三二話 再生
クソ! さっきから全然移動が出来ていない気がする。
あのイカれた二人が何かやらかす前にどうにかしないといけないのに。
走っても走っても同じような通路が続いているだけだ。
前に進んでも後ろに進んでも豪華な廊下からちっとも動けていない。
「城の警備か。レヴィがいるからその可能性もあるな」
厄介なことになったな。
あの黒コートの男は魔法を無効化する魔道具を持っていた。この通路を簡単に突破することができる。
それにあの男で思い出したが、盾を奪われたままになっている。
剣は代えが効くがあの盾はどこにも売っていない。
頑丈で有用な盾だったから失いたくない。
かなり面倒だな。
だが、よく考えろ。
この宮殿には騎士団や宮廷魔導士という国でも少数精鋭のエリートたちがいる。
俺でもある程度、戦えた相手だしすぐに対処してくれるはずだ。
そうなると、俺がやらないといけないのはシャーネの護衛だ。
方角的にあの二人はシャーネのいる場所とは反対方向に逃げて行ったから、そこまで気にする必要はないが、伏兵の可能性も考えると油断はできない。
侵入者の迎撃は国が保有する最強集団にどうにかして貰うことにした。
やることは決まったが、この同じ場所を延々と歩かせる魔法をどうにかしないといけない。
そう考えていると後ろから足音が聞こえた。
「こんな所で何やっているのだ?」
「誰だ?」
紫髪の子供みたいに背の低い女が立っていた。
見た目は子供だが、白衣と汚れた作業着。そして、その落ち着いた佇まいから只者ではないことは分かる。
「それはこちらの言いたいことなのだ。でも、答えてやるのだ。王立魔道具研究所の研究主任アルフィーなのだ。こう見えても、吾輩はかなり偉くて賢くて強いのだ」
「魔道具研究所か……丁度いい」
俺は魔道具を使う相手に苦戦していた。
専門家がいれば、戦いやすくなるかもしれない。
相手の魔道具の正体や弱点が分かれば、まだ戦える。
「説明は後だ。持っていく」
「何のことなのだ? 吾輩はこの空間魔法に迷い込んだだけなのだー!」
アルフィーを片手で抱え、走り出した。
多少の抵抗は想定していたが、これといった抵抗はなく運べた。
さて、次はこの空間からの脱出だが……
「空間魔法には空間魔法をぶつけると相殺できるのだ」
「なるほどな」
空間魔法は昨日使えるようになった。
魔力の消費は激しいが、ある程度コツは掴んだ。
レヴィの魔力に真正面から挑んでも勝てない。こうなったら一転集中できる攻撃の魔法を使う。
「空間断裂」
少し集中してから、前方に向かって魔法を使った。
何もない空間に亀裂は発生し、一部が割れた。
俺はその発生した裂け目に入った。
「何者なのだ? こんな高精度の空間魔法を短時間で使える人間はそうそういないのだ」
「ただの冒険者だ」
レヴィの魔法を抜けた証拠として傷だらけの壁が現れた。刃物によって付けられた傷にも見えるが、あれは指による犯行だ。
微妙な穴の大きさで分かる。
進んでいくと血まみれの死体が通路の脇にいくつも転がっていた。
「チッ。手遅れだったか」
首からの出血や傷の形からしてあの侵入者がやった惨劇であることは容易に想像ができる。
「悲惨なのだ。宮殿でこんなことが起こっているなんて……」
「犯人をさっさと捕まえに行くぞ」
かなり、不味い状況になった。
死体がある方に行けばあの二人がいることは分かるが、既に被害が出てしまっている。
更なる被害が出ることを防ぐために俺は死体を無視して走った。
「騎士団がやられているのだ」
更に奥には鎧が地面を覆っていた。
死に方も様々で、鎧ごと消し飛んだ死体もあれば、鎧には一切傷が入っていないが、大量の血を垂れ流している死体もあった。
「この傷は……猿尾骨なのだ。不自然な出血量の少なさは機械仕掛けの吸血鬼によるものなのだ」
「知っているのか」
「数年前に吾輩の部下だった男が身に着けていた魔道具なのだ」
死体を見ることで、相手の魔道具の種類を当てた。
これは頼もしいな。
「生きてる奴がいる」
倒れている鎧が微かに動いた。
俺は生きている奴の元まで駆け寄った。
「大丈夫か? 俺は侵入者じゃない」
「し、侵入者はこの先を出た後、壁を突き破って出ていきました。そ、そんな事より! 聞いて下さい」
若い男の声が聞こえてきた。声の震えから怯えていることが分かる。だが、流石は騎士団の団員だ。怖いはずなのに状況の説明をすぐに始めた。
「レヴィ・セリーン様が! あいつらを見逃して、どこかに向かわれました!」
レヴィが侵入者を見逃した?
「分かった。あっちから逃げて行ったんだな」
嫌な不安が頭を支配しそうになったが、俺がしないといけないのは侵入者の確保だ。
男が指さした方向に向かって再び走り始めた。
「宮廷魔導士もやられているのだ」
目の前には頭だけ破裂したローブを着た死体の列が立っていた。
おぞましい光景だったが、気に掛けることはしなかった。
「あそこだな」
壁に大きな穴を見つけた。
あそこから侵入者たちは逃げたってことでいいだよな。
「追うのだ!」
「ああ、言われなくても」
あの惨状を見た後にアルフィーを連れていくことに躊躇いが生じてしまったが、本人が望んで追いかけることを選んだ。
「一人は吾輩が相手をするのだ。約束なのだ」
「分かった」
穴を抜けると城の外だった。
そして、目の前に血まみれの三人組を見つけた。
二人には見覚えがある。
「止まれ!」
アルフィーを下ろし、三人に警告をした。
三人はゆっくりとこっちを向いた。
「っ!? ……あの黒コートは吾輩が相手するのだ」
小さい声でアルフィーは言ってきた。
俺の返事を待つ前に言葉を続けた。
「女の方は、体内に寄生させる魔道具を複数使って、高威力の攻撃を防御無視で叩きこむ種類なのだ。もう片方はスキルの補助をする棒を持っているのだ」
「特級戦力を確認。直ちに戦闘に移行」
黒コートの男はアルフィーを見た瞬間に、突っ込んできた。
俺は二人の相手を任されている。
確証はないが、アルフィーは何か対策があるように見える。
黒コートの男の魔道具によって魔法を封じられ、武器も封じられるから戦いたくはない。
ここは任せることにした。
二人は離れた場所で戦闘を始めた。
さて、俺は残りの二人を相手をするのだが。
「気持ちぃこと。もっとぉ。できるぅ!」
「撤退を優先しましょう。彼は器です。壊す訳には……」
「我慢できないぃぃ!!」
女が突っ込んできた。
もう、こいつの戦い方は大体分かった。
「白鉄狐流! 内臓破壊ぃ」
突きが届く前に顎を蹴り上げた。
この女は視野が狭い。
包帯で隠された目は見えないが、俺の胴体までしか見えていない。
足から攻撃すれば躱せない。
そして、この女は多少。殺す気で攻撃しても耐える。
顎を攻撃して上を向いているが、攻撃をしようと足を踏み込もうとしている。
この威力を利用するか。
拳を横脇を通り過ぎるように躱し、喉に肘を打ち込んだ。
女は後頭部から地面に倒れた。
威力としては喉を潰すのではなく更に後ろにある脊髄の骨にもダメージが入っているはずだ。
「いくら傷を再生できても、意識までは戻らないだろ」
女は舌を出して、気絶している。拘束をしたいが、敵はもう一人いる。
「流石は器ですね。まさか素手でテインテットさんと互角以上に戦えるとは」
「次はお前の番だ」
「確かに、昨日までの彼女ならばそうなったでしょうね」
危険な気配を感じ、その場を離れた。
横腹に打撃が掠った。
気絶させたはずの女がよれよれで今にも外れそうな包帯を手で押さえながら立ち上がっていた。
「昨日。S級冒険者の方から二種類の魔眼を頂きましてね。今の彼女には『不屈の魔眼』と『未来視の魔眼』があります」
やられたな。
掠っただけの横腹が異常なまでに痛い。
当たった場所というよりも更に奥にダメージが入っている。
まるで石で押し潰されているみたいな痛みだ。
今の所、あの女を倒す手段がない。殺すことは出来るかもしれないが、殺すのは最終手段だ。
まずはあの男から倒した後に拘束する手段を得てから女の相手をするか。




