七話 VSダンジョンマスター
エクトールの西にあるダンジョンで俺たちは潜っている。
最深部である百層目には肉の塊のような魔物がいた。
数年冒険者をやっているが、こんな魔物を見たことがない。
ゴブリンとかドラゴンとかそんな奴らが少し変化したとかならまあ分かるが、そんなレベルじゃない。
こんな肉の塊は似た魔物すら知らない。
相手の間合いに入る前に、《水弾》を撃った。
高速で放った弾は肉塊を貫通した。
しかし、すぐに小さな穴は塞がった。
「再生系か――ッ!?」
魔物の動きを見逃さず、俺は横に跳んだ。
肉が高速で飛来してきた。それを盾で弾いた。
「あの野郎。トラッパーを狙いやがったな」
盾から湯気が出ている。溶かしてくる液体か。
俺が攻撃したのにかなり後ろにいるトラッパーを狙っていた。
この魔物は見た目以上に知性がある。前に出て攻撃している俺よりも後ろで隠れているトラッパーを先に狙って来た。
こんな魔物は初めてだ。
ダンジョンじゃなくて、外にいる古龍とかなら、そのレベルの知能があるかもしれないが、ダンジョンの魔物にそんな知性があるとは思えない。
なにもしない後衛を真っ先に攻撃してきた再生する魔物。
これはかなり厄介な相手だ。
俺じゃない方に飛んでいく肉の弾に反応して盾で流す。盾が溶けているかは分からないが、厚いお陰で見ればどうなっているか分かる。
今の所は盾が溶かされている訳じゃない。
こっちも魔法で攻撃しているが、イマイチ効いているか分からない。
それどころか、徐々に魔法への耐性を獲得しているのか効き目が悪くなりつつある。
一旦、魔法での攻撃を止めて防御に専念する。
あの魔物。ダンジョンマスターを倒すには一度に高火力を叩き込むのが最適だろう。再生持ちと言えど、細切れにするか消し炭にしてしまえば倒せるはずだ。
その高火力を出すには上級魔法を使えばいい。
この広さならトラッパーの二人を巻き込まずに上級魔法を使える。
ただ、上級魔法はそんなに簡単には使えない。
無詠唱はまず無理だし、詠唱をしないといけない。
俺に長い呪文を覚える頭があれば、それを唱えていれば上級魔法を使えるが、あいにく俺のはそんなに優秀なお頭じゃない。
じゃあ、どうするか。
簡単だ。魔力で相手を包んで魔法を使えばいいだけの話だ。
魔法には初級、下級、中級、上級と強さによって違いがある。だが、俺にはその違いと言うのがよく分からない。精々威力ぐらいしか違わないと思う。
魔法名は知ってはいるが、それ以上はどうも覚えられない。
そもそも、魔法は学校で習うのが普通であって俺みたいに誰かの魔法を見まねしている奴なんてあんまり聞いた事がない。
とにもかくにも、集中する時間が欲しい。
俺が狙われているだけだったら肉液が射出した後でも対応できるが、トラッパーが狙われているとなると、攻撃に合わせて動かないといけなくなる。
そのために魔物の動きを注視しないといけない。
ただでさえ、見るだけで吐き気がする見た目をしている魔物のうねうね動く体を観察し続けるなんて気が狂いそうになる。
こんな状況じゃあ、上級魔法は使えない。
さっきは、魔力で相手を包めばいいと思っていたがこれ、案外難しいな。
二十層目のあまり強くない魔物相手には上手くいったが、この戦況だと俺の集中力が持たない。
「支援します!」
ミーネルの声が聞こえたと同時にダンジョンマスターの周りに糸が張り巡らされていた。
「魔法を反射する糸です! 活用してください」
「……なるほどな」
あの肉塊に一番効きそうなのは火属性だ。
あんまり集中しなくても使える中級魔法の《ファイヤーボム》を使う。
一発では再生の速さに負けてしまうが、複数撃てば話は違う。
同時に十発当てれば上級魔法に匹敵するはずだ。
ただ、初級魔法である弾系の魔法ならまだしも、中級魔法になると一度使った後に少し休憩が必要になる。たった数秒だが、これがあるかないかが初級と中級の大きな分かれ目でもある。
魔法の速さは少し調整できるとはいえ、直線で撃てば、到底十発を同時に撃つことは出来ない。
だが、この魔法を反射する糸とかいう摩訶不思議な道具があれば、魔法を放つ方向によって敵まで届く距離が変わる。
さて、一番の問題がある。
それは俺が全く計算が出来ないという事だ。
いろんな所に張り巡らされた糸だが、どこに撃ったらどこに反射してどこに行くかなんてよく分からない。
一回目の反射ならともかく、三回目ぐらいで頭が回らなくなる。
とりあえず、一発だけ《炎弾》を糸に向かって撃ってみた。
「あっぶな」
弾は予想以上に反射して、俺の足の隣に着弾した。
これ、適当に撃ったら俺に魔法が集中して自滅を支援されているみたいになってしまうかもしれない。
魔物に殺されるならまあ仕方がないが、自分の魔法でご臨終なんて悔やみ切れない。
「さて、どうしたものか。このままだとジリ貧だな」
俺たちにあるものを使って勝つしかない。
一番楽なのは、トラッパーを見捨てて自分の守りに専念して上級魔法を撃つことだ。
俺に人間の心が無ければこんなことが出来るかもしれないが、あいにくこちとら仲間を見捨てることなんて出来ない。
こんな状況で仲間を見捨てる位だったら死んだ方がマシだ。
次にあの魔法を反射する糸を使う手だが、あれは俺には扱い切れない。
もっと頭のいい奴が使ってこそ真価を発揮する。
あとは……そうだな。奥の手が一つあるが、この変な魔物に通用するか分からないし、危険が伴う。止めておくか。
この魔物はかなり面倒だ。
魔法を撃てば適応して効き目が悪くなるし、あのなんでも溶かしそうな肉に剣が通用するかも怪しい。まあ、剣は持ってないから使えないが。
これは、純粋に力があって強い魔物じゃない。
厄介な搦め手を多用してくるような面倒な強さを持っている魔物だ。
攻撃をしている俺が一番の脅威のはずなのに一向に狙う気配すらないし、嫌な攻撃の軌道で守りにくくしている。
後ろにいるのが魔法使いとかなら分かるが、あんな非戦闘員を執拗に狙う意味が分からない。
いや、可笑しいのは魔物の方じゃないのかもしれない。
――こうなったら、一つ賭けてみるか。