109 経験値=【生命】
時計を確認すると、探索を開始してからすでに2時間は経過していた。
周囲に気配はするのに、全く近づいてくる気配がない。
付かず離れずの距離をずっと保っているのだ。
そしてケントの探知範囲にもひっかっからないことから、おそらく300mは離れているはずだ。
歩けど歩けど、続くのは草原ばかり。
地面の高低差はあるものの、森や丘などは存在しなかった。
何よりも、一匹もモンスターが現れないのだ。
ケント達にも疲労の色が見えてくる。
探知範囲に入ってこないため、ずっと気配を探り続けるという状況は、二人の集中力を否応なく奪い去っていく。
おそらく二人も気づかないうちに、削られ続けていたようだ。
ふと、ケントは探知の気を抜いてしまったのだ。
ガキン!!
いきなり現れた気配に、ケントは何とか反応することができた。
左手に構えた盾を気配のする方向へと潜り込ませることに成功したのだ。
ケントは左腕に伝わる衝撃でたたらを踏んでしまい、バランスを崩しかける。
多田野もいきなりの金属音に驚きを隠せずにいた。
そのせいもあって、追撃をすることができなかったのだ。
そして二人の前に現れたのは、一匹のゴブリン。
今まで見たゴブリンに比べて2回る大きいものの、体はかなり絞られていた。
しかし、ガリガリというわけではなく、よく鍛えられた体つきだった。
よく見ると、ゴブリンの手には二振りの短剣が握られていた。
おそらく先ほどの奇襲の際に使用した武器なのであろう。
ケントに攻撃を防がれたゴブリンも少し驚いた様子だった。
そして二人を見ながらニヤリと笑みをこぼす。
ゆっくりと……
ゆっくりと動き出すゴブリン。
ケント達も警戒を上げ、その動きから目を離さないように集中していく。
やがて速度は上昇していき、多田野は追いかけるのがやっとになってきた。
ケントはこのままではまずいと感じたのか、攻勢に出ることを決意した。
「【身体強化】!!【部位強化・足】!!【移動速度強化】!!」
スキルを発動すると、ケントは走り出した。
それは多田野が今まで見たケントの動きではなかった。
初速から見失いそうになると、慌てて自分も戦闘準備に入る。
「スキル【魔銃作成】!!」
多田野は10門の銃身を周囲に配置する。
それは先程のゴブリン用ではなく、周辺警戒用に弾幕を張るためだ。
多田野が警戒しているのは先程のゴブリンではなく、まだ気配を隠しているかもしれないモンスターに向けたものだ。
取り越し苦労になるかもしれないが、奇襲を受けるよりはましだと考えたのだ。
「【結界】【結界】【結界】!!」
ケントは高速移動をしながら周囲に【結界】をばら撒いた。
それを足場として展開し、ゴブリンを追い詰めていく。
突然現れた【結界】に驚きを隠せず、一瞬動きを止めてしまったゴブリンの表情には「しまった!!」という感情がありありと浮き出ていた。
ケントはそれを見逃さずさらに【結界】を張り続けた。
次第に【結界】が周囲を埋め尽くしていく。
そこはテリトリーといっても過言ではない、ケントの必勝パターンだった。
【結界】を足場に縦横無尽に飛び回るケントに対し、お株を奪われた形になったゴブリンはいら立ちを隠せずにいた。
「【気配遮断】【魔力遮断】【消音】!!」
ケントの叫びと共に、その場に静寂が訪れた。
ケントの姿を見失ったゴブリンは、ただひたすらにうろたえていた。
先程まで自分がやっていたことを、見事に返されたのだ。
多田野はケントからある依頼を受けていた。
もし強敵と当たり、いつものパターンでケントが姿を消したとき、そのモンスターに一斉射撃をしてほしいと。
その際ケントは一度退避し、一斉射撃で隙のできたモンスターの首を刈り取るというものだった。
正直、多田野は半信半疑でいた。
しかしケントは、今間違いなく姿を消して見せたのだ。
ならば自分もと、さらに追加で10門銃身を作り出す。
新たに作り出した銃身は、完全にガトリングの銃身だった。
多田野はにやりと笑うと、その銃身をふわりと浮かべ、ゴブリンに接近させる。
突如現れたその物体に驚きを隠せないゴブリンは、とっさに後方へと飛び退こうとした。
しかしそこにはケントが仕掛けた【結界】が行く手を挟んでいた。
「くらいやがれ!!」
多田野の叫びと共に、嘶き吼える銃身。
それはもう弾幕なんて言葉が生ぬるいとさえ思えるほどであった。
時間にして5秒もなかっただろう。
多田野は一斉掃射を止め、息をついていた。
放たれた魔弾は無属性通常弾で、消費はそれほどまでないのだが、数が数だけに多田野の負担は大きかった。
一斉掃射により舞い上がった土煙が落ち着くころ、そのゴブリンは姿を現した。
全身傷らだけになりながらも、致命傷には至っていなかった。
手にした武器で頭と心臓を守り抜いたのだ。
しかしその代償として、武器はその役目を終えていた。
息も絶え絶えなゴブリンを見て、多田野は歯噛みをして悔しがってた。
今回の攻撃は多田野の攻撃の中でも上位に入る攻撃力を誇っているのだ。
最高の手札をもってしても倒し切れなかったことに、悔しさを滲ませていた。
そして多田野とゴブリンの頭の中からケントへの意識は無くなっていた。
ずるり……
ゴブリンが最後に見た光景は、天地が反転した世界だった……
ケントはゴブリンの背後に音もなく舞い降りたのだ。
そして誰にも気づかれずに背後からゴブリンの首筋に一振り。
手にした魔剣で、ゴブリンの首を刈り取ったのだ。
あまりにも綺麗な切り口に、ゴブリンの体も切られたことを気付かなかったのか、一拍置いてから噴水のごとく体液をまき散らしていた。
そして、力を失った体はどさりと地面に倒れたのだった。
多田野は戦慄を覚えていた。
自分も一度体験したこととはいえ、恐ろしいと言わざる得なかった。
これでBランクなんて、何かの冗談だろう?とさえ思っていた。
それほどまでに見事な一撃だったのだ。
多田野の猛攻も辛うじて耐えきったゴブリンの耐久力は、正直並大抵の耐久力ではないのだ。
それを一撃のもとにその首を刈り取った技量とその武器は、Aランククラスでもおかしくない。そう感じていた。
周辺警戒をして敵の気配がないことを確認したケントは、残心を解いて一息つくと、倒れたゴブリンへと近づいていく。
「【レベルドレイン】」
ケントは左手をゴブリンの頭に当て、スキルを発動した。
ゴブリンは黒い靄に変わるとその手に吸い込まれていったのだ。
多田野は何度目の驚きだったろうか。
普通は霧散して消えていくモンスターが、ケントへと吸い込まれていったのだ。
そして多田野は気が付いた。
自分に経験値が入っていないことを。
意味が分からず多田野は混乱していた。
普通はモンスターを倒すと経験値が分散され、入ってくるものなのだ。
しかし、実際には取得経験値が0だった。
「な、中村さん……。いったい何をしたんですか?」
ケントは少し説明に困ってしまっていた。
つい何の気なしに、いつものように吸収してしまっていたのだ。
苦笑いを浮かべつつ、頬をかきながらどうしたものかと考えていた。
「タケシ君。今のは俺のスキル【レベルドレイン】なんだ。そしてこれが俺が国家にマークされてる理由でもある。【生物】からその経験値【生命】を直接吸収することができるんだ。」
「【生命】を?」
ケントの告白に多田野は困惑の色を隠せなかった。
【生物】から【生命】を奪う。
それは人としての道理をすでに逸脱している行為ではないのだろうかと。
「混乱させてごめん。ただ誤解しないでほしい。実はこれは探索者なら誰でもやっている事なんだ。モンスターを倒すと経験値が入るだろ?じゃあ、その経験値ってなんだ?ってことでしょ?それが【生命】だったんだ。」
更に混乱していく多田野。
すでに思考のキャパシティはオーバーしているようだった。
「すみません。少し時間をください。」
そう言うと、多田野はうずくまってしまった。




