四四話 二人の自分
自分の事を神と名乗った男の姿が昔の俺と全く同じだった。
声や口調は別人だったはずなのに。
「はあはあ。今のは……?」
あまりの動揺で目を開けて、ダンジョンの一室に戻ってしまった。
「大丈夫?」
「あ……ああ」
シャーネが心配してくれているが、心の中に何か気色悪さが残ってしまっている。
さっき見せられたものは真実なのか。まずはそこから確認しないといけないが……
あれは恐らく事実だ。現実で起こったことだ。
悪魔が作り出した偽りの記憶なんかじゃない。
「帰ろ。これはトラップ。私の指示」
「嘘はよくないねぇ! 私には悪意がないことは君の悪意の魔眼なら見えるよね」
「うるさい」
俺はどうすればいいんだ。
このままルーフの記憶を視てあの俺にそっくりな男の正体を探るか。シャーネの言う通り帰るか。
「あなたは消えた神なんだよ。事情は知らないけど、そんな薄っぺらい人格で隠しても意味ないよ」
「ゼオン。耳を傾けたらだめ」
嫌な気分だ。
俺という存在が一体なんなのか分からなくなってくる。
そもそも、俺って……
何も考えられなくなってしまいそうになった時に頭に軽い衝撃が走った。
何かに攻撃されたのか?
攻撃してきた方向を見ると、俺の魔法の袋から取り出した黒い盾で俺を殴ったシャーネがいた。
「しっかりして」
痛みこそなかったが、意識を飛ばされそうになった。
だが、一回頭の思考を止めたことで重要なことに気付いた。
「ありがとう。俺の頭じゃ、理解できるはずがないな」
俺は学もないバカじゃないか。
俺の存在の定義なんていうややこしい哲学っぽいことを考える頭脳なんてない。
シャーネのお陰で目が覚めた。
「あーあ。見る感じやっぱりルーフの作戦は失敗かぁー。まあ、いいや」
「結局、お前の目的はなんだったんだ?」
「ん? 私の事? 別に教えてもいいけど、君たちとはあまり関係ないよ。それでも聞きたいならいいけど」
「じゃあいい。俺たちは帰る」
過去の事は後回しでもいい。今の俺たちにはS級冒険者になる事とエリクサーを手に入れるという二つの目標がある。
その二つをどうにかしてからでも過去の事は追及できる。
「暇になったら来なよ。来年にはエリクサーも仕入れておくからさ」
「見つからなかったら取りに来てやる」
エリクサーの事も知っているのか。この悪魔は俺たちの事をよく知っているな。まあ、そんなことはどうでもいい。
俺たちは転移の魔法陣から地上に戻った。
「こんなに人少なかったか?」
「一人もいない」
ダンジョンから出た後、俺たちはなぜか人気のない大通りを通って冒険者ギルドに着いた。
「なんだ。これは……」
俺はギルドの異常な光景に目を疑った。
「シャーネ。この状況は変だよな」
「うん」
ギルドの広場には等間隔で傭兵が首を吊っていた。そいつらの顔には薄っすらと見覚えがある。俺たちがダンジョンに行くときに『消えた神教』の討伐に行った奴らだ。
抵抗した跡はなく、まるで自分の意思で首を吊ったように見える。
まだ、傭兵たちが死んでいるのは納得ができる。そんな思考になってしまうのはそれ以上に不自然なことがあるせいだ。
「他の奴ら。普通に生活しているぞ」
「死体がたくさんあるのに」
ギルドの中にいる冒険者たちは座って最低限の声の大きさで会話をしているだけだった。
こんな死体があることはいくら王都の冒険者ギルドであっても普通の事ではないはずだ。なのに誰も気にしている素振りすら見せない。
死体の事もそうだが、会話を盗み聞いてみても話に整合性などなく、まるで独り言を言い合っているみたいだ。
とりあえず、近くの冒険者に話しかけることはせずに受付に行ってみた。
受付嬢なら何か知っているかもしれない。
「ようこそ。冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「この状況は一体……」
「ようこそ。冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「受付も駄目か」
冒険者だけではなく受付も同じように誰もいない場所に話しかけている。
なんでこんなことになっているんだ?
「怖い」
シャーネが手を握り締めて来た。確かにこの状況は不気味だ。
俺ができるのはシャーネの手を握り返して、安心させる事ぐらいしかない。
「大丈夫だ。何があっても守ってやる」
まず、何か変化を加えてどうなるか調べるか。
椅子に座っていた冒険者の中でも一番、体の大きな奴の体を押し倒してみた。
しかし、そいつは俺たちに文句を言うこともなく倒れた状態で独り言のように目の前の男に話しかけているだけだった。
どうやら、力づくでどうにかすることは出来ないみたいだ。
「どうする?」
「そうだな。これは魔法によるものであるとしてみるとレヴィに聞いた方が早いな」
こんな事ができるのは記憶魔法とかそれに近い特殊な魔法である可能性が高い。
それなら、魔法においては天才であるレヴィに聞くのがいい。
そう考えているとギルドの扉が開き、二人の女が入ってきた。
「おやおや。こんな所で奇遇ですね」
「ミーネル!? にテッコ」
「お久しぶり」
二人が近づいて来た。
ミーネルとの関係は曖昧だが、テッコとは一度戦った。
一応、警戒をしておくか。
「今回は敵じゃないですよ。我々もこの状況には混乱しているので」
「冒険者ギルド以外でも同じことが起きているのか?」
「はい。数分前ぐらいから王都の全員がこんな風になっています」
数分前か。俺たちがダンジョンを出てすぐだな。
「敵か味方かは曖昧ですが、今は一緒に行動しませんか?」
「分かった。それで、何か原因に心当たりはあるか?」
「さっきまではあったんですけどね」
「どういうことだ?」
「消えた神教ですよ」
消えた神教か。確かに首を吊っている傭兵たちはその宗教が占領しているダンジョンに向かっていたはずだ。
だが、ミーネルは「さっきまで」と言っていた。
「この首吊りは奴らの仕業ですが、それ以外は違いました」
「なんで分かる」
「私のスキルによるものとしか言えないです」
「ここで嘘を言う必要はないな。分かった。信じる。じゃあ、他に心当たりはあるか?」
ミーネルのスキルは《調律師》。他人のスキルの強化してその強化したスキルの一部を受け取る能力だったはずだ。
複数ある能力の中に何か見分けるスキルでもあるのだろう。
ミーネルなら何か知っているかもしれない。
「分かりました……」
ミーネルはゆっくりと腕を上げて、俺を指差した。
「俺がどうした?」
「姿。表したらどうですか?」
「人間の分際で僕の存在が分かるものなんだ」
背後から男の声がして、振り向いた。
聞き覚えがある声だった。
「誰だ!?」
後ろを振り向くと、そこには俺の姿をした奴が薄気味悪い笑顔で浮いていた。
「自分を見る気分はどうだい? 僕は吐き気がするよ」
「奇遇だな。俺も同じだ!」
本気で剣を振りぬいた。
「危ないじゃないか。シャーネちゃんに当たったらどうするんだい?」
相手に触れる前に金属の剣が塵となり風に溶けた。




