六話 異常な強さ
真っ黒い盾をシャーネが持ち上げ、俺に渡して来た。
「あげる」
思ったよりも重いが、かなり硬そうな盾だ。
この盾はかなりの上物だな。
俺は武具の鑑定ができないが今までの経験から持てばある程度の性能は分かる。
トラッパーみたいに普段から金属を触っているような奴ならこの盾の値段ぐらい分かりそうなものだが。確か、シャーネはお金が欲しかったはずだ。
俺に渡すよりも換金したいと言うと思ったが、何も言わなくても俺に渡して来た。
「売らなくていいのか?」
「目先の利益にとらわられてはいけない。師匠からの教え」
「ネルトーグか。あいつ。ほんと凄い奴なんだな」
トラッパーとして天才と評価され、弟子には人間としてのいろんなことを説いているのか。
俺には弟子はいないが、そんな立派に指導出来るだろうか? うーん。明らかに年下の相手に負けているのは悔しいがこれは現実だ。
まあ、お金にばかり目が行っている奴じゃなければパーティーは組みやすいな。
命よりも利益を優先するような奴とは組みたくない。生きてさえいれば何度だってやり直せる。きっと、ハーモット達もやり直せる。それを俺がS級になることで証明してやりたい。
「じゃあ、帰るか」
「もう帰るんですか? 私の実力を見せれていないんですけど」
「見てみたい気もするが、別に必要もない」
このダンジョンに来てからミーネルの動きに少し違和感を抱いていた。
「お前。強いだろ」
「えっ? 私はただのトラッパーですよ。逃げるだけならまだしも戦うなんて……」
「具体的な事は言えないが、動きが強い奴っぽい」
なんでかは分からないが、本当に強い奴っていうのは立っている姿勢から周りとは違う。
S級の奴を遠くから見た時があるが、その時にこの明らかに違う感じは分かるようになっている。
ダンジョンに入ってからあまり意識していなかったから分からなかったが、待っている間によく見てみると疑問は確信に変わった。
絶対的な証拠はないが、俺の感覚が告げている。ミーネルは強い。
「えー。別に疑いをかけるのは自由ですけど。もし、仮にそうだとして何か問題ありますかね?」
「何もないが」
「じゃあ、いいですよね。もう少しだけ降りて見ましょうか」
「いや、帰ろう。なんか嫌な予感がする」
ミーネルが強い事を指摘する気は本来全くなかった。だが、これは勘だ。
さっさとここで引き上げた方がいい。
ダンジョンの魔物とかじゃない。もっと、面倒な種類の奴だ。
「あなたはどうしますか? このままだと魔眼の真価が分かって貰えないですよ」
俺の判断が全てじゃない。基本的にパーティーは多数決で物事を決めたり、強いリーダーが最終決定をする場合が多い。
俺たちのパーティーは一応ミーネルがリーダーだ。俺が仕切る権利はどこにもない。
「行くべき。魔物のレベルも高くない」
確かに俺の強さの上限を見せれていない。
この階層に出てくる程度の魔物はある程度の強さがあれば、難なく倒せる。
大体、五十階からが本当の実力者じゃなければ踏み込むことすら出来ないレベルだ。
「もっと降りてみませんか? ゼオンさんの力試しにもなりますよ」
「そうだな。俺がどの階層の魔物にまで対応できるか知るにはいい機会だな。ダンジョン攻略で自分の力を見誤る訳にはいかない」
ハーモット達にボコられた時に回復魔法を使ったが、俺の見立てよりも早く回復していた。
実はもっと強かったという分には間違っていても、普通はそれでもいいが、S級に行くためにはギリギリの戦闘を繰り返して戦闘力を上げるのも重要だ。
正直、こんな危険な行為はしたくはないがS級になるには百層を超える超巨大なダンジョンの攻略は必須だ。
今までは弱い魔物相手に技を試したり、魔法の的にしたりと緊張感のないものだった。
「言うまでもない事だが、俺が魔物に負けそうと思ったら速攻で逃げろ。時間稼ぎぐらいはする」
「代わりに私たちはトラップの危険から守りますよ」
パーティーはお互いの命を預け合う。だが、それは心中するためのものじゃない。お互いを信用するためのものだ。
俺の勝手な想像だが、パーティーって守り合う為に存在している。
だから、俺は命を賭して絶対に守り抜く。
「じゃあ、降りていくか」
嫌な予感こそするが、俺たちはダンジョンに沈んで行った。
――――――
……九八階。なんか、魔物に怯える前に帰ろうとしたが、なんかここまで来てしまった。
「なあ、ここまで来れるのってやっぱ可笑しいよな」
「え。ええ。戦闘員が一人だけでここまでくるのはちょっと……」
「だよな」
トラップは全て二人のトラッパーによって見抜かれている。
俺には分からないが、ここまで来るとトラップの質もえぐい事になっているはずだ。触れれば即死でしかも巧妙に隠されている。
この階層に出て来る魔物は鉱物エリザードといういろんな金属を纏ったでっかいトカゲだ。
剣は効きにくいが魔法は比較的に通りやすく、初級魔法の《エアカッター》を数発撃てば倒せる。
「このダンジョンは百層で終わりです。なので、次の中間ボスを倒した後にすぐダンジョンマスターとの闘いになりますが、どうします? 引き返してもいいですけど」
「ここまで来たら攻略した方が早いだろ」
「分かりました。我々トラッパーは隠れときますので。自由にやって下さい」
九九層目。中間ボスは大きなドラゴンだった。
鉱物エリザートと同様に体中に宝石を纏わせている。
硬そうな鱗をしていたが、魔法での攻撃は通りやすく近距離で魔法を撃つだけで勝てた。
「じゃあ、次で最後だな」
最後の階にはそのダンジョンで一番強い魔物がいる。ダンジョンマスターと呼ばれるその魔物はダンジョンの最深部にあるダンジョンコアを守っている。
ダンジョンマスターはパーティーにいた時に何度か倒しているが、その力は桁違いだった。
五十層目にいたダンジョンマスターに挑みに十人で行った時に三人死んだことがある。
全員八十層まで行ったことのあるパーティーだったが、それでも三人死んだ。
それだけダンジョンマスターという存在は大きい。
さて、百層目にいるダンジョンマスターの力はどんなものか。
俺一人で倒せるか。
まあ、勝てなかったら逃げればいいだけの話で瞬殺されるようだったら俺はどう足掻いてもS級にはなれない。
「じゃあ、これからダンジョンマスターを討伐しにいく。もし、俺が負けそうになったら容赦なく逃げろ」
「了解です」
「了解」
長い階段を降りて行き、巨大な部屋に着いた。
ここがダンジョンマスターの部屋か。
どんな魔物だろうと、倒す。
トラップを見抜くためにトラッパーも一緒に入った。
「トラップはないです」
「この部屋にはない」
二人のトラッパーがそう判断する。
じゃあ、後は俺が魔物を倒すだけだ。
前に進み出ると、そこには巨大な二本の足で立つ不気味な肉の塊がいた。
――異質。
俺は一目でそう思った。