入った話をするので、一度席を外してくれないか?あと、人払いを頼む。」
受付担当の男性は、中にいた自衛官二人に退席を命じていた。
おそらく話しぶりからしてこの男性が、ここでは一番偉いのかもしれないとケントは感じていた。
ケントは横目で多田野を見ると、完全に自衛官の顔に戻っていた。
先程までとうって変わって背筋がビシッと伸び、今にも敬礼しそうな勢いが感じられた。
「たしか……多田野三等陸曹だったかな?神宮寺は元気か?」
「は!!神宮寺准尉におきましては大変お世話になっております!!」
多田野の完全自衛官モードに改めて驚きを覚えたケントは、目を丸くしていた。
そんな二人を見つめる男性はふと笑みを漏らしていた。
「おっと話がそれてしまったね。私は一ノ瀬の元上司の加賀谷一等陸尉だ。よろしく頼む。一ノ瀬とは古い付き合いでね、あらかた話は聞いている。一ノ瀬の身内だと思ってもらっていい。君のスキル【スキルクリエイター】および【レベルドレイン】についても聞き及んでいるよ。」
ケントはその言葉に一瞬表情を変えた。
その話は自衛隊内でもごく一部、おそらく10名にも見たいない人間しか知りえない情報なのだ。
それを知りえるということは、一ノ瀬の協力者だとして間違いないだろうとケントは判断したのだった。
「一ノ瀬さんには大変お世話になっています。」
「奴は元気にしていたかな?私の班に居たときはいつもケツを蹴り飛ばしてやっていたんだよ。」
加賀谷はそう言うと胸元に手をやるり、たばこを取り出し火をつけだした。
ケントは灰皿が自分の目の前にあったのでそっと加賀谷に渡すと、加賀谷はニヤリと笑ったのだ。
「ふむ、君は怒らないんだな。今の時代タバコは害悪だという風潮が強すぎて肩身が狭いんだよ。」
「そのくらいで怒ったりしません。吸いたい人は吸えば良いだけですら。それに探索者になりレベルが上がったらたばこの害も無効になってしまいました。」
それを言ったケントは加賀谷を見つめてにこりと笑っていた。
加賀谷もその言葉の裏にある部分に言及することはなかった。
加賀谷が知りえる情報をもとに考えればおのずと答えは出たのだった。
ただ一人、多田野は話に付いて行けていなかったようだった。
「それで。俺に聞きたいことって何ですか?」
ケントは話を本題に戻そうと、加賀谷に問いかけた。
加賀谷もつい話を脱線させてしまったことを謝りながら、ことの顛末を確認したい旨をケントに伝えた。
「話せば長くなりますが……。簡単に言うと、通常とは違うダンジョン……【イレギュラーダンジョン】とでも言いますか、そんな場所へ転移させられました。」
「なるほどな。して、どんなダンジョンだったんだい?」
ケントはダンジョンに入ってからの経緯を簡単に説明した。
そしてその証拠として一対の短剣と魔石をインベントリから取り出した。
その一対の短剣はやはり怪しげなオーラを醸し出して、加賀谷を魅了していく。
多田野もまた魅了されかけて、ケントに頭を叩かれ正気に戻ることができた。
そしてケントは危うく手を伸ばしそうになっていた加賀谷の手を払いのけるのだった。
加賀谷もそれで我に返り、何があったのか良く分かっていない様子だった。
ケントが短剣の性能などを説明すると、加賀谷は顔を青ざめさせて身を引いていた。
「こいつはまた厄介なアイテムが出て来たもんだな。いったいこいつをどうする気なんだ?」
加賀谷は短剣の取り扱いについてケントに尋ねるのだった。




