三七話 悪魔との約束
過去を思い出していたシャーネは気づいたら前も見えないほど濃い霧に囲まれた白い空間にいた。
「はじめましてー」
声が聞こえたと同時に緑髪をした眠そうな顔をした女が濃霧から現れた。
「ぼくは怠惰の悪魔だよー」
「悪魔がなんの用?」
「冷たいなー。ぼくは無害だよー。少なくとも外の人間に比べればね」
さっきまで、語尾を伸ばして話していた怠惰の悪魔だったが急に話し方を変えた。
それに呼応するように緊張が辺りを包んだ。
「……あはは。急に試すようなことをしてごめんねー。君は大人なんだねー。なら、問題はないねー」
「話が見えてこない」
「まあまあー。怒らないで欲しいなー」
煙に巻かれているみたいで、シャーネの気分はあまり良くなかった。
「今、膝枕して貰っているけどねー。これいいね」
「悪魔に触った覚えはない……まさか、ゼオンに」
怠惰の悪魔の言葉からシャーネは何が起こっているか理解した。
「言うの忘れてたよー。昨日ぐらいにゼオンくんと契約してねー。あっ。体を完全に乗っ取ろうとかは思っていないから安心してねー」
「信じられない。悪魔の言葉なんて……」
「だよねー。だって、君は暴食の悪魔をゼオンに押し付けたほど悪魔が嫌いだもんねー」
過去を見抜かれていることに驚いていたが、動揺がバレないように表情は動かさなかった。
「確かに、私はゼオンに暴食の悪魔を押し付けた。でも、今は関係ない。あなたが卑劣なことをする前に契約を解除させる」
「焦らずに本質を見た方がいいよー」
「悪魔が知った口をしないで」
「じゃあさー。仮にゼオンを騙すつもりだったとしたら、ぼくは君に何も情報は与えないよー。少なくともここに呼んで、契約の話をしている時点である程度信用してくれてもいいよねー」
シャーネは何も反論できなかった。怠惰の悪魔が言うことは本人の口から出たら胡散臭い感じがしたが、言っていること自体は正しかった。
「じゃあ、なんで私を呼んだの?」
「もうちょっとゆっくりしたいなー。ぼく怠惰の悪魔だし、だらだらするのが仕事だからさー」
「ふざけないで。何が目的なの?」
「ごめんね。あと三十秒ぐらい待ってくれないかな。こっちも仕事なんだ」
威圧でシャーネの口を封じてきた。
そして、静かに少し長く感じる三十秒が経った。
「よーし。これで、大丈夫かなー。じゃあ、要件を言うねー」
怠惰の悪魔が立ち上がった。
「記憶の魔女。マグナカルナを無力化するのを手伝ってくれない?」
「カルナを無力化?」
「うんうん。記憶の操作が出来なくなればそれでいいよ。殺すわけじゃないから手伝いやすいと思うけどねー」
シャーネの記憶とシャーネが関わったあらゆる物の記憶をすべて奪った記憶の魔女。当然、恨みの気持ちはあったが、彼女の気持ちを少しは理解してしまい、殺すことに対しては抵抗があった。
しかし、今回提案されたのは記憶の操作をさせなくすることだった。
取引を持ち掛けている相手が悪魔でなければ、深く事情を聞かずに受け入れていたかもしれない内容だった。
「何が目的なの? カルナの無力化であなたにどんな利益があるの?」
悪魔の事は信用できなかったが、場合によっては手伝うことを視野に入れていた。
そのために、悪魔が一体何を望んで行動しているか知ろうとしていた。
「また、君が同じ事をされて赤ん坊に戻ってしまったら記憶の魔女も死ぬだろうし、今度こそ世界がめちゃめちゃになっちゃうからだね」
「もし仮にそうだとしてあなたには影響はない。他にあるはず」
「おっ。本質を見ようとしているね。いいと思うよ。ぼくの利点。いや、記憶の魔女が君を消すとぼくに不利益が出るから嫌なんだよ」
怠惰の悪魔は少し視線を逸らした。
「ぼくはねー。何かを抱きしめながら寝ると安眠できるんだー。これ以上はゼオンの名誉もあるし、ぼくの口からはいいにくいなー」
「待って。ゼオンの体は乗っ取っていないはず」
「いやいやー。完全には奪っていないだけでー。寝ている時だけはお互いの同意の上で借りているだけだよー」
騙された気分だったが、怠惰の悪魔は嘘は言っていなかった。
「ぼく個人の気持ちだけど、君とゼオンくんの関係は良好であって欲しいんだよねー。そして、一緒に寝てくれればなおよし。だから、君にいなくなられると困るよー」
嘘泣きみたいに目を手で覆った。
シャーネも嘘泣きだとは分かっていたが、嘘を言っていない事だけは何となく察した。
「……分かった。協力する」
「ありがとー。じゃあ、時期が整ったら指示をするからゼオンと寝てねー。そうしたらこっちに呼べるから」
シャーネは怠惰の悪魔に協力することにした。
悪魔は信用ならなかったが、マグナカルナを倒すという目的は一致しており敵の敵は味方と考えて決意を固めた。
「起きた時、抱き着いているけど、ゼオンの意思とは関係ないから許してねー」
「分かった」
シャーネが霧に飲まれ、消えて行った。
「これで、上の奴らの尻拭いも楽になるかな」
誰もいない空間で怠惰の悪魔は独り言を呟いた。




