四三話 食い違う記憶
ダンジョンを攻略すると、悪魔と名乗る女がダンジョンコアまで俺たちを連れてきた。
そいつはルーフが起こした魔氾濫について何かを知っていると言っていた。
「ルーフの立てた計画は失敗しているみたいだね」
「失敗?」
「だって、計画通りだったら君が来るのはもっと後のはずなんだよ。それに、一人ぼっちになって誰も信用しないすべてに絶望した目をしているはずだったもん」
「俺のことは関係ないだろ」
やけに俺の事に突っかかって来るな。
ルーフの行った行動は国レベルが動くほどの大騒動になっていた。
魔氾濫以外にも俺を狙ったような動きもあるにはあるが、個人が標的ならばあんな大規模なことはしない。
ダンジョンにいる悪魔が協力しているのならば、人工的に魔氾濫を起こす事も不可能ではないだろう。だが、簡単に行えることではないはずだ。
こんな大それた事を俺を狙うために起こすはずがない。
「関係、大ありだよ。だって、ルーフが起こした事件のほとんどは君を目覚めさせる為だからね」
「俺を目覚めさせる? ……意味が分からないな」
「本当だったら、この時点で薄々気付いているはずなんだけどなぁ。まあいいやっ! 私は契約に基づいて君にルーフのすべてを話すよ」
俺を目覚めさせる? なんだそれ!?
そんな意味の分からないふざけた目的の為だけあんなことをしたのか?
「彼女の母親は暗殺集団『安眠の獣』の頭領で父親は『断罪楽団』の伴奏だった。そんな両親は幼いルーフに……」
「ちょっと待て。ルーフの生い立ちとかには興味なんてない。目的の意味をもっと詳しく教えろ」
「別にいいけど……じゃあ、君は幼少期の事覚えてる?」
昔の事か。勿論、記憶にあるが誰かに話したいと思えるようなものではない。
「覚えている」
「嘘だね。偽りの記憶じゃダメだよ」
「偽り? お前に何が分かる!?」
記憶を消す魔法を使える人間の存在は知っているが、俺の幼い頃の記憶を消しているはずはない。
記憶は鮮明に思い出せる。消されたのならば何も思い出せないだろう。
「だって、正しい記憶だったらルーフに会ったことも覚えているはずだよね」
「ルーフに会った? そんなはずはない。だって……」
「――自分の住んでいた村の住人は全員死んだはず」
「なんでそれを知っている!?」
声を荒げてしまった。
俺が生まれた村は小さい所だったが、それなりに暮らしていた。
だが、ある日。俺が森に行っている間に――
――住人全員が首を吊って死んでいた。
特に何かが起こった訳でもない晴れた日に突然全員死んでしまった。
全部の家を調べても荒らされた形跡はなく、死ぬ直前まで普通に生活をしていたと分かる痕跡しかなかった。
俺は今まで村から出たことはなかった。だから、知り合いが誰もいない状況で途方に暮れた。
あの時、身近な人間の死を目の当たりにしてから『死』に対して恐怖を抱くようになった。
だから、小さいころの友人は全員自殺してこの世にはいない。
ルーフも見た目からして俺と年齢は大差はないだろう。同世代の奴なんてあの村には片手で数えるほどしかいなかった。
「なぜ分かったかを信じて貰う為にもルーフの生い立ちは必要なんだよね。簡略するから聞いてよぉ!」
「チッ。あまり興味はなかったが仕方がないか」
都合の悪い所だけ記憶を消されているのか?
クソ! 記憶魔法なんてふざけた魔法を使う奴がいるせいで自分の記憶が正しいと断定できない。
「ルーフの両親は拷問とも呼べる教育を徹底的に行いました。辛い肉体労働である死体処理に精神を崩壊させるピアノの音楽。何度も繰り返される教育に彼女の体と心は既に壊れていました。十二歳になったルーフは両親からどんな所でもいいから集落を一つ壊滅させろと命令されます。ルーフは適当に選んだ村を狙うことにしました。なんと、その村はある一人の少年が神と崇められる場所でした」
絵本でも読んでいるような口調だった。
一気に話されたが、狂った両親に要は虐待を受けていたルーフが村を襲ったって訳だな。
「ここから先は映像があるから、ダンジョンコアから送るね。目を瞑ればその時の様子が分かるから」
軽く目を閉じるとシャーネの《感覚共有》みたいに別の場所。今回は森らしき場所が映し出された。
これもダンジョンコアの能力なのか。
森の中には傷だらけの服を着た少女がどこかを観察していた。その顔には一切の感情が示されていない。
すべてに絶望したような顔だった。
おそらくこの少女が幼い頃のルーフだろう。
彼女が見つめていたのはほんの少し高台に行けば全体を見渡せるような小さな村だった。
その村の全体を見て、俺はその村がどこの村か分かった。
そして、気づかなかったがこの森の場所も俺は知っている。
ここは俺が住んでいた村だ。
なんでこいつがこんな所にいるんだ?
「そこで何をしているんだい?」
「っ!?」
背後から急に声を掛けられてルーフは反射的に振り向いて距離を取った。
声の高さからして男の子だと言うことは分かるが、こんな声をした奴はこの村にいないはずだ。
男の姿を確認したかったが視点が移動せずにルーフの顔しか見えない。
「何を恐れているのかな? 僕は何も武器を持っていないよ」
「……殺さないと」
ルーフは近くに落ちていた木の枝を拾って、男に向けた。
「今、君が抱いている感情は殺意? 警戒? いや、違うね。もしかして、恐怖かな? 誰か、両親みたいに君に近しい人間に命令されて来たのかな?」
「え……」
事前に聞いた情報だと男の言っていることは当たっている。
ルーフは木の枝を落としてしまった。いきなり図星なことを言われて動揺しているのが分かる。
「正解だったみたいだね。丁度よかった。この村で崇められることには飽きたし、君を助けてあげるよ。こう見えて、僕。神だからさ」
「素手で周辺の木を……」
男が喋り終わった時にルーフの後ろにあった気がすべて切断されて地面に倒れた。ルーフはその光景を見て一歩引いていた。
視界が限られているせいで周りがどうなっているか予測しかできないが、ルーフの視線を見る限り、ここら辺にある気がすべて切られたのだろう。
「君の両親を殺したいというのなら、力を貸してあげるよ。もっとも、君が才能を使えば僕の力は保険程度で済むと思うけどね」
「本当に殺せるの?」
「ああ、僕がサポートすれば不可能はなくなる」
すると、さっき切断された木が一瞬で元の位置に戻った。
「村の人たちには首でも吊って貰うよ。これで、君は命令を達成したことになる。そうだなぁ。まずは君の母親が率いる安眠の獣から次期『黒鉄狐』と父親の断罪楽団からは『調律師』を引き抜こうか」
「なんで、知っているの?」
「言ったよね。僕は神なんだ。人間の記憶を探るのは朝飯前さ」
最後に視点が回転し、男の方に向いた。
そこにいた男を俺は知っていた。
この人物はいくら記憶を消されても分かる。
だって、そいつは――
――俺自身だったからだ。




