106 多田野キレる
ケントと多田野は、区画の端のスペースに荷物を降ろし、下草を刈る作業に取り掛かった。
ケントはめんどくさがって、風魔法で下草を刈り出した。
それを見た多田野は、ただただ呆れるばかりだった。
まさかこんなことに魔法を使うとは、思ってもいなかったからだ。
しかし、器用に熟すなとも感心していた。
あらかた下草を刈り終わると、テント設営を開始。
2人とも慣れた物で、あっという間にテントを建ててしまった。
特に多田野の設営速度は、さすがといえばいいのだろうか。
ケントでも30分かかったテントを、20分で設営を完了させたのだ。
「さすがタケシ君だね。こんなに差が開くとは思ってもみなかったよ。」
「俺は慣れてますからね。このくらいだったら問題ないですよ。本当はもっと簡易のでもよかったんですが、神宮寺准尉から半強制的に渡されたんですよ。中村さんがテント持って無かった用にって。」
さすが自衛官といっていいのか?用意周到だな。
それがケントの感想だった。
テント設営も終わり、荷物を運び入れていると、数人の集団がケント達の元へやってきた。
「おう!!ここに何勝手にテント建ててんだ?!俺たち【ボルテージ】の縄張りだぞ?!」
そう言ってやってきた男性は、身長は大体180センチ強で、筋肉隆々の筋肉だるまだった。
筋肉のせいか、さらに一回りはでかく見えるほどに盛り上がっていた。
「それは知りませんでした。先ほど着いたばかりだったものでね。というより、ここは自衛隊の管理地域のはずでは?」
ケントは至極当然の質問を投げかけた。
するとどうだ、男性はすぐに激高してしまった。
顔は見る間に赤くなり、体から湯気が出てるのでは?と錯覚させてしまいそうだった。
「黙れこのチビが!!ここは俺がルールだ!!わかったらさっさとショバ代寄越しやがれ!!」
ケントは納得してしまった。
要するにこいつらはタダのカツアゲ野郎だと。
それを黙って聞いていられない人物がいた。
多田野だ。
さすがに今は自衛官の格好はしていなかったため、相手もわかっていなかったようだ。
自衛官の敷地内で自衛官にカツアゲを行うとどうなるのか……
「君たちは【ボルテージ】のメンバーで良いですね?」
多田野は静かに怒っていた。
怒りを周りに悟らせないように、静かに冷静に怒りを隠して話を聞き出そうとしていた。
「そうだ!!俺様が【ボルテージ】の馬場だ!!良~く覚えとけ!!」
「そうですか。わかりました。上にはその様に報告させていただきます。自衛隊敷地内での犯罪行為は禁止されているはずですよね?それを破るとは……情けない。」
多田野の対応に違和感を覚えた【ボルテージ】のメンバーだったが、馬場だけはそうは行かなかった。
自分が舐められていると錯覚していたのだ。
多田野としては、至極当然のことを言っただけなのにである。
馬場はさらに怒りのボルテージを上昇させ、口からは泡が吹き出そうな勢いだった。
「おいこらチビ!!さっきから何ごちゃごちゃうるせぇ事言ってやがんだ!!てめぇらは黙って俺に金を差し出してればいいんだよ!!別に物納でもいいぞ?てめぇらが手に入れた素材の半分で許してやるよ!!どうだ安いだろ!?あ?なんか言ったらどうなんだ、この腰抜け野郎!!」
馬場の罵声は留まることを知らなかった。
ただ、【ボルテージ】の面々は徐々に距離を開けだしていた。
多田野の先ほどのセリフが気になっていた。
『上司に報告する』
おそらく多田野が自衛官であることに感づいたようだった。
さすがにこれ以上はまずいと判断したのか、【ボルテージ】のメンバーの一人が、馬場を止めに入った。
しかし馬場は止まることが無い暴走機関車の様に、意味の分からないことを叫び続けている。
多田野は聞くに堪えないと、スキルを発動した。
「スキル【魔銃作成】」
多田野の一言でその場の空気が一変した。
馬場の周囲に、金属の筒が20本ほど出現したのだ。
その先端はすべて馬場に向かっており、その景色は一種異様なものになった。
馬場は一瞬何があったか分からなかったようで、周囲を確認し、金属棒が取り囲んでいるのを理解した。
「なんだこの金属棒は?こんなんで俺を倒せるとでも思ってんのか?俺はこの地区の最強の戦士!!馬場だぞ⁉」
「うるさい黙れ。」
多田野は静かにそう言うと、1つの金属の筒から弾丸を射出した。
その弾丸は馬場の頬を掠め、地面にめり込み小さな爆発を起こした。
射出した弾丸は爆発系無属性弾丸の【バーストブレッド】と呼称されている弾丸だ。
その爆発を見た馬場は困惑していた。
自分を取り囲む金属の筒はすべて、【砲身】であることを理解したためである。
その砲身から先ほど射出された弾丸は、小規模爆発を起こしている。
もし自分の体に当たり、爆発したら。
しかも20門すべてから射出されたらと考えると、体が竦んでしまった。
手足も震え、声にならない声で怯えていた。
その様子を見ていた【ボルテージ】のメンバーも大慌てで、多田野に向かって謝罪をしてきた。
しかし、多田野は一向に許そうとする気配は無かった。
ケントはそれを疑問に思っていると、多田野はようやく口を開いた。
「あなた方がやった行為は犯罪行為です。探索者法に基づく場合、ライセンスはく奪すらあり得ることです。これに懲りたら二度と道を踏み外さないでください。良いですね!!」
多田野はあくまでも、力づくの警告を与えるつもりだったようだ。
別に殺してしまおうと思えるほどの事は、今回はなかった。
多田野が放っておいても、ケントだったら何とかするだろうな?という気持ちもあった。
しかし、態度があまりにもひどかったために、多田野が介入することにしたのだった。
多田野は、馬場の周囲に浮かぶ砲身をすべてキャンセルすると、一気に解放されたように馬場は地面にへたり込んだ。
肩で息をするように呼吸が乱れていた。
顔は青ざめ、生きていることに安堵している。
そんな雰囲気を漂わせていたのだった。
馬場はどうやら腰が抜けてしまったようで、うまく立つことができずにいた。
ずるずると這いずりながら、多田野から距離を取ろうと藻掻いているが、うまく進まない。
恐怖から逃れたい一心で、無我夢中で地面を這いずっていた。
その様子を見ていた【ボルテージ】のメンバーは、どこか冷めた表情を見せていた。
おそらくだが、馬場の強力なまでの独裁制で成り立っていたパーティーだったのだろうと、ケントは分析をしていた。
その馬場が情けない姿を晒したのだから、メンバーから距離を置かれるのは至極当然の結果だったのだろう。
【ボルテージ】のメンバーは多田野に一礼すると、馬場をそのままにして自陣へと戻っていった。
その様子を見た馬場は、半泣きになりながらも仲間の後を追う様にずるずると這いずって、自陣へ戻っていくのだった。
「なんだったんだろうな?」
「なんだったんでしょうね?」
二人は何事もなかったかのように、野営準備を再開したのだった。
「では明日からはダンジョン攻略に向けて、活動開始ですね。」
「そうだね。まずはここのダンジョンの特性を確認して、新装備の実践テストしてから本格始動かな?でもここはある程度ダンジョン攻略進んでるんだろ?」
多田野は夕食の片づけをしならが、明日の予定の確認をしていた。
ケントとしてもはやる気持ちはあるが、命を落としては元も子もないので、慎重に慎重を重ねるつもりでいた。
「では、朝一で探索者ギルドの第29駐留部隊出張所に顔を出して、情報収集。その後に探索開始でいいですね?」
「あぁ、それで行こう。」
ケント達は食事を片付けると、各々のテントへともぐりこんだ。
明日からの本格始動を前に、最後の自由な休息となるのだった。




