二八話 苦悩の発芽
小さな窓から入った僅かな光で目覚めた。
体が異常なまでに軽い。手を動かすだけでも昨日までとの違いを感じる。
「おはよー」
昨日みたいにレヴィがベットの中に入っていたが、あまり気にしないことにした。
「へえー。寝ていたから気づけなかったけど。魔力の成長が凄いね」
「魔力も上がっているのか」
建物の中では魔法は使えないが、魔力が増えた感じはする。
「ゼオンって、魔力が分からないの?」
「ああ」
「なるほど。まあ、才能の領域だからね。魔法使いの多くは魔力を感じれないから気にすることはないよ」
魔力は魔法を使うために必要な力だ。魔力に関する研究は多く行われているだろうが、まだ詳しいことが分かっていはいない。
人によって魔力の量は変わってくる。間違いなくレヴィの魔力は世界一の量だろうということは分かるが、大抵の人間は多少の差はあれど同じぐらいの差しかない。
その魔力を把握できる人間とそうじゃない人間が分かれるが、魔法使いでも魔力を感じられる人間は千人に一人いるかいないかの希少な才能だ。
「よし、準備が出来たらダンジョンに行くか」
昨日の俺より確実に強くなっている自信がある。これならあの肉っぽいダンジョンマスターが現れても一人で戦える。
「張り切っている所、悪いけど……ダンジョンに行く必要はないよ」
ダンジョンに行く必要がない? エリクサーが手に入っていない以上はダンジョンに行かないといけないはずだ。
「エリクサーなら大丈夫。国が保有するものを既に処方したよ。朝起きたらロザリアは病から解放されているだろうね」
「なんで、そんなことを」
「言ったでしょ? 国はボクと敵対したくないから何でもしてくれるんだ」
エリクサーが手に入ったことは喜ばしいことだが、なんでレヴィは何も相談せずにこんなことをしたのだろうか?
いくら、レヴィが国の中枢に関わっている人間だとしてもエリクサーなんて貴重品を国がそう簡単に渡すはずがない。
「……いかにも疑っているね。いいよ。もう隠すのはやめにしたから」
そう言いながらレヴィは左目の眼帯を取った。
そこには切り傷と空洞の中に真っ黒な影が隠されていた。
「この傷はウィップソンにやられたんだけどね。なんで、ボクらが戦ったか分かる?」
「国が関係しているのか?」
「うーん。違うね。答えはボクが喧嘩を吹っ掛けたからでーす」
レヴィは眼帯を投げ捨てながら、茶化すように手を上げた。
「なんでそんなことをしたのか。って思っているよね。うんうん。手に取るように分かるよ。まあ、簡単に言うと、暇だったからなんだー」
「えっ?」
「訳わかんないよね」
レヴィが喧嘩を吹っ掛けたのは暇だったからと言った。
冷静に考えろ。レヴィは悪い奴には思えない。ウィップソンと戦った理由も本当は別にあるかもしれない。
それに仮に暇だったから戦ったと言っても、この世には戦闘狂はいくらでもいるし、冒険者をやっていればそんな奴は少なくはなかった。
仲間になった相手を否定的に捉えたくない。
「ボクの過去は言ったと思うけど、幼いころは何かと不自由だったんだ。でも、成長して魔法を使って弱い体を補強できるようになってからは不自由は全部なくなった。最初は楽しかったよ。でも、途中からつまらなくなったんだ」
レヴィは話しながら、一冊の本を空間魔法で転移させ、手に持った。
「ボク、不自由な時から日記を書いているんだ。ほら、動けるようになった時はいっぱい書いてるね」
本をこちらに見せてパラパラ捲った。
言われた通り、最初の方は文字がぎっしり書いてあった。
だが、本の最後の辺りは文字量が減っていた。
「ボクってさ。魔法の才能があるし、賢いから周りの生徒に劣等感を与えるって理由で学校に入学拒否されちゃってね。楽しみが全然ないんだ」
「魔法の研究があるだろ」
「最初は楽しかったよ。でも、飽きたよ。別に魔法は使えるけど好きじゃなかったからね。昨日、悪魔に飲まれた女が一応、魔法の師匠だったけど、三日で立場が逆転しちゃったからねー。好敵手がいなかったんだよ」
確かに、レヴィの魔法はこの世界の魔法がいくら発展した所で到達できないような次元にある。彼女にとっては魔法の研究も暇つぶしの一環だったんだろう。
「ちょっと。回りくどくなっちゃったね。でも、ボクのやりたいことを理解するには必要な過去だから、しっかり聞いてくれていたかな?」
「ああ」
レヴィはやることがなくて退屈している。
俺にも分かる感情だ。
パーティーを追放されて、部屋の隅で泣いたが、数日で後悔することに飽きて外に出た。人間、同じ感情を維持し続けるにはそれ相応の精神力が必要になる。
強すぎて退屈を感じていたレヴィは逃げ道のない状況だったんだろう。
「そんな暇していたボクに声を掛けたのがルーフって女なんだ」
「ルーフだと!?」
ルーフと言えば、意図的に魔氾濫を起こした奴だ。
俺が元所属していたパーティーに俺の代わりに入った女で、ハーモットたちと行動を共にしていたヤバい奴だ。
「あの女は私に『悪魔を復活させてみない』って提案してきた。ボクは提案に乗ったよ。だって、いい刺激になりそうだったから」
「悪魔の事もルーフが主導していたのか」
「うん。そうだね。彼女は強欲の悪魔に傾倒していたからね。そして、強欲の悪魔は暴食の悪魔に強い興味を示していたらしいよ」
暴食の悪魔と契約していたから俺がルーフに狙われたということか。
「提案された時は暴食の悪魔の器に興味はなかったけど、出会ってみてびっくりしたよ。なんだろうね。言葉にしずらいけど、一目惚れしたよ。頑丈な肉体に膨大な魔力。もし、能力を数値化すれば、総合力で言えばボクやウィップソンと同等だろうね。それに戦う気もなくなったよ」
空気が変わった。何をする気だ?
「ねえ、七体いる悪魔の中で一番強いのは誰だと思う?」
悪魔で一番強い奴。よく分からないが、嫉妬の悪魔が傲慢に唆されたって言っていたし……
「傲慢の悪魔か?」
「残念。強欲の悪魔が言うには本気になった『怠惰の悪魔』だってさ」
「怠惰か……」
俺が暴食の悪魔と契約していることは知られているが、まだ怠惰の悪魔と契約したことは知られていないはずだ。
「その異常なまでの魔力の増加を見れば嫌でも分かるよ。新しく契約したんだよね」
何も言えない。
「ふふ。ゼオンって顔に出るよね。安心して、ボクは戦いたい気持ちはあまりないから」
レヴィが近寄ってきた。敵意は感じない。
だが、明らかに昨日とは印象が変わっている。どう対応すればいい?
「君といれば、この退屈だった人生も良くなりそうな気がするんだ。この感情を巷では恋っていうらしいね。実に面白い感情だと思うよ」
俺は近づくレヴィから距離を保つように移動した。
「そうそう。駆け引きを間違えたら逃げられちゃう。力づくではどうしようもない領域だよ。警戒されるとこうやって、近づくことすらできなくなるんだからね」
確かに警戒はしている。
なんで警戒しているかと聞かれれば、明確な答えは言えないが何となく恐怖を感じたことだけははっきりしている。
「ボクには分かるよ。ゼオンは記憶の魔女にも似たような事されたでしょ? 好きな人に自分のすべてを受け入れて欲しい。でも、タイミングを間違って警戒されちゃって。だから、記憶を消すことにした」
「どうだろうな。覚えていないから何も言えないな」
「まあ、ボクはまだやり直しが効くよ。だって、この朝の記憶だけを消去すれば、ゼオンの警戒が解けるからね。記憶の魔女は大変だっただろうねー。いつ拒絶され始めたか特定できなかったから、自分と関わって記憶を消さないといけなかったからさ」
俺は咄嗟に逃げようとしたが、踏み込みと意識を失うのは同時だった。
「次はしっかり駆け引きしようね」




