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三六話 前世

 シャーネが思い出していたのは魔氾濫によって、姉であるロザリアを助けに行こうとしていた時からだった。


 この時、シャーネはゼオンを利用してロザリアの寝ている宿に向かっていた。


 ゼオンを見捨てて逃げる為ではなくエリクサーと思わしき薬を手入れていたからだった。この薬で元A級パーティーにいたロザリアを治せば、魔氾濫での戦況が良くなるはずだとも考えていた。


「ど、どうしたんだい。そんなに急いで……」

「エリクサー。飲んで」


 薬はほのかに光る白い液体であり、エリクサーの特徴を持っていた。そのため、エリクサーだと信じ込んだその液体をすぐにロザリアに飲ませた。


 エルクサーの特徴を知っていたのはロザリアも同じで、急いでいるシャーネの姿もあり、すぐにその液体を飲んだ。


 しかし、その液体はエリクサーではなかった。


「うっ。これは……」

「お姉さん! どうして」


 ロザリアは苦しそうに胸を抑えた後、意識を失った。


「ダメ! 死なないで!」


 動かなくなったロザリアをシャーネは小さな体を精一杯使って揺らした。


「あーあ。それ使ちゃったんですね」

「ミーネル! これは」


 窓の淵に座っていたミーネルが声を出した。

 シャーネは薬について問い詰めたかったが、逆に本来武器を探しに行くはずなのにこんな場所にいることを問い詰められれば不利になることを察したシャーネは強く言えなかった。


 そんな事情を知ってか知らずかミーネルはロザリアに近づいた。


「あなたが飲ませた薬は《焦点フォーカス強化ポーション》ですね。力強い人間が飲めば、更なる力を。魔力が多い人間が使えば更なる魔力を。そして、病弱な人間を更に病弱な状態にって感じですね」

「じゃあ。これは」

「ロザリアさんにとっては猛毒なポーションでしたね」


 シャーネは自責の念に押しつぶされそうになった。

 あの時、もっと確認していればこんなことにならなかった。そうやってたらればを考えていると自分の無責任さに心を痛めてしまうのも仕方がなかった。


「どうします? このままだと数時間もせずに死にますよ」

「そんなこと言われても、何も……」

「私の能力なら数週間まで寿命を延ばせますよ」


 いろいろな疑問がシャーネの中に現れたが、それを完全に無視するにはこの場面での緊急性は高かった。


「お願い! なんでもするからお姉さんを助けて」

「今、なんでもって言いましたよね。契約成立ですね」


 ミーネルはロザリアの顔を触った。


「指揮者。《ラルゴ》」


 ロザリアはそう言って、手を離した。


「ラルゴというのは緩やかにするという音楽用語らしいです。まあ、私は音楽には微塵の興味もありませんが。元々、断罪楽団なんていう変な組織で調律師として仕事していたのである程度は知ってますけどね」


 シャーネに喋らせる隙を与えずに話題を変えた。


 ただ顔を触って何か言っただけ。あれだけで寿命を延ばせたとは思っていないシャーネだったが、そのことを疑問として投げかける前に潰していた。


「鑑定士。《過去を見る(のぞき)》。なるほど、やはり運命とは数奇なものですね。契約者。《言質》。所で、あなたはどれだけ過去の事を思い出せますか?」

「お姉さんに手を引いて貰って歩いた事」


 シャーネの意思に関係なく、口が動いた。


 契約者。ミーネルが調律したことのあるスキルの一部による効果であるのだが、説明を受けていないシャーネにとっては恐怖でしかなかった。


「なるほど。記憶を消されていると。どうやら記憶の魔女の存在は本当ですね。さて、あなたは完全に善人という訳じゃないみたいですし、確認はいりませんね」


 『何を?』と質問することすら恐怖が口を重くしたことで出来なくなっていた。


 そして、ミーネルはシャーネが認識できる速度を遥かに超えた早さで近づき、頭を掴んだ。


「復元屋。《記憶をお大事に》」


 瞬間。小さな頭に大量の情報が出現した。

 急に現れた記憶に酔いこそしたが、痛みはなかった。


 その記憶を知ったシャーネは状況を整理しきれなかった。


「記憶の魔女もむごいことをしましたね。邪魔な存在だったからと言っても、魔法の実験台にしたのですからね。シャーネという人間の記憶をこの世から抹消した結果が、忘れられた人間は赤子に戻るなんて、聞く人が聞いたら飛びつきそうな現象ですねぇ。まあ、私は興味はありませんが」


 混乱しているシャーネに言葉を浴びせた。


 シャーネが得たものは冒険者をしていた過去の記憶だった。

 所属していたパーティーのメンバーの顔を明確に思い出せるほど鮮明な記憶であり、リーダーのハーモット。魔法使いの女。そして、ゼオン。四人で五年は活動していた。


 そのメンバーの中でも特にゼオンとは特別な関係だった。

 A級になった瞬間にゼオンと共に解雇されたことも思い出した。


 時系列が変なことになっていることはシャーネも分かっていたが、これが偽りの記憶でないことは確信していた。

 それに魔眼の能力だけではなく前世で使っていたスキル《感覚共有》を使えることも記憶の裏付けになっていた。


 そして、記憶を消される前に記憶の魔女が勝ち誇ったように今後の計画や目的を恨み言の様に喋っていたことまで思い出してしまった。


 一つの疑問がなくなったシャーネはまた別の疑問に関心が向かっていた。


「あなたはなんでこんなことをするの?」

「別に、あなたをどうこうすることが私の目標に直接は関わってはいませんよ。ただ関心があったからいろいろしてみただけです。それに、記憶の魔女は完全な悪人ですが、あなたは善人ではないですが、悪人じゃないみたいですしね」


 常識のものさしではミーネルという女を測ることは出来ないことをシャーネは悟った。


「しかし、このままだと私の計画の邪魔になる可能性もあります。なので、今から出す条件を守って下さい。指示の意図についてはお話しませんが、最終的にゼオンさんの為にもあなたの為にもなるはずですよ」

「……分かった」


 自分の中でゆっくりと整理をつける時間を確保することをシャーネは優先した。そのためには早めにミーネルから離れたかった。


「まず、寝ている彼女の持つ強そうな武器をゼオンさんに届けてください。そして、戦闘の余波でもなんでもいいですが、ゼオンさんが罪悪感を覚える形で腕の一本でもいいですし、指の数本は切り落としてください。ちゃんと私が止血はしますので、安心してください」


 過去の記憶を得る前のシャーネならば、信用していない相手に大切な人間の剣を渡すだけでも渋っていたが、今のシャーネには悩みはなかった。


「分かった」

「ああ、勿論ですが。あなたが記憶の魔女に記憶を消された存在であることは例え、このお姉さんであっても秘密にしておいて下さいね。それでは私はいかなる存在からもこの空間を守っていますので指示を遂行してください」


 シャーネはロザリアの剣。雷神の剣を持って外に出た。


 ――――――


 そして、時は進み。レヴィに宮殿に案内されたその夜。

 レヴィがシャーネ達がいる部屋にエリクサーを持って来ていた。


「ボクはね。どうやら、ゼオンの事が好きらしい。でも、ゼオンは君の事が好きなんじゃないかな?」


 突拍子もなくシャーネに対して言った。


「女の勘ってやつかな。でも、これは否定のしようがない真実なんだろうね。目を見てれば分かると君らの信頼関係は仲間のそれを超えていることはね。はっきり言うと、ボクの恋路に君は邪魔なんだよ」


 不穏なことを言いながらもレヴィの顔は笑顔を崩していなかった。


「でもね。ボクは君が憎い訳じゃないし、殺しはしないよ。まあ、殺したらゼオンに嫌われるからっていうのもあるけどさ。君にはなるべく早くゼオンとの禍根のない最高の別れをして欲しいんだ。その為にボクはエリクサーを持ってきた」


 それが本物であるエリクサーである根拠はどこにもなかったが、世界最強と呼ばれる様な人間が変な小細工をするような小さな人間ではないことはシャーネは短いやり取りで感じていた。


 そして、この提案を断ることは出来ない事も分かっていた。


「……ありがとう」

「うん。ごめんね。でも、これで君が救われることは確実になった。安心して欲しい」


 レヴィはなぜか悲しそうな表情をした。


「ボクはさ。人から奪ってばっかりだ……」


 あまりにも小さい声だったが、シャーネは聞き取っていた。


 そして、レヴィはロザリアにエリクサーを飲ませた。


「明日には目を覚ますと思うよ」


 ――――――


 翌日、早朝とは言えないが早い時間に暗い表情をしたレヴィが部屋にやってきた。


 その時にはロザリアが目覚めていた。


「昨日のエリクサーは感謝しております」

「うん。そのことなんだけどさ。やっぱりなかったことにするよ。悪いけどさ。何も言わずにボクに協力してくれるかな」


 この二人がレヴィに受けた恩がある以上はどんなことでも断れないことは明らかだった。


「ボクたちパーティーは数年掛けて、エリクサーを見つけることにした。その間はこの宮殿で寝ていてくれない?」

「お安い御用ですよ」


 ロザリアへの指示はそれだけだった。


「シャーネ。どうやら、ボクは君には勝てないみたいだ。でも、勝つ必要はないって分かったんだ。君にもエリクサーを使わなかったことすることに協力してくれる?」

「分かった」

「ありがとう。ボクはこの場から去るけど、同じく協力者である聖女補佐が来てくれる。彼女に診療を受けて、あと数年は体調が持つというシナリオにするからよろしくね」


 レヴィは重い足取りで部屋を出て行った。



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