104 多田野無双?
「あれ?ケント君どうしたんだ?休憩は良いのかい?」
新藤が戻ると、ケントと多田野が訓練所中央に移動している最中だった。
「新藤さん。SPも回復したんで、テストの再開です。彼が手伝ってくれるので実戦形式でやってみようと思います。」
「先に、基礎的なテストしてからにしてください。その後でならいいですよ。」
「わかりました。じゃあ、お願いするよ。」
新藤からも許可が出たことで、ケントと多田野は対戦の準備を始めた。
ルールは特になく、ケントはひたすらに回避し続け、多田野はひたすらにケントを撃ち続ける。
実にシンプルな訓練だ。
別の自衛官が合図を行ってくれることになり、二人は50mほど離れた位置で向かい合っていた。
「はじめ!!」
自衛官が始まりの合図をすると、多田野は4門の砲身を空中に作り出した。
ただ、その砲身の長さはとても短く、おそらく速射性を重視したのではないかとケントは予測していた。
まさにその通りで、多田野はすぐに攻撃を開始した。
狙いを定めるわけでもなく、一気にばら撒く。
その表現が近いように思えた。
ケントはそれを予測していてので、前方にスキル【隔絶】を発動し、そのまま前方に走り出した。
そして周囲に一斉にスキル【結界】を複数張り巡らし、足場を作り出していく。
そのまま【結界】に飛び乗ると、加速しながら駆けまわり始める。
多田野も負けてはおらず、4門の砲身を巧みに操り、ケントを追いかけまわしていた。
しかし徐々にケントの速度に付いて行けなくなり、次第にその姿を捕らえられない場面が増えてきた。
「【気配遮断】【魔力遮断】【消音】!!」
すかさずケントは、必勝パターンに持ち込んだ。
多田野の視界から一瞬消えた隙に、スキルを発動したのだ。
そのため多田野は、ケントを追うことができず、射撃を中断せざるを得なくなった。
ただ、多田野もタダでは転ばない漢だった。
一気に集中を上げたと思うと、新藤も目を疑う光景が目の前に現れたのだ。
多田野を包み込むように短い砲身が周囲に現れたのだ。
その数32門。
まさにトーチカとでもいえばいいのだろうか。
対空砲火の砲台が出現したのだ。
多田野が目を見開くと、覚悟の一声を放った。
「全砲門、制圧射撃……てぇ!!」
その合図とともに、全砲門から弾丸が空中へと躍り出る。
まさに乱射。
どこに居るかわからないなら、全部埋め尽くしてしまえとでもいうような攻撃だ。
さすがのケントもたまらずスキル【隔絶】を発動させ、防御態勢に移行していた。
それを待ってましたとばかりに、多田野は追加で一門の魔銃を作り出した。
その砲身は今までよりも長く、太いものだった。
「そこ!!当たれ!!」
その砲身から撃ち出された弾丸は、弾丸と呼べるものではなく、すでに砲弾といっても過言ではないサイズだった。
さすがのケントも焦りを隠せなかった。
「さすがにそれは無理だって!!スキル【隔絶】!!」
ケントは、スキル【隔絶】を追加で張りなおした。
先程までとは違い、少し斜めに配置し、その砲弾を受け流した。
砲弾はスキル【隔絶】の壁をギャリギャリと音を立てながら、後方へ滑って流れていった。
砲弾が飛んでいった先の壁にぶつかると、ものすごい衝撃とともに爆発が発生。
その衝撃で我に返った多田野は、ものすごく焦りまくっていた。
その姿を見たケントは、腹を抱えて笑い転げていたのだった。
「今のはなんだ!!だれがやった!!」
訓練所の奥から、何やら怒気をはらんだ声が聞こえてきた。
声の主は、ケントが前線基地に来た際に同行してくれた隊長の神宮寺である。
その声にビビりまくった多田野は、それはもう盛大にうろたえていた。
涙目になりながらケントを見ると、腹を抱えて笑っているもので、徐々に怒りがこみあげてきていた。
そして周りの隊員や探索者から情報を聞いた神宮寺は、ケントと多田野を別室へ連行し、事情聴取を始めた。
その間多田野はただただ震えていたので、ケントは笑いをこらえるのに必死だった。
ケントはと言うと、さほど恐れるわけでもなく、ただ淡々と何をしていたか説明していた。
これで怒られたら怒られただなと、どこか諦めとも取れる心境だったのだ。
ケントとしては、実戦形式で確認調整ができたことで、大満足だったのだ。
一通り事情聴取を終えて、ケントは厳重注意となり解放となった。
多田野はと言うと、厳罰となったようだ。
「それにしても良いデータが取れたんじゃないですか?」
解放されたケントは、先に店に戻っていた新藤に会いに来ていた。
新藤も集めたデータを分析しており、今後に役立てようと必死であった。
「お、ケント君おかえり。大分しぼられたのかい?」
「俺はそうでもないよ。多田野三曹はそうじゃなかったようだけどね。俺、自衛隊に入らなくてよかったって思ってしまいましたよ。」
ケントは肩を竦めながら、事の顛末を説明していく。
その話を聞いた新藤は多田野に同情を禁じえなかった。
「それはそうとケント君、最終調整は完了しているよ。これで引き渡しだ。」
「ありがとうございます。これで先に進めます。」
ケントは受け取った装備一式と魔剣【レガルド】を、大事に扱いながらインベントリにしまっていく。
その姿を見た新藤は、やはり引き止めたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、ケントの思いを知っているだけにそれは出来なかった。
「ケント君。君はどうやら無理をするきらいがあるみたいだね。それはあまり褒められたものじゃない。時には周りを頼りなさい。良いね?」
「肝に銘じます。」
ケントは新藤に一礼すると、店を後にした。
その背を見送る新藤は、どうも嫌な予感がぬぐえなかった。
ケントがこの先無事で帰ってきてほしい。
そう願わずにはいられなかった。
新藤の店を後にしたケントは、探索者ギルドの建物を訪れていた。
周辺ダンジョンはほぼ制圧済みだったため、さらに都心部近くのダンジョンについて確認に来ていたのだ。
「すみません。ここの支部に来たのは初めてなんですが、変更登録とダンジョン情報の提供をお願いします。」
ケントは受付カウンターに声をかけて、ライセンス証を提示した。
ライセンス証を確認した受付担当者は、すぐに変更登録を行った。
しばらくすると作業を終えたのか、受付担当から声がかかった。
「お待たせしました。所属変更登録はこれで完了です。ダンジョン情報ですが、今現在Bランクですので、ほぼ全域のダンジョンへの進行は可能です。現在作戦進行中の領域について説明します。この地図をご覧ください。」
受付担当者がそう言うと、壁に備え付けてある大型ディスプレイを見るように促してきた。
ケントがそのディスプレイを確認すると、全面に首都圏の地図が映し出されていた。
地図は色分けされていた。
・青:解放された中立地帯。
・黄:現在作戦進行地帯。
・赤:未開放地帯。
・黒:進行不可地帯。
黄と赤には色の濃さがあり、難易度によって色分けされていた。
薄い色から濃い色まで5段階で表示されており、濃くなれば難易度が高くなっていた。
ケントとしては、手始めに一番色が薄い黄のダンジョンの開放を目指すことにした。
「ではこのあたりのダンジョンの情報をください。」
「ここは……。ではここから東にある、第29駐留部隊と合流してください。そこで物資の補給等を受けられます。詳しい情報もそちらで得られますので。」
「ありがとうございます。では行ってきます。」
「お気をつけて。」
ケントはギルド施設を後にして、商店街を見て回った。
必要な物資を買いそろえ、いよいよ明日ダンジョン攻略を開始するのだった。




