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二六話 怠惰

 真っ白な空間にいる。


 意識ははっきりしている。


 確か、疲れて仮眠をしていたはずだったが。

 ここは一体どこなんだ?


「怠惰の悪魔だよー」


 虚空から女の声が聞こえた。

 怠惰の悪魔。嫉妬の悪魔と共に一人の人間を乗っていた奴か。


「なんの用だ?」

「面白い提案を持ってきたよー」


 そう言うと、虚空から長い緑髪をした女が落ちてきた。


「いてて。あれ、人間っぽい」

「お前が怠惰の悪魔か」


 横になっているが、その目線は自分の手や足に向いていた。


「いや、ごめんねー。人の姿になれたのが初めてでねー」


 悪魔と言っても怖い感じはしない。

 すでに少しポンコツな嫉妬の悪魔を知っているせいか、そこまで名前だけで怖がることはない。


「この姿。可愛いよねー。胸がないのが少し寂しいかもしれないけど、ゴロゴロしやすいって考えれば得かなー」

「っで、結局なんの提案をしてくれるんだ?」


 ずっと自分の姿を見ているだけで、肝心な所が聞けていない。


「ごめんねー。じゃあ、提案だけどー。ぼくと契約しない?」


 悪魔と契約するつもりはないが、この悪魔はそれほど悪い奴にも見えないし、正直悩み所でもある。


「ぼくはねー。いろんな所で寝てみたいって目的があるんだー。だから、寝ている間だけでも体を貸して欲しいなーって思っているよ」

「乗っ取りか」


 体を乗っ取らせるなんてことはしたくない。もし、体を悪用されたら困る。


「利点を言うねー。体の回復が早くなるよー。あと、この空間が使えるよー」


 回復の意味はまあ分かる。怠惰の悪魔だし、休むことに関しては専門分野だろう。

 ただ、この空間の意味が分からない。


「この空間はねー。こんなかんじー」


 虚空から黒い人型が現れた。


「これが、きみと戦った人間に化けて戦えるよー。ここなら魔法も使いたい放題で怪我もしないよー」


 なるほど、ここで訓練することができるのか。


 こっちは寝ている間に体を貸して、あっちはただ俺の体で寝るだけ。

 今の所、利点を考えると契約をしてもいいかもしれない。


「当然、欠点もあるんだよな」

「そうだねー。寝ている間は襲われても何もできないし、この空間で学んだことの大半は忘れてしまうねー」

「それだけなら、まだいいか」


 寝ているときに襲われてもどっちにしろ気づけないだろうし、夢の中で修行できると考えるとそこまで学習効果を求める必要はない。

 利点はあるな。


「契約で縛るから、寝ている間の体の譲渡中はぼくは何もできないよー」

「はあ。まあ無害ならいいか」


 ここで適当な理由を付けて断ることも出来た。だが、もしここで断ったら怠惰の悪魔が他の奴と契約するかもしれない。

 いくら怠惰の悪魔が無害とはいえ、また契約した人間が攻撃されている時に体を乗っ取ったりしたらかなり厄介なことになる。


 特に近接戦最強であるウィップソンを一時的とはいえ戦闘不能にした能力もまだ分かっていない。


 それに、俺も悪魔と契約していると嫉妬の悪魔は言っていた。もしかしたら、これから他の悪魔と戦うかもしれない。


「分かった。契約する」

「ありがとー」

「ただ、一つ条件がある」


 怠惰の悪魔と契約するのはこちらにとっても悪い話ではなかった。だが、もう一体の悪魔についての情報が欲しい。


「暴食の悪魔に会わせる事。これさえ満たしてくれればいい」

「んー。難しいけどいいよー。かなり強めの封印をされているけど、気にしないでねー」


 ――――――


 薄暗い部屋の中で横になっていた。


 暴食の悪魔に出会ったことは覚えているが、具体的に何を話したかは忘れてしまった。

 話した内容はおろか、どんな容姿でどんな声だったかすら記憶していない。


 おまけに体がだるいし、金縛りにあったみたいに体が動かない。


 怠惰の悪魔と契約したことはしっかり覚えている。暴食の悪魔に出会った所からの記憶だけが曖昧になっている。


「起きた?」


 可愛らしい声がした方向に視線を向けた。

 すると、そこには金色の頭が胸元にあった。


「気づいても引かないということは、それほど抵抗がある訳じゃないみたいだね」


 声から分かるが、俺の胸元にいるのは世界最強の魔法使いであるレヴィ・セリーンだろう。


 そして、俺の手は彼女の背中にある。さらさらの髪の感触が手を纏っている。

 抱きしめている状態だ。


 自分でいうのも難だが、俺は女性に対して免疫はあまりない。普段だったら、すぐに飛び起きて離れている。


 だが、今はそんなことをする余裕がない。


 レヴィが顔を上げて明るい色の目をこちらに向けてきた。


「眠たそうな目をしているね。ボクとしてはこのままでもいいけど、お腹が空いているでしょ? 寝ている時にお腹の音が凄かったよ」


 確かに、空腹だ。胃の中に何もなく痛みではない苦痛が体を襲っている。

 だが、それ以上に……


「体が重たい」

「俗に言う寝ぼけているって状態みたいだね。ボクも朝は苦手でさ、動けないんだよねー」


 寝ぼけている? そうか、寝たはずなのにまだ眠たいのはそういうことか。


「辛いかもしれないけど、動こうね。ボクが支えてあげるから」


 レビィが自分の体を揺らして、俺の体も一緒に動かしている。

 最強の魔法使いとはいえ、肉体はそれほど強くはなく、頑張っているにも関わらず力の入っていない俺の体を少ししか動かせていない。


 小動物みたいで可愛げのある姿だ。


「小動物みたいって思ったでしょ!? いいけどさ。そっちがその気ならこっちの得意分野に持ち込んであげるよ」


 まばたきをした一瞬で横だった視界が縦になった。

 空間魔法で移動させられて椅子に座らされていた。


 目の前のテーブルには一般人が食べられなさそうな高価そうな料理が並んでいた。


「ちょっと。待って。魔力多くない? 出会った時より魔力が増えているの?」


 レヴィの頬から汗が伝っている。


「口開けられる? 食べさせてあげるよ。はい。あーん」


 体を動かせない。何も妨害はされていないはずだが体を動かせない。

 だるいと思う気持ちはあるが、ここまで動かないのは異常だ。


 ここで口を開ければ、男としてのプライドがなくなるが、空腹による苦痛に耐えられない。


 俺は口を開けて、レヴィにスープを食べさせて貰った。


「あっ。おいしい」


 だるさが消えていく。まるで、重たい鎧を脱ぎ捨てたみたいな心地良さだ。

 空腹には変わりはないが、だるさがなくなって動ける気がする。


 腕を上げて食器を持ち、目の前の食べ物を食べ始めた。


「念のため張っていた《空間遮断》の魔法をものともしないんだ。魔力も増えているし、身体能力も上がっているのかな?」


 レヴィが何か言っていたが、俺には目の前の食事にしか目がいかなかった。


「おいしい?」

「ああ。流石は宮廷だな。食材も含めていい物を使っているんだろうな」


 特に肉の質がまるで違う。冒険者ギルドで食べていた少し硬く匂う肉も嫌いではなかったが、ここまで柔らかく香ばしい匂いの肉は初めてだ。


「食べながら聞いて欲しいんだけど、今回起こった事件についての情報がかなり集まったんだ」


 事件というのは三つのダンジョン都市で同時に魔氾濫が発生した事とその間に俺たちに襲い掛かってきた悪魔たちのことか。


「まず、あの魔氾濫を起こしたのはルーフって女。魔道具を使って、魔氾濫を意図的に起こしたみたい」


 ダンジョンマスターも言っていたが、やはりルーフが犯人だったか。素性は知らないが、俺が追放されたパーティーに入っていた女だ。


「複数の共謀者がいたけど、ほんの数人を除いて魔氾濫が収まった後、全員死んでいたらしいよ」


 死んだ? 一体何が起こっている?


「面白いことに、殺され方には共通点があって、全員心臓が爆発していたんだって。これは内緒だけど、この殺し方は『断罪楽団』のやり方と同じなんだよね」

「シャーネが関わっているのか」

「だろうね。まあ、話したら面倒になりそうだからあの子については何も言ってないけどね」


 ルーフという女の目的が分からない。

 魔氾濫を起こして何を企んでいる?


「実はね。この事件で一番大きな利益を得るのはゼオンくんなんだよ」

「俺が?」

「あの魔氾濫を通して君が挙げた功績はいちじるしい。無名の冒険者が名を示すのにはちょうどいい機会だったともいえるよ」


 確かにあの魔氾濫のお陰で大勢の前で強力な魔物を倒す所を多くの冒険者に見られた。

 S級の冒険者になるために活動している以上は見られていた方が評価は上がりやすいという利点はある。


「ボクが会議にゼオンの話を出して盛大に盛り上げてあげたから。騎士団長からすごいにらまれたけどね」

「えっ」


 俺の知らない所で、功績が盛られていたみたいだ。

 追放されて追撃される前だったらそんな目立ち方はしたくなかったが、ここは腹をくくるしかない。


「ありがとう。俺はこれからもっと活躍してやるからな」


 俺はS級冒険者にならなければならない。名誉のためじゃない。俺を意味不明な理由で叩きに来たハーモットに復讐をするためだ。


 俺の復讐はハーモットを傷つけるためのものじゃない。


 五年前。俺たちが冒険者を始めたころに見た尊敬する男の姿をまた見たい。そんな俺の自己満足だ。あんな落ちぶれた奴は俺の憧れじゃない。


 きっとあいつはそんな愚かな奴じゃない。きっかけさえあれば元に戻れる。


 その為だったら、俺は変に目立つことを躊躇う気はない。


 ルーフがいくら俺の邪魔をしようとも、逆に利用してやる。


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