101 新装備の準備
ケントは、これまで共に歩んできた相棒に目をやる。
自分自身でも、刀身に無理がかかっていることは良く分かっていた。
最近では刃筋にブレも生じて来ていた。
だが、それでも此処まで共に歩んできてくれた相棒を、手放すことへの罪悪感を感じてしまっていた。
ケントは相棒に手を添えうつむいていた。
しばらくすると、ケントは顔を上げ意を決したように新藤に望みを伝えた。
「こいつを楽にしてやってください。そして、こいつの使えるパーツと、このレッサードラゴンの素材使って、俺の相棒を蘇らせてください。」
ケントはおもむろに素材として、解体されたドラゴン種の皮や牙、鱗に爪などを取り出した。
さすがに数が多かったのか、新藤も驚きを隠せずにいた。
個人で所有するには量が多かったからだ。
「それにしてもこの素材の量。かなりのものだね。武器だけじゃなく、防具も作れるけどどうする?」
「じゃあ、こいつらも置いていきますので、お願いしてもいいですか?」
ケントは、こちらも共に歩んできた防具類を新藤に手渡した。
新藤はそれを大事に受け取りケースに入れていた。
ケースにラベルが張られ、素材とともに奥の工場へと運んでいった。
しばらくすると、新藤が戻ってきて今後についての話し合いとなった。
「それじゃあ、今預かって物を元に制作を進めていくとして、何か希望とかあるかな?」
「じゃあ、店の前に有った金属装備ありますよね?あれってまだありますか?」
ケントはここに入る前から気になっていた装備について話を始めた。
最初ただの金属の鋼材製かと思ったが、あまりの軽さに驚きを隠せなかったこと。
強度についての確認。
何より、金銭面での話を確認したかった。
「そうだね、あれはここではさほど貴重な金属ではないよ。魔鋼材って呼ばれているけど、要はダンジョン産の金属なんだ。」
ケントは首をかしげていた。
前に居た街でも金属はよく取れていた。
生活に必要な金属もちゃんと取れることから、探索者の良い小遣い稼ぎになっていたのだ。
しかし、その金属たちともどうも違う様に見えたのだ。
「正直これがどんな鋼材かは、わかっていないんだ。ただ、関東圏のダンジョンからは豊富に取れてね。今はその正体を研究中ってところだね。スキル【鍛冶】を持ってると扱えるから、そのまま使ってる感じだね。」
「値段的にはいくらくらいになりますか?」
「そうだねぇ~。外にあるやつで一式100万ってとこかな。まぁ、それよりは使う量が少ないし、素材持ち込みだから20万くらいかな?」
ケントは値段を聞いてから考え込んでいた。
決して払えないわけではないし、無理をする額でもなかった。
「わかりました。じゃあ、あまりの素材はそちらに提供します。ほかの探索者に使用してあげてください。」
「良いのかい?この量だとあと10人くらいは行けると思うけど……」
「それでこの場所が守れるなら安いものですよ。」
「よし分かった。残りの素材を俺が買い取る。君には規定の買い取り額を支払うことにするよ。君に甘えていたら、探索者としての示しがつかないからね。彼らは彼らで努力をしないとだめだから。」
ケントとしては金銭的に困っているわけでもなかったので、買取については正直あまり興味がなかった。
むしろ一日でも早くダンジョンに潜りたいと思っているほどだ。
ケントははやる気持ちを押さえながら、新藤の査定を待っていた。
全て調べ終えた新藤は、一枚の紙をケントに差し出した。
装備品制作依頼料と査定金額。
そして差引額が記載されていたが、ケントは驚いてしまった。
そこに書かれていたのは1000万円だったからだ。
「これ高すぎません?」
「これでも安い方だよ?傷も少ないって言うか。逆鱗すら傷ついてない。うまい事隙間に滑り込ませた証拠だ。しかも、他に傷が無いことからここ一点で倒したってことだろ?これは本当にCランクのソロの戦いじゃないよ。」
新藤の分析にカイトは驚きを隠せずにいた。
ソロ活動していることは伝えていたが、どう倒したかまでは伝えていなかったからだ。
新藤は素材の傷だけで、どんな戦い方で倒したかをシミュレートしてしまったのだ。
「どうしてわかるんですか?」
「そりゃね。毎日素材を扱っていればこれくらいはわかるようになるさ。それにしても見事なもんだよ。」
ケントはその新藤の職人としてのスキルに高い信頼を覚えたのだった。
新藤はさっそく作業に取り掛かった。
まずはケントのサイズの確認だ。
身長体重は言うに及ばず、腕の長さ、重心、筋肉量まで確認していったのだ。
最後に剣の模型を素振りすることになった。
数種類の模型が用意され、そのすべてが長さ重心を変えてあるのだ。
ケントは順にその剣を振り回していく。
新藤はそのケントの動きを観察し、最適な長さとバランスを確認していく。
「よし、もういいよ。じゃあ、ケント君にはこの辺があってそうだね。もう一回振ってみてくれるかな。」
ケントが渡された物は、ブロードソードと呼ばれる分類の剣だった。
刃渡りで言えば約70~80センチと、相手を両断するには少し心もとない長さだ。
しかし、ケントの戦闘スタイルからすれば最適解のようだった。
「ケント君はバッサリと切り払うっていうより、一撃離脱を繰り返すスタイルでしょ?それと陰からざっくりかな?この剣だったら両方問題なくこなせるはずだよ。」
「なるほど、少し実戦形式で動いていいですか?」
「じゃあ、ここじゃ狭いから自衛隊の訓練場でやってみよう。」
ケントと新藤は駐屯地内にある訓練場へやってきた。
そこでは自衛官も訓練を行っており、ケントとともにこちらに移ってき隊員たちも交ざっていた。
ケントは訓練所の端の一角を借りて、テストを再開した。
周囲を確認し、徐々に集中力を高めていく。
空気は張り詰め、周囲に居た自衛官も何事かと思い手を止めてしまっていた。
上官もその空気に飲み込まれたのか、手を止めた部下たちを注意するそぶりもなかった。
ケントは目を開くと、おもむろに剣を構える。
俗にいう正眼の構えではなく、下段にぶらりと下げ、ゆらゆらと揺らす独特の構えだ。
「【結界】【結界】【結界】【結界】【結界】【結界】!!」
空中に薄い足場が広がっていく・
それは規則性が無く、ただやみくもに並べられているようにも見えた。
ケントは躊躇することもなく地面を蹴って、足場の【結界】に飛び移る。
足場の【結界】を移動するにつれて、見守っていた者達にもその【結界】の配置の意味が分かってきた。
そう、ケントがイメージしたのは10mを超えるドラゴンだ。
自分が倒した最後のドラゴンをイメージし、最適化された位置に【結界】を配置していたのだ。
徐々にケントの移動速度が加速していく。
すでにその姿を捕らえるのが難しくなっている者すらもいた。
それでもまだ加速を続けていく。
次第に誰もその視界にとらえられなくなってくる。
「【気配遮断】【魔力遮断】【消音】!!」
スキルの声だけを残して、ケントはその空間から姿を消した。
この結果を予測していなかった者たちは焦った。
どこにもその姿を見ることができなかったからだ。
もし死角に入られたらと想像すると、うすら寒ささへ感じさせた。
ズザァ~~~~~!!
突如、激しい音と共に【結界】群の中心付近の地面が砂埃を上げた。
モクモクと煙る土埃が落ち着いてきたころ、その場にケントが佇んでいた。
ケントの行為を見ていた者たちは、その状況に驚きを隠せずにいた。
ケントは借りている剣を振り、重心を確認したりとあくまでテストとしてやってのけたのだった。




