四二話 実感
エンシェントエイプが杖を向けてきた。
それに合わせて俺も腕を前に向けた。
「火力勝負と行こうぜ。《極光線》」
最近習得した光魔法を放った。
相手も同じ光魔法の光線を放ってきた。
光と光が重なり、目を焼くほどの光が洞窟を照らす。
勝っているか負けているかここからだと分かりにくいが、多分負けているな。
まあ、純粋な魔法勝負なら負ける事ぐらいは想定済みだ。
魔物相手に真正面から戦うなんてことはしない。基本的に魔物の方がパワーがあるし魔力もある。
身体能力の差を埋める為に人間は剣や魔法を使っている。
魔物と全く同じ土俵に立たなくてもいい。
魔物相手ならば、強引にこっちの領域に持っていきやすい。それが人間と魔物の違いだ。
魔法を発動させつつ、俺は魔法によって作られた死角からエンシェントエイプに近づいた。
やはり、負けていたのか魔法への意識が削がれた瞬間に俺の出した魔法は押し切られ、貫通した敵の魔法が壁に大きな穴を作った。
俺が死んだと思い込んでいるはずのエンシェントエイプに剣を振り下ろした。
「そう簡単にはいかないか」
ギリギリの所で杖で防御された。
流石、魔物というべきかかなり不利な体勢のはずなのに力だけで俺の剣を受け止めている。
魔法を使うことに特化している魔物のはずなのに力は人間の剣士より遥かに上だ。
今までならば一回仕切り直しで離れている。
だが、今の俺は対人で鍛えられ技の幅も広がっている。
猿の腹部に蹴りを入れた。
予想よりも軽かった肉体は地面を転がった。
「チッ。仕留めきれないか」
追撃を入れようとしたが、空間魔法で転移され距離を取られた。
同じ手はもう通じないだろうな。
次の作戦を考えている間にエンシェントエイプは杖を向けてきた。
どんな魔法を使うかは全く分からない。
なんだろうか。命のやり取りをして緊張しているはずなのに何か変な感覚だ。
数年前に手も足も出なかった魔物相手に一人でここまで戦えている。
俺もこの次元に到達したんだな。
相手の魔法が発動する前に初級魔法の《水弾》を撃った。
エンシェントエイプは空間魔法か風魔法で見えない壁を作り、防御をしてきた。
威力の低い弾はあっさり潰されたが、問題はない。
少しでも魔物が大技を使う時間を稼ぐ。その隙に俺は接近する。
脅威である魔法を使いにくい状況にさえしてしまえば、仮に剣がなくとも勝てる自信がある。
近寄ってくる俺を警戒してか、弱い魔法を使って牽制してきた。
弱いといってもまともに受ければ死ぬぐらいの威力はある。
漆黒の盾を取り出し、避け切れない魔法を受けた。
先に相手の長い杖の間合いに入った。
今は剣は使わないから、魔物の攻撃が先に振るわれた。
かなり早い振りだが、フェイントも何もない大振りを躱すのは難しくはない。
縦振りを避け、猿の脳天に肘打ちを振り下ろした。
倒す為の打撃じゃない。ちょっと怯ませるだけでいい。
人間みたいに痛みを感じた箇所を手で抑えるエンシェントエイプの杖を掴んだ。
この杖さえ掴んでいれば、空間魔法を使われる心配はないと思う。
杖がただの飾りの可能性もないことはないが、魔法を使う時に一々向けてきていたし、重要なアイテムであることは間違いないだろう。
必死に抵抗してくるが、もう遅い。
魔法の袋から取り出した剣を振り下ろして、真っ二つにした。
猿の死体がダンジョンに吸収され消えて行った。
あまり気にしてはなかったが、これで一つ因縁を晴らせた気がする。
「シャーネ。終わったぞ」
中間ボスがいる部屋には他の魔物がいない。これでしばらくはここは安全地帯になる。
「お疲れ」
「まあ、五十層目にあんな化け物を用意しているってことは下の階はもっとヤバい魔物がいるかもしれない。様子見をしながらいくぞ」
「分かった」
エンシェントエイプは百層あるダンジョンのダンジョンマスターとして現れても不思議じゃないレベルの魔物だ。
あんなのが急に現れるなんて、想像もしていなかった。
ここのダンジョンは元から高難易度のダンジョンらしいが、ここまでやられると一昨日の人工魔氾濫の様に変な意図を感じる。
肉片みたいな奴が現れていないだけマシだが、異常なことが続くと精神的によろしくない。
下の階層に更に危ない魔物が徘徊するダンジョンだったら引き返そうと思う。それほど、今の状況は判断が難しい。
「さっき、中間ボスだったよな」
「うん」
「じゃあ、なんで部屋になっているんだ?」
降りるとさっきよりも狭い、小さな宿の一室程度の大きさの空間があった。
長い間、冒険者をやっていたがこんなことは初めてだ。
「トラップはない」
シャーネが部屋の隅の隅まで見渡して、確認した。
詳しいことまでは知らないがこのダンジョンは百層以上はあると聞いている。
少なくともこんな階層で終わるダンジョンじゃない。
じゃあ、この部屋は一体何なんだ?
どうしようか悩んでいると、突然、目の前の壁が開いた。
「誰だ?」
開いた扉の先から、短い黒髪の少女が現れた。
布切れみたいな黒い服を着ており、白い素肌が所々から少し見える。
透明感のある赤い目が少し神秘的な感じを出している。
「はっじめまして! このダンジョンの支配者やっている悪魔です!」
「悪魔?」
元気のよい声だった。
悪魔は知っているが、現実で実物を見るのは初めてだ。
「千年前に暴れた方たちは私より上位の存在だから、そこまで身構えないでいいよ! 私は殴れば黙る弱い悪魔だからね」
「そうなのか」
「そうですよっ。まあ、敵意もないし何かをする力もないので安心して話しましょ?」
よく分からないが、目の前の女はこのダンジョンを支配している悪魔ということだけは分かった。
敵意もなさそうだし、あまり警戒する必要もないな。もしトラップがあればシャーネが見つけてくれるだろうし、俺は少し気を休めてもいいだろう。
「他の冒険者が来ない場所でお話しをする為に少し場所移動しますね」
後ろの階段への道が塞がれた。
少し警戒したが、シャーネが何も言わないということはトラップではないことが分かった。
会話がないまま、数分過ぎた。浮遊感が少しするが、それ以外は特に何もなかった。
「ダンジョンコアのある部屋か」
部屋によく光っているダンジョンコアが壁から出てきた。
「到着っ! これを壊せば私は死ぬからね」
「相手に生死を握らせてまで、何を話したいんだ?」
「話したい? うーん。どうだろ? まあ、ルーフちゃんが起こした事の片棒は担いだことは話したいことかな」
何が目的かは分からないが、ルーフの話は興味があるな。




