三九話 最強VS黒幕
太陽が赤く染まった時刻に二人の女が草一つ生えていない荒野で対峙していた。
「ボクに勝負を挑むつもりなのかな? やめておいた方がいいよ。君程度の実力だとボクに指一本触れられないよ」
「そのぐらいは理解してるよ」
綺麗な金髪をなびかせているのはレヴィ・セリーンであり、対峙しているのは白い髪に何も模様のない仮面をした記憶の魔女。マグナカルナだった。
「挑発気味な魔力を感知して来てみれば、ゼオンを盲信的に追いかけているストーカー女だとはね。こんな意外なこともあるんだね。所で、なんで仮面なんて着けているの?」
「ゼオンくん以外に見せる表情はないからね。あと、盲信的な所は正解。でも、ストーカーは違うよ。既に愛し合っている男女がお互いを監視することに変な所はないよね。賢いくせにそんなのも知らないのかな世間知らずのお嬢サマは」
お互いに相手を貶す言葉を並び立てる。明らかに融和とは程遠い状況だった。
「ふーん。っで、念入りに罠は仕掛けたのかな? 弱者である君がボクに勝つには卑怯な手を使うしかないけど」
「罠? そんな物は仕掛けてないよ。だって、そんなことをしたらあのアバズレトラッパーと同じになっちゃうから」
「そう言うくせに、そのトラッパーと同じ白い髪に染めているのはどういった心情なのかな? ぜひ聞かせてくれないかな」
記憶の魔女は質問に歯ぎしりで答えた。
「ごめんねー。君が専売特許だと思っている記憶魔法はボクも使えるんだよー。まあ、消すことしか能のない君とは違って、覗き見ぐらいはできるよぉ」
そのあからさまにふざけた言動をするレヴィの姿を見て、記憶の魔女は拳を握り少し下を向いた。
唯一無二の魔法を真似られ、更に自分では到達できないような次元まで進んでいることを妬んでいるようにも見える。
しかし、この表情は偽物でありレヴィに特定の魔法を使わせる為のブラフに過ぎなかった。
「さ、流石は、賢者の血を引いた天才だね。でも、まだ私の根幹となる記憶は読み取ってないみたいだね。施錠した甲斐があるよ」
「まあ、ボクにとっては君なんてどうでもいいから。シャーネちゃんの記憶ならまだしもゼオンに見向きもされていない君なんて、ボクにとってはただの少し珍しい魔法が使える程度の魔法使いなんだ」
(チッ! この記憶さえ見せることができれば殺せるのに)
記憶の魔女の狙いはこの防御した記憶を読み取らせる事であった。
レヴィが何度か受けた記憶消去を元に新たに記憶魔法を習得し、更に相手の記憶を見ることができるようになることは予想通りだった。
しかし、自分に対してまるで興味がないことは想定外だった。
記憶の魔女がゼオンの事が好きなことは知られてしまったが、なんで好きになったかが隠された記憶に入っていた。
レヴィが興味を持つだろうと勝手に想定していた記憶であり、レヴィの実力ならば強引に施錠を外して見ることのできるものではあった。
興味を持って強引にでも入りたくなるようになるために記憶の魔女は準備をしていた。
そのために自らの不要な他の記憶を消し、目的地の記憶に誘導しようとしていた。
しかし、その作戦は通用しなかった。
「じゃあ、君は捕まって貰って。舞台から降りてもらうよ。ボクとゼオンとシャーネの仲良しパーティーに君の席はないよ」
「……シャーネ? なんでよ! あなたの事は百歩譲って許してあげてもいい。でも、シャーネはダメ! あんな奴。ゼオンくんには似合わないの!」
「それには興味がある。なんでシャーネはダメなんだい?」
記憶の魔女にとって、シャーネは許せない存在だった。
「知りたければ、記憶を覗いたら?」
「うーん。じゃあ、いいや別に。とりあえず、君を地下牢に閉じ込めておくよ」
記憶の魔女の仮面が発火し、顔を焼いた。
すぐに水魔法で鎮火したものの顔の肌が一部焼き爛れていた。
「急にこれって酷くない!?」
「殺さないだけありがたいと思ってよ」
レヴィは特に特別なことをしたつもりはなかったが、圧倒的な魔力でマグナカルナが魔力を放出することを妨害していた。
魔法戦で勝つことは元より諦めていた記憶の魔女は何とか会話をしようと声を出そうとしている。
「いたっ!」
レヴィは風魔法で記憶の魔女の体に無数の切り傷を付けた。
「何? 嬲って遊ぶ気? 悪趣味だね」
「たまにはこんな戦い方も面白いよね」
「異常者が」
戦闘不能にならないギリギリをレヴィは攻めていた。
これはマグナカルナの記憶を読み取った時にゼオンにした仕打ちを返すのともう一つ目的がある。
「シャーネにやった記憶の完全消去でも使ってみなよ。君にできる抵抗はそれぐらいだよ」
「それが狙いなの? まさか」
「完全消去はかなりきつい代償があるぐらいは知っているよ。次使えば、死ぬか魔法を使えなくなるか。どっちにしろ記憶の魔女としての君は死ぬだろうね」
今度は水の弾丸を何発も浴び、薄い血を乾いた地面に散らした。
記憶の魔女は敵の狙いが記憶の完全消去であることを分かっていながらも、これ以上痛めつけられないためには使うしかないと考えていた。
「火、風、水ときたら次は土だね。どんな魔法を使おうかなぁ」
このまま戦っていても、記憶を見られることはないと判断したマグナカルナは手を伸ばした。
「私はこれから目の前に出現する赤子を確実に殺す」
「前回殺し忘れて大変な目にあっているからねー。ちゃんと反省できて偉いねぇ」
レヴィ嘲笑しながらも心臓が激しく動く錯覚を覚えながらも地面に倒れた。
「これで、邪魔者は……うっ」
マグナカルナも頭を抱えて膝を地面につけた。目は充血しており、鼻と耳からは血が薄っすらと流れていた。
「大丈夫。ゼオンくんが生きている限りは私は死なないからね」
痛みに耐えながらも呪文のように言葉を唱えた。
そして、朦朧とする意識の中でゆっくりと倒れているレヴィに近寄った。
服の中に隠した武器も取り出せない程衰弱しているマグナカルナだったが、赤子になるはずのレヴィの首を絞める体力はかろうじて残っていた。
「こんな所で、最後の切り札を使わせるなんて。やっぱり、世界三強と言われるなだけはあるね。でも、これからは世界二強の世界になるから。安心して眠って」
全身の体重を掛けるようにレヴィの首を絞めた。
記憶の完全消去は記憶の魔女も例外ではない。消した相手が赤子になる時にそれが誰だか分からなくなる。
なぜかシャーネの事は成長した姿を見て察することができたが、付き合いのないレヴィの事を思い出せるとは思ってもいなかった。だから、先に首を絞めて赤子になった瞬間に殺そうとした。
マグナカルナにとって、レヴィ・セリーンは天敵だった。
魔法に関しては魔力も才能も負けており、唯一の強みだった記憶魔法すらも一晩で追い越されてしまった。
すべて予測はしていたことだったが、実際に記憶魔法を操るレヴィの姿を見て驚いてしまったのは真実だった。
いつでも殺せるシャーネとは違い、レヴィは正攻法を使って倒すことは不可能だと知っていた。だから、見せたくない記憶を見せる覚悟をして誘き寄せた。
しかし、レヴィは罠に嵌らなかった。
強みである記憶魔法を捨ててでもレヴィを殺したかった。
真っ赤に染まる視界の中、殺意を込めてレヴィの首を絞めた。
「ふぐっ」
突然、記憶の魔女の首を突き上げられた。
「なんで? って顔をしているね」
レヴィの手がマグナカルナの首を持ち上げていた。
マグナカルナは致命的なダメージを負った体を動かしながら抵抗はしているが、力はほとんど入っていなかった。
「ボクは優しいから教えてあげるよ。君たちは悪魔を復活させようとしているよね。確かに悪魔は実在するよ。でもさ。悪魔がいるってことは天使もいるし神もいるって事だよね」
レヴィはゆっくりと立ち上がった。
「ここで問題。ボクの先祖である賢者は一体誰が召喚したでしょーか? 正解は神。そして、子孫には天使を眷属にする力が備わっているんだよね」
マグナカルナは真っ赤な視界の中。レヴィを睨みつけた。
威嚇に近い視線だったが、レヴィの背後に幻影か分からないが白い翼が見えてしまった。
「ボクとこの天使は記憶を共有している。だから、ボク一人の記憶を消した所で意味はないよ。あと、世界規模の魔法も広まる前ならボクが潰すのは容易なんだよね。ごめんねー。君の切り札潰しちゃって」
気を失ったマグナカルナを地面に落とした。
「お休み。五十年後ぐらいに開放されるようにしてあげるよ。じゃあね。名の無い魔法使いさん」
意識のないマグナカルナの頭を掴んで、転移しようとした。
しかし、この時余裕が生まれたことがレヴィに余計な行動を取らせた。
(結局、どんな記憶を隠してたんだろうね)
記憶を視る魔法でレヴィにとっては薄い壁で守れていた記憶を視た。
その記憶を視た瞬間、反射で手を離した。
「な、なにあれ」
レヴィの手が震えていた。
記憶を視ただけなのに、ここまで怯えるとは思ってもいなかった。
その後、レヴィは数分の間、情報を処理するのに時間が掛かっていた。それまで、魔法を使えない状況であった。
「戦闘中だったら、不意を突かれてかもねー。危ない危ない。ちょっと気になるし、事実を調べてみよっか。少し時間が掛かるかもしれないけど」
大きく深呼吸をして、心を落ち着かせた後。二人は荒野から消えた。




